44. 筋肉ピクニックと、絶対通行権
領都を出発して三日目。
ポルム教国への国境付近を行く俺たちの一行は、街道を行き交う旅人たちから、凄まじい注目(というより恐怖の視線)を浴びていた。
「じいじ! あれなぁに?」
「おお、あれはキツネリスじゃよ。可愛いなぁ、でもロリーナちゃんの方が百倍可愛いぞ~」
「えへへ、おやつたべるー!」
幌馬車の中では、爺様が完全にデレデレの好々爺と化し、ロリーナに干し肉や果物を次々と与えている。
平和な光景だ。中だけ見れば。
問題は、外だ。
「フンッ! ハッ! フンッ!」
馬車の周囲を、筋骨隆々の男たち――爺様の私兵団9名が、掛け声を上げながら並走していた。
スピディが不在のため、ポムキンを含む選りすぐりの9人が、完全武装で馬車の速度に合わせて走っている。
彼らにとって、これは護衛任務であると同時に、日課のトレーニングでもあるらしい。
(……どう見ても、略奪を終えてアジトに戻る山賊団の帰宅風景だ)
俺は馬車の窓から外を見て、溜め息をついた。
すれ違う商人は馬車を道の端に寄せて震えているし、農民は一目散に逃げ出していく。
まあ、襲われる心配がないのはいいことだが、目立ちすぎる。
「……アルヴィン。あの剣、重くないか?」
爺様が、ロリーナの口を拭いてやりながら聞いてきた。
俺の腰には、サンデルの打った短剣(今の俺にとっては長剣)が佩かれている。
「ううん、しっくりくるよ。重心のバランスが最高だ」
「そうか。……あいつ(アーノル)は結局、それを一度も使わなかったからな。お前が使ってくれるなら、サンデルも本望だろう」
爺様は目を細めた。
俺は剣の柄を握りしめた。
かつては短すぎて使い物にならなかったこの剣が、今の俺の手には吸い付くように馴染む。不思議な感覚だった。
◇
やがて、前方に堅牢な関所が見えてきた。
アケニース領(王国)と、ポルム教国を隔てる国境の砦だ。
「止まれぇぇぇッ!!」
案の定、関所の兵士たちが血相を変えて槍を構えた。
無理もない。筋肉の集団が笑顔で突っ込んできたら、誰だって非常事態だと思う。
「貴様ら! 何者だ! その馬車には何を積んでいる!」
「怪しい奴らめ! 武器を捨てて地面に伏せろ!」
警備隊長らしき男が怒鳴った。
私兵団のリーダー格が、困ったように頭を掻く。
「いや、俺たちは怪しいもんじゃありませんぜ。ただの旅行客で……」
「嘘をつけ! 旅行客がそんな重装備で走ってくるか!」
「トレーニングです」
「ふざけるなッ!」
会話が成立していない。
爺様が「やれやれ」といった顔で立ち上がろうとした。
「わしが話してこよう。顔を見せれば通してくれるじゃろ」
「待って、爺様」
俺はそれを止めた。
元国王の顔パスは強力すぎる。ここで身バレすると、教国側に「アケニース家の重鎮が極秘入国」という情報が伝わり、変な警戒をされる可能性がある。
今回の目的はあくまで『システム』への接触だ。政治的な面倒事は避けたい。
「僕が行くよ。……試してみたいものがあるんだ」
俺は馬車を降りた。
5歳児の登場に、兵士たちが一瞬呆気にとられる。
「な、なんだその子供は……人質か?」
「おじさんたち、通してよ。僕たちは巡礼に行くんだ」
俺は無邪気な笑顔で歩み寄った。
「巡礼だと? ふざけるな、帰れ! ここは神聖な教国の入り口だぞ!」
「でも、これを持ってるよ?」
俺はポケットから、例の銀のペンダントを取り出し、隊長の目の前にぶら下げた。
「あ? なんだその安っぽい銀細工は。おもちゃなら家で……」
隊長が鼻で笑い飛ばそうとした、その時だ。
彼はペンダントの裏側に刻まれた、極小の紋章に気づいたらしい。
「――っ!?」
隊長の顔色が、瞬時に蒼白になった。
目が飛び出るほど見開かれ、唇がわななき始める。
周囲の兵士たちが「どうしました隊長?」と怪訝な顔をする中、彼はガタガタと震えながら、その場に膝をついた。
「こ、こ、これは……『聖銀の証』……ッ!?」
「えっ?」
「馬鹿野郎! 全員武器を引け! 頭を下げろぉぉッ!!」
隊長の絶叫が響き渡った。
兵士たちは訳も分からず、慌てて槍を引き、整列して最敬礼の姿勢をとる。
「し、失礼いたしましたッ!! まさか、枢機卿猊下の代理人様であらせられるとは露知らず……!!」
隊長が額を地面に擦り付けている。
どうやらベネディクトの言っていた効果は本物だったらしい。
「枢機卿クラス」という身分証は、末端の兵士にとっては雲の上の存在、問答無用の通行手形となるようだ。
「……通っていい?」
「は、はいぃッ!! どうぞお通りくださいッ!! 直ちに門を開けろぉッ!! 最優先だ!!」
ギギギ、と重厚な門が開いていく。
行列を作っていた他の旅人たちを差し置いて、俺たちの馬車(と筋肉集団)のために道が開かれた。
「……すごい」
馬車に戻ると、爺様が目を丸くしていた。
「おいアルヴィン、何を見せたんだ? 枢機卿の代理人とか聞こえたぞ」
「ただのお守りだよ。……昔、知り合いに貰ったんだ」
俺はペンダントをポケットにしまい、ニカッと笑った。
「さあ行こう。VIP待遇の旅の始まりだ」
馬車は悠々と関所を通過した。
ポムキンたちが兵士の前を通り過ぎる時、兵士たちが直立不動で「お疲れ様ですッ!」と敬礼しているのがシュールだった。
「アルヴィンさま、すごい! おじさんたち、ぺこぺこしてた!」
「ああ。権力ってのは便利なおもちゃなんだよ、ロリーナ」
「けんりょく?」
「そう。覚えておくといい。力は人を跪かせるけど、地位は人を動かすんだ」
俺は5歳児相手にさらりと現実的な教育を施した。
キョトンとするロリーナの横で、爺様だけが「……まったく、頼もしい5歳児じゃ」と、その背中に亡き父の面影を見て苦笑していた。
こうして俺たちは、何の手続きも検査もなく、ポルム教国へと足を踏み入れた。
目指すは教国の首都、そしてその地下深くにある『大聖堂の祭壇』だ。




