51. 嫉妬の毒と、王都への旅立ち
早馬がもたらした「マーラン捕縛」の報せは、平和だったコジインの空気を一変させた。
罪状は『国王暗殺未遂』。
あまりにも重く、そしてあの小心者の父には似合わない罪だ。
「……状況は?」
「詳しくは不明です。ですが、王都の地下牢獄へ直送されたと……。面会も謝絶状態です」
執事の報告を聞きながら、俺は冷たい思考を巡らせた。
父上は真面目だけが取り柄の男だ。国王を殺す動機もなければ、そんな度胸もない。
完全に「ハメられた」のだ。
「爺様」
「うむ。行くぞ、アルヴィン。……アケニース家に喧嘩を売った愚か者の顔を拝みにな」
ダイファーの瞳には、かつて戦場で見せたであろう冷徹な光が宿っていた。
俺は自室に戻り、隠し棚を開けた。
取り出したのは、掌に収まる小さな革袋だ。
中に入っているのは、アーノルの頃の持ち物だ。
正直、まだ使えるかは分からない。
「……使えたらいいんだけどな」
俺はそれを懐にしまい、部屋を出た。
◇
屋敷の前には馬車が用意されていた。
そこには、俺と爺様、御者のスピディに加え、もう一人、仕立ての良い服を着た優男が待っていた。
爺様の私兵団の一人、ナビルだ。
「お初にお目にかかります、アルヴィン様。ナビルと申します」
ナビルは流れるような所作で一礼した。
物腰は柔らかいが、その瞳は常に周囲を観察し、値踏みするような鋭さがある。
【ステータス】
名前:ナビル(26歳)
能力:【話術】
「君が案内役?」
「ええ。こう見えて王都の商家出身でして。裏路地の情報から貴族の噂話まで、多少は耳が利きます。今回はお供させていただきますよ」
「頼もしいね」
爺様の私兵団は筋肉自慢ばかりだと思っていたが、こういう頭脳派もいたらしい。
そこへ、ドランたち三人衆が駆け寄ってきた。ギルはすでに拳を鳴らしている。
「おい! 俺たちも連れてけよ! 喧嘩なら負けねぇぞ!」
「そうだぜ! 王都なら稼げる匂いがする!」
ギルとコバンが騒ぐが、俺は首を横に振った。
「ダメだ。君たちは留守番」
「はあ!? なんでだよ!」
「今回は政治と法律の戦いだ。それに、ここを空けるわけにはいかない」
俺はドランの目を見た。
「ドラン。留守中のコジインと工房を頼む。敵がここまで手を伸ばしてこないとも限らない。ポムキンたちと協力して守ってくれ」
「……なるほど」
ドランは状況を理解し、コバンとギルの首根っこを掴んだ。
「わかりました。ここは俺たちに任せてください。……だから親父さんを連れ戻してきてください」
「ああ、頼む」
こうして守りを固め、俺たちは王都へと馬車を走らせた。
◇
王都への道中、ナビルが馬車の中で口を開いた。
「……アルヴィン様。今回の件、敵の目星はおよそついていますか?」
「いや。父上は敵を作るような性格じゃないし……」
「ええ。ですが、アケニース領の『成功』を妬む者はいます」
ナビルは声を潜めた。
「もっとも怪しいのは、ウイブ伯爵家です」
「ウイブ?」
「ええ。代々、国の要職を務めてきた名門中の名門です。金も権力も十分に持っている、いわゆる『上級貴族』ですね」
金に困っているわけではない。ならば何故?
「プライドですよ。……現当主の長男、マサイール様はマーラン様と同い年です。彼は自分がエリートであるという自負が強い。対してマーラン様は、失礼ながら男爵家の三男坊からの婿養子」
「ああ、なるほど」
「本来なら自分より遥か『下』のはずの男が、国内最大級の領地を治め、最近では王家からも注目されている。……あの高いプライドが、それを許せないのでしょう」
ナビルは肩をすくめた。
「自分こそがこの豊かな領地を支配するに相応しい」。そんな歪んだ選民思想と嫉妬が、動機というわけか。
「父上の実家……財務局の祖父様は何をしてるの?」
マーランの父親は、王国の財務局に勤める堅物官僚だ。派閥に属さず、国のために尽くしてきた清廉な人物だと聞いている。
「動いてはいるようですが……相手が悪い。今回は『国王暗殺未遂』という最悪の罪状です。一官僚の手には負えない状況ですね。あちこち頭を下げて回っているようですが、どこも門前払いのようです」
真面目な祖父様まで巻き込まれて苦しんでいるのか。
俺の中で、怒りの温度が一段上がった。
◇
数日後、王都に到着した。
俺たちはまず状況を確認するため、ナビルを情報収集に走らせ、爺様と共に王宮へと向かった。
元国王ダイファーの威光で押し通るつもりだったが――。
「ですから! その件は司法省の管轄でして!」
「ここではわかりかねます。あちらの窓口へ……」
「書類に不備がありますな。出直していただきたい」
たらい回しだ。
役人たちは「ダイファー」の名を聞いても、のらりくらりと責任を回避するばかり。どうやら、ウイブ家の圧力が相当効いているらしい。
「ええい、ラチがあかん! わしを誰だと思っておる!」
爺様がブチ切れて受付の机を粉砕しそうになった時、背後から豪快な笑い声が響いた。
「ガハハハ! 役人相手にその剣幕、相変わらず血の気が多いのう、ダイファー殿!」
振り返ると、そこに立っていたのは熊のような巨漢だった。
立派な髭を蓄え、軍服を着崩した初老の男。
その身からは、爺様と同じ「戦場の匂い」がする。
「む……お主は、シュテゲン公爵か!」
「久しぶりだのう! 国境での戦い以来か?」
シュテゲン公爵。
国境を守る軍閥のトップであり、武闘派として知られる大貴族だ。爺様とはかつての戦友で、互いに認め合う仲らしい。
「ちょうどいいところに会えた。シュテゲン、お主に聞きたいことがあるんじゃ」
「マーランのことだろう?」
シュテゲンは声を潜め、真剣な表情になった。
「ここは耳が多い。……来い、場所を変えよう」
◇
王都の一角にある高級酒場。その個室で、俺たちはシュテゲン公爵から事の真相を聞かされた。
「……あれは、酷い罠だった」
シュテゲンは杯を煽り、語り始めた。
「先日の王家主催の晩餐会だ。陛下がふと、『アケニースで美味い酒ができたと噂に聞いた』と仰られた。マーランは喜んで、持参した酒を献上しようとした」
そこまでは良かった。
だが、そこでマサイール・ウイブが声を上げたのだという。
『陛下、お待ちください。そのような田舎の酒、衛生面が信用なりません。毒見をさせるべきです』と。
「そこで、たまたま近くにいた下級貴族の男が毒見役に指名された。……そいつは賭け事で首が回らなくなっていた男だ」
「……なるほど」
筋書きが見えた。
マサイールはその男に金を渡し、演技をさせたのだ。
『これを飲んで腹が痛いフリをしろ。そうすれば借金を肩代わりしてやる』とでも言って、本当は致死毒を渡した。
「男は酒を一口飲んだ。……そして、即死した」
シュテゲンの言葉に、場が凍りついた。
「即死……?」
「ああ。泡を吹いて、のたうち回る間もなく絶命した。……猛毒だ。致死性の」
毒見役の男も騙されていたのだ。口封じのために。
「さらに悪いことに、騒ぎで酒瓶が床に落ちて割れてしまった。中身の検証もできん。……残った事実は、『マーランが献上した酒を飲んで人が死んだ』ということだけだ」
シュテゲンは悔しそうに拳を握った。
「マーランは無実を訴えているが、状況証拠が真っ黒すぎる。……このままでは数日中に、マーランと同行していた二人の兄もろとも、処刑が決まるだろう」
冤罪の完成だ。
ウイブ伯爵家。名門の仮面を被った、とんだ外道だ。
俺は懐の革袋を上から軽く押さえた。
「……ありがとう、シュテゲン公爵。おかげで敵がわかったよ」
俺はニッコリと笑った。
その笑顔を見て、歴戦のシュテゲン公爵が、なぜかゾクリと肩を震わせた。
「ダイファー殿。……この子供は?」
「わしの孫じゃ。……怒らせるとわしより怖いぞ」
さあ、反撃の時間だ。
名門貴族だろうが何だろうが、喧嘩を売る相手を間違えたことを骨の髄まで教えてやる。




