49. 早熟の琥珀と、王の舌
それから一週間後。
完成した「音響熟成ユニット・改」を取り付けた樽の前には、俺、マンダル、サハジ、クロブ、爺様、そしてロリーナが集まっていた。
「……いくぞ」
俺はコックを捻った。
トクトク……とグラスに液体が注がれる。
色は、美しい琥珀色。一週間前の透明な液体とは別物だ。
「ほう、色はいいのう」
「香りは……うん、鉄臭さは微塵もねぇな」
マンダルが鼻を近づけ、満足げに頷いた。コーティングは完璧に機能しているようだ。
サハジがグラスを回し、香りを確認してから口に含んだ。
全員が固唾を呑んで見守る。
サハジは目を閉じ、舌の上で転がし、喉に流し込んだ。
「……どうだ?」
俺が尋ねると、サハジは目を見開き、信じられないものを見るような目でグラスを見た。
「……完璧だ」
「え?」
「文句のつけようがねぇ。できたての酒特有の、あの喉を焼くような刺々しさが完全に消えてる。木の香りもしっかりついてるし、甘みも深い。……今のままでも、王都の一流店で最高値がつく味だ」
サハジがそこまで言い切るのは珍しい。
料理人としての彼は、「完成品」としてこの酒を認めたのだ。
沸き立つ周囲をよそに、爺様が静かにグラスを手に取った。
「どれ」
元国王ダイファー。
かつて世界中の美酒を飲み尽くし、俺が以前こっそり出した「昔の酒(異世界で作って持っていた超高級酒)」の味も知っている男。
彼はゆっくりと酒を含み、時間をかけて味わった。
「……ふむ」
爺様はニヤリと笑った。
「確かに美味い。サハジの言う通り、売り物としては一級品じゃ」
だが、その瞳は鋭く光っていた。
「しかしのぅ、アルヴィン。……やはり『時間』そのものには勝てんか」
「……やっぱりわかる?」
「ああ。味は整っておるが、何十年も蔵の闇で眠っていた古酒特有の、あの魂にズシリと来る『重み』が足りん。……例えるなら、才気煥発な『早熟の天才』じゃな。老成した『賢者』の深みには、あと一歩届かん」
流石だ。
振動による強制熟成は、あくまで時間を「圧縮」する技術。物理的な変化は起こせても、歳月だけが醸せる幽玄さまでは再現しきれない。
「その通りだよ爺様。だから、これを『スタンダード品(普及版)』として売り出す」
「ほう?」
「安くて、早くて、めちゃくちゃ美味い。これで市場を席巻しつつ、一部の樽はじっくり寝かせて本物の『プレミアム品』にするんだ。数年後、さらに化けた酒を出すためにね」
「カカッ! 商売上手め。……だが、楽しみが増えたわい」
爺様は嬉しそうに残りの酒を飲み干した。
これでアケニース家の「金脈」は確保できた。あとは量産体制を整えるだけだ。




