48. 帰還と、職人の勘
ポルム教国からの帰路は順調だった。
『聖銀の証』の威力は絶大で、どの関所も顔パス。俺たちは予定よりも大幅に早く、懐かしのアケニース領へと戻ってきた。
「着いたー! コジインだ!」
馬車の窓から顔を出したロリーナが歓声を上げた。
彼女にとってここは、以前にも遊びに来たことのある勝手知ったる場所だ。
「おーい、みんな元気ー?」
「あ、ロリーナだ!」
「お土産あるぞー!」
馬車を降りるやいなや、ロリーナは孤児院の子供たちの輪の中へ飛び込んでいった。
本当に馴染んでいる。
出迎えたスピディが、やれやれといった顔で近寄ってきた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん。ダイファー様も」
「ただいま、スピディ。……マンダルは?」
「工房に籠りっぱなしです。『アルヴィンはまだか! 銅が冷める!』って毎日怒鳴り散らして大変でしたよ」
俺は苦笑しつつ、工房へと急いだ。
◇
カン、カン、カン!
工房に入ると、熱気とともに小気味よい音が響いていた。
マンダルは上半身裸で、汗だくになりながら鉄を打っていた。
「マンダル!」
「ああん!? ……お、やっと帰ってきやがったか!」
マンダルは手を止め、血走った目で俺を見た。
「遅せぇよ! 蒸留器の本体はとっくに完璧だ。……で? 例の『振動』の件、答えは持って帰ってきたんだろうな?」
「もちろん。最高の『設計図』がある」
俺はシステムから得た設計図(振動ユニットと伝導ロッド、そしてコーティング剤の配合)を羊皮紙に書き起こして見せた。
マンダルはそれを食い入るように見つめ、「ふんふん」と鼻を鳴らした。
「なるほどな。石の暴れる力を箱に閉じ込め、棒を通して伝えるか。……理屈はわかる」
マンダルは顎髭をゴシゴシと擦った。
「だがよ、アルヴィン。このツルッとした棒じゃ、なんか『足りねぇ』気がするんだよな」
「足りない?」
「ああ。お前がいない間、水を入れた樽を叩いて、波紋の広がり方をずっと見てたんだ。ただの棒だと、こう……揺れが『硬い』んだよ。水が嫌がってるみてぇな感じがしてよ」
マンダルは作業台の下から、一本の奇妙な金属棒を取り出した。
それは、表面にドリルのような、あるいは荒縄のような、複雑で美しい「ねじれ」が刻まれた鋼鉄の棒だった。
「これを見ろ」
彼が棒を指で弾くと、キィィィ……と不思議な余韻のある音が響いた。
「何度やっても上手くいかねぇから、ヤケクソで棒をねじ切ってみたんだ。そしたらよ、水が『喜んだ』んだ」
「喜んだ?」
「ああ。振動がこう、渦を巻くように全体に染み渡っていくっつーか……樽の隅っこまで、優しく撫でるように揺れるんだよ。理屈は知らねぇが、俺の腕が『これだ』って言ってる」
俺は驚愕した。
システムの設計図は「効率的な振動伝達」を目的としていた。
だがマンダルは、「水との調和」を、職人の勘と試行錯誤だけで見つけ出したのだ。
流体力学とか、共振周波数とか、そんな言葉は関係ない。「水が喜ぶ」。それが全てだ。
「……すごいな。マンダルの言う通りだ、その形状でいこう」
「はんっ、当たり前だ。伊達に何十年も鉄と会話してねぇよ。……じゃあ、こいつをそのまま樽に突っ込むか?」
「いや、待って。そのままじゃダメだ」
俺は羊皮紙の端に書いた「配合表」を指差した。
「どんなにいい鉄でも、酒に直接触れれば金属の味が移るし、腐食もする。システムの設計には、それを防ぐ『コーティング』が必須なんだ」
「コーティングだぁ?」
「そう。天然樹脂と、いくつかの鉱物粉末を混ぜた特殊な釉薬だ。これを塗って焼き付けることで、ガラスのように滑らかで、かつ振動を損なわない被膜ができる」
マンダルは目を丸くし、それからニヤリと笑った。
「なるほどな。俺が骨組みを作り、お前が皮を張るってわけか。……面白ぇ、最高傑作にしてやるよ」
俺たちは再会を祝う間もなく、作業に取り掛かった。
マンダルが至高のねじれを持つロッドを打ち、俺がシステム直伝のコーティング剤を調合し、慎重に塗り重ねて焼き上げる。
科学と職人芸の融合だ。




