50. 裏庭の侵入者たち
サハジの料理による酒の肴会議が一段落した頃、クロブが困ったような顔で食堂に戻ってきた。
「アルヴィン様。……少し、よろしいですか?」
「ん? どうしたのクロブ」
「実は、裏庭の畑の方で少し揉め事が起きまして」
「揉め事?」
「ええ。勝手に入り込んできた子供たちがおりまして……。マルディが対応したのですが、どうも話がこじれているようで」
子供の侵入者?
コジインは来るもの拒まずの方針だが、揉め事となれば話が別だ。
俺は席を立った。ロリーナも「なになに?」と興味津々でついてくる。
◇
裏庭の畑――と言っても、まだ土を掘り返したばかりの荒れ地だが――そこには、異様な空気が漂っていた。
「……ッ、ぐぅ……!」
地面に膝をついているのは、マルディだった。
彼は悔しそうに泥を握りしめ、目の前の相手を睨み上げている。
マルディは【忠誠】を持ち、俺との訓練でそこそこ鍛えられている。その彼が、一方的にやられたのか?
「へっ、口ほどにもねぇな。『ここを守ってる』なんて偉そうなこと言うから、どんな使い手かと思えばよぉ」
マルディを見下ろしているのは、ボロボロの服を着た少年だった。
髪は泥で固まり、目つきは野良犬そのもの。年齢は8歳くらいか。
だが、その痩せた体からは、異様なほどの圧力が立ち昇っていた。
「おいギル、やめとけって。そいつが泣きついたら飯が食えなくなるぞ」
横から声をかけたのは、もう一人の少年だ。
こちらは同い年くらいに見えるが、栄養状態が悪いのか、さらに一回り体が小さい。猿のように小柄だが、キョロキョロと動くその目は油断ならない光を宿している。
「うるせぇなコバン。俺は腹が減ってイライラしてんだよ。こいつが『立ち入り禁止だ』とか抜かすから悪いんだろ」
そして、もう一人。
二人の少し後ろで、腕を組んで黙って見ている年長者らしき少年(10歳ほど)がいた。
彼は喧嘩を止めるでもなく、かといって煽るでもなく、ただ冷めた目で状況を観察していた。
「……何してるのかな?」
俺は声をかけながら、彼らの前に歩み出た。
三人の視線が一斉に俺に向く。
「あ? なんだこのチビは」
ギルと呼ばれた少年が、不機嫌そうに俺を睨んだ。
俺はすかさず【見る力】を発動させる。
【ステータス】
名前:ギル(8歳)
状態:空腹、興奮
能力:【力】
(……【力】?)
シンプルすぎる能力名だ。だが、それゆえに強力だということか。
純粋な筋力や身体能力に補正がかかるタイプだろう。スキルによる暴力的なまでの身体強化。マルディが力負けしたのも納得だ。
次に、小柄な少年。
【ステータス】
名前:コバン(8歳)
状態:空腹
能力:【商業】
(こっちは【商業】か……!)
商才や計算、交渉事に長けた能力。浮浪児が持つには珍しいが、この過酷な環境を損得勘定だけで生き抜いてきた証かもしれない。
そして最後。後ろで静観しているリーダー格。
【ステータス】
名前:ドラン(10歳)
状態:空腹、警戒
能力:【騎手】
(【騎手】……?)
馬に乗る能力か? いや、それにしては立ち姿のバランスが良すぎる。
おそらく乗りこなす、制御するという意味での能力だろう。それは馬に限らず、この暴れ馬のような二人を御していることにも繋がっているのかもしれない。
「僕はこのコジインの責任者、アルヴィンだ。……君たち、ここで何をしてるの?」
俺が名乗ると、小さいコバンが進み出て、愛想笑いを浮かべた。
「へへっ、こりゃどうも責任者様でしたか! いやぁ、俺たちはただ、ここで美味しいご飯が食べられるって噂を聞きましてね。ちょっと寄らせてもらっただけなんですよ」
「だったら、なんでうちのマルディを殴ったの?」
「いやいや、これは行き違いでして! こっちのギルがちょっと気が短くて……」
「うるせぇ!」
ギルがコバンを押しのけ、俺の前に立った。
「飯だ! 飯をよこせ! 俺たちがここに来てやったんだ、歓迎するのが筋だろうが!」
「ギル、よせ。……相手を見るんだ」
後ろのドランが低く声をかけた。
「ああん? ドラン、お前は黙ってろよ。こんなチビ、指先一つで……」
「相手はただの子供じゃない。……服を見ろ。立ち方を見ろ」
ドランの目は鋭かった。
俺がただの5歳児ではないことを、本能的に察知している。
だが、頭に血が上ったギルには届かない。
「知るかよ! どけチビ! どかねぇなら痛い目見るぞ!」
ギルが拳を振り上げた。
速い。大人の男顔負けのスピードと、風を切る音。
まともに食らえば5歳児の首などへし折れる威力だ。
だが。
(……未来視!)
俺は転生後初めて、意識的にその力を使った。
脳裏に浮かぶ映像。
前世の感覚なら、これで1秒先の未来が見えるはずだ。ギルの拳がどこに来るかさえ分かれば――
――え?
俺は一瞬、戸惑った。
脳裏に映し出された映像が、終わらない。
ギルが右拳を繰り出し、俺がそれを避ける。さらにギルが体勢を立て直し、左足で蹴りを放とうと踏み込むところまで。
そこまでが、鮮明に見えた。
(……長い!?)
1秒じゃない。
体感で2秒。
情報量が倍になっている。
システムの適合率99.9%の影響か、それとも子供の脳の柔軟性ゆえか。
たかが1秒の差だが、戦闘における1秒は永遠に近い。
現実の時間で、ギルの拳が迫る。
だが、俺にはあまりにも遅く見えた。
2秒先まで見えている俺にとって、今の彼はスローモーションの中で踊っているようなものだ。
ブンッ!
俺は最小限の動きで、ギルの右拳を避けた。
「は……?」
ギルが目を見開く。
彼はそのまま、俺が見た未来通りに左足を踏み込み、蹴りの動作に入ろうとする。
だが、俺は既にその場所に足を差し込んでいた。
「そこだ」
「なっ、ぐわ!?」
ギルは自ら俺の足に躓き、盛大にバランスを崩した。
俺はその腕を掴み、彼の勢いを利用して地面に転がした。
ドスンッ!!
ギルが背中から地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!? な、なんで……!?」
「2秒あれば、あくびができるな」
俺は呟いた。
この力、凄まじい。戦闘だけじゃない、交渉や判断においても、この2秒のアドバンテージは最強の武器になる。
「……まいったな」
それを見ていたドランが、ため息をつきながら歩み寄ってきた。
敵意はない。降参のポーズだ。
「俺の連れが迷惑をかけた。……悪かったな、責任者様」
「君がリーダー?」
「まあな。そこのバカ(ギル)と、がめついだけのチビ(コバン)の首輪を握ってるだけの係だ」
ドランは倒れているギルの首根っこを掴み、乱暴に立たせた。
「立てギル。負けたんだ、大人しくしろ」
「……ちっ、わーってるよドラン」
驚いたことに、あの狂犬のようなギルが、ドランの言葉には素直に従った。
恐怖で支配しているわけではない。
逆らわないという絶対的な信頼関係が見える。
「君たち、名前は?」
「俺はドラン。こいつらがギルとコバンだ」
「親は?」
「いねえよ。……俺は拾った側だ」
ドランが語った内容は、壮絶ながらも淡々としていた。
元はナバラ帝国の騎士の息子だったが、旅の途中で盗賊に襲われ、親を殺され、奴隷として売られそうになったところを逃亡。
流れ着いた貧民街で、当時4歳だったギルと、5歳だったコバンを拾ったのだという。
「……なんで拾ったの? 自分一人の方が生きやすかったんじゃない?」
俺の問いに、ドランは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「さあな。……ま、一人だと寝る時に寒かったからだろ」
「へへっ、ドランは寂しがり屋だからな!」
「うるせぇコバン、売るぞ」
小さいコバンが茶化し、ドランが軽く小突く。
ギルは不貞腐れながらも、二人の側から離れようとしない。
なるほど。
ドランの【騎手】という能力。
それは馬だけでなく、暴れ馬のような人間や組織を乗りこなし、正しい方向へ導くリーダーシップの才なのかもしれない。
俺はニヤリと笑った。
【力】を持つ特攻隊長。
【商業】を持つ参謀。
そして、それらを統率する【騎手】のリーダー。
完璧なスリーマンセル(三人一組)だ。
こんな原石が路地裏に転がっているなんて、俺はどれだけ運がいいんだ。
「ねえ、ドラン」
俺は彼らに手を差し伸べた。
「ここに来ないか? 飯なら腹がはち切れるほど食わせてやる。寝床もある。風呂もある」
「……タダか?」
コバンが目を光らせた。
「タダじゃない。働いてもらう」
「げっ」
「でも、君たちのその才能を活かせる仕事だ。……どうだギル、俺と毎日喧嘩できるぞ?」
ギルがピクリと反応した。
「……お前、つえーからな。毎日やれば、いつか勝てるか?」
「いつかね。僕を倒せたら、ここのボスを譲ってやるよ」
「面白ぇ、乗った!」
ギルが即答した。コバンも「飯付きなら文句ねぇや」と肩をすくめる。
最後に、ドランが俺をじっと見た。
10歳とは思えない、深い瞳だ。
「……危険なことは?」
「あるかもしれない。でも、無駄死にはさせない。君たちが生きたいと願うなら、僕が全力で守る」
ドランはしばらく俺の目を見て、ふっと息を吐いた。
「……信じるよ。お前からは、嘘の匂いがしねえからな」
ドランが俺の手を握り返した。
「サハジ! お客さんだ! 最高に美味い肉料理を三人前、いや五人前頼む!」
「チッ、またガキが増えたのかよ……!」
厨房から悪態が聞こえてくるが、その声はどこか嬉しそうだった。
こうして、コジインに最強の捨て子三人衆が加わった。
俺の組織は、着実に、そして急速に拡大していく。
――だが。
順調すぎる時こそ、落とし穴があるものだ。
「……アルヴィン様!」
屋敷の方から、血相を変えた執事が走ってきた。
嫌な予感がする。
「王都から早馬です! ……マーラン旦那様が、捕縛されました!」
「は?」
俺と爺様の声が重なった。
「捕縛だと? 誰にじゃ!」
「そ、それが……国王陛下暗殺未遂の容疑で……!」
その瞬間、俺の頭の中から酒のことも人材のことも吹き飛んだ。
暗殺未遂? あの小心者で真面目な父上が?
ありえない。
(……罠か)
俺の中で、冷たい怒りの炎が灯った。
せっかく手に入れた平穏な生活を、邪魔する奴がいるらしい。
「爺様」
「うむ」
ダイファーの瞳から、好々爺の色が消え、かつての覇王の光が宿る。
「出番のようじゃな。……喧嘩を売る相手を間違えたことを、教えてやらねばならんのう」
俺たちの王都殴り込み編が、幕を開けようとしていた。




