43. 聖銀の記憶と、眠れる短剣
実験失敗の余韻が残る工房で、俺はマンダルに告げた。
「……マンダル。こっちでも別の解決策を考えてみる。だから、あんたも諦めずに試行錯誤を続けてくれ」
「簡単に言ってくれるわ……。この暴れ馬をどう宥めろってんだ」
「必要な金、食事、寝床、機材。全部、そこで死んでるスピディに言えば手配させるから」
「……あいつ、起きるのか?」
マンダルは床で白目を剥いているスピディを不安そうに見たが、俺は構わず工房を後にした。
現場での思いつきには限界がある。もっと根本的な「答え(設計図)」を知る必要があるのだ。
◇
屋敷への帰り道、俺は揺れる馬車の中で思考を巡らせた。
あの石――半魔力が変質した物質の制御方法。
その正解を確実に知っているのは、この世でただ一つ。
かつて俺がその知識の一端に触れた場所、禁域の森の奥にある古代遺跡の管理者『システム』だ。
(あいつに聞けば、最適な容器の素材も構造も一発で分かるはずだ)
だが、問題はアクセス方法だ。
クルム村の裏にある禁域の森から行くのが物理的には最短だが、今のこの身体(5歳児)では自殺行為だ。熊でも出たら終わりだ。
何より、あの『システム』は融通が利かない。
俺の魂がアーノルだとしても、身体の生体認証(DNA)が違えば、「適合率低下」と判断して掃除(排除)しに来る危険性が高い。
(となると、正規ルート……ポルム教国の大聖堂にある祭壇から入るしかないか)
あそこなら、システムへの「裏口」がある。
だが、祭壇の奥は聖域中の聖域だ。
今の聖女ハネキも、俺が死んでから25年経っているから代替わりしているだろう。どこの馬の骨とも知れない子供を通してくれと言って、「はいそうですか」と通すわけがない。
(……詰んだか? いや、待てよ)
俺の脳裏に、ふと古い記憶が蘇った。
25年前、当時の教皇ベネディクトと交わした会話。そして、彼から渡された「ある物」のことだ。
『アーノル殿。これは貴方への感謝と、友愛の証です』
確か、あれは俺の遺品の中に紛れているはずだ。
もし父や爺様が、アーノルの荷物を処分せずに残してくれているなら――。
◇
屋敷に戻ると、ちょうど爺様が視察から帰ってきたところだった。
「おお、アルヴィン! 寂しかったぞー! 元気にしてたか?」
「爺様、おかえり。……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
俺は爺様の熱烈なハグを適当にいなし、単刀直入に尋ねた。
「アーノル・アケニースの遺品って、まだ残ってる?」
「ん? アーノルの? ああ、もちろん残してあるぞ。地下の保管庫に、あいつが使っていた装備やガラクタをまとめてな」
爺様の顔が少し曇ったが、すぐに案内してくれた。
地下保管庫の奥。埃を被った木箱の中に、それはあった。
使い込まれた革鎧や道具たち。その片隅にある小さな木箱を開ける。
「あった……」
中に入っていたのは、翼を模したようなシンプルな銀色のペンダントトップだ。
一見すると、露店で売っていそうな安っぽい銀細工に見える。
(確か、ベネディクトはこんなことを言っていたな……)
『これは枢機卿クラスの聖職者のみが持つことを許される身分証ですが、見た目はただの銀細工に見えるよう加工してあります』
当時の記憶は少し曖昧だが、彼は声を潜めてこれを俺に握らせたはずだ。
『もし旅先で、教会の末端組織や、事情を知らぬ兵士に絡まれた時は、これを提示してください。ポルム教圏内であれば、あらゆる通行、宿泊、便宜が最優先で図られます』
……みたいなことを言っていた気がする。
これがあれば、検問も祭壇への立ち入りもフリーパスになるかもしれない。
まさか25年越しに使うことになるとは思わなかったが。
「なんだそれは? そんな安物、あいつ持ってたか?」
「うん。これ、ちょっと借りるね」
俺はそれをポケットにねじ込んだ。
そしてもう一つ、木箱の底に眠っていた「ある武器」に目が留まった。
「……あ、これ」
それは、鞘に収まった一本の短剣だった。
いや、短剣というには刀身が厚く、小剣に近い。
これは確か、伝説の鍛冶師サンデルが、俺のために打ってくれたものだ。
だが、当時の俺にはリーチが短すぎて使い勝手が悪く、結局一度も実戦で使わずにしまっておいた「幻の傑作」だ。
(今の俺(5歳児)の体格なら、これが長剣として使える!)
俺は震える手でそれを抜き放った。
25年の時を経てもなお、その刃は冷ややかな輝きを放っている。錆一つない。
さすがサンデルの仕事だ。
「よし、これも借りていくよ」
「お、おう。……なんだか様になってるな」
爺様が感心したように言った。
装備は整った。あとは足だ。
「爺様、旅行に行こう」
「旅行?」
「うん。ポルム教国へ。……ちょっと調べたいことがあるんだ」
俺が言うと、爺様は少し驚いた顔をしたが、すぐに豪快に笑った。
「いいな! ちょうどあそこの枢機卿には借りがあるし、久々に顔を出してみるか。マーランも王都に行ってて留守だしな!」
「じゃあ決まりだね」
父の留守中に勝手に国境を越える。帰ってきたら胃に穴が空くかもしれないが、知ったことではない。
その時、背後からドタドタと足音が聞こえてきた。
「アルヴィンさまー! どこいくのー!?」
ロリーナだ。屋敷に遊びに来ていたらしい。
彼女は俺と爺様の間に入り込み、ふくれっ面をした。
「ずるい! お洋服とか、荷作りしてる! ロリーナもおでかけしたい!」
「いや、ロリーナ。これは遊びじゃなくて……」
俺が止めようとすると、爺様が即座にデレデレの顔になった。
「おお、ロリーナちゃんも行きたいか! よしよし、一緒に行こうなー!」
「やったー! じいじ大すき!」
「ぐはっ……! 天使か……!」
爺様が胸を押さえて悶絶した。
……ダメだこの元国王。孫(正確には孫の友達)に甘すぎる。
「ちょ、爺様! 危険な旅になるかもしれないんだよ!?」
「何が危険なものか。わしがついておるんじゃ。それに、ポルム教国までは馬車でたったの5日。ピクニックみたいなもんじゃよ」
爺様はガハハと笑った。
さらに、騒ぎを聞きつけた私兵団の連中も集まってきた。
「ダイファー様! 遠出ですか!?」
「俺たちもお供しますぜ!」
「ポムキンも行きたがってます!(ポムキンは無言でサムズアップ)」
彼らは完全に遠足気分だ。
コジインの警備はどうするんだと言いたいが、まあクロブたちもいるし、数日なら大丈夫だろう。
「……はぁ。分かったよ」
俺は溜め息をついた。
まあ、護衛が多いに越したことはない。ポルム教国への道中は山賊も出るし、何より『システム』のある地下へ行くには、爺様の腕力は頼りになる。
「ただし、スピディは置いていくからね。あいつはマンダルの監視と、商会の実務があるから」
「おう、あいつには土産でも買ってきてやろう」
こうして、唐突なポルム教国への旅が決まった。
メンバーは、俺、爺様、ロリーナ、そして筋肉ダルマの私兵団。
どう見てもまともな巡礼団には見えない一行が、聖地を目指して動き出した。




