41. 疑惑の父親と、筋肉の護衛団
翌日、父マーランは二人の兄を連れて王都へと旅立った。
何しに行くのかと尋ねても、「社交だ」とか「将来のための顔合わせだ」とか言葉を濁すばかりで、具体的な目的は教えてくれなかった。
出発前の数日間、父は母と談話室で過ごす時間を妙に増やしていた。
夫婦水入らずで仲睦まじくやっているのかと思いきや、部屋からは時折、母の楽しそうな笑い声と、父の困り果てたような溜め息が聞こえてきた。
(……まあ、あの真面目な父に限って、王都で女遊びということはないだろうが)
ふと、そんな邪推が頭をよぎる。
男だ。所詮は男なのだ。
領地の経営に胃を痛め、俺のような規格外の息子の奇行に振り回され、ストレスは溜まっているはずだ。
たまの王都行きで羽を伸ばし、綺麗な貴婦人と火遊びの一つや二つ……なんてことも、ないとは言い切れない。
まあ、家庭を壊さない程度に上手くやるなら、俺が口を挟むことではない。男には男の、秘密のオアシスが必要な時もある。
「ま、父上がいないならいないで、好都合だ」
俺は屋敷の玄関で馬車を見送ると、すぐに踵を返した。
口うるさい監視の目が減った今こそ、誰に気兼ねすることなく、俺の計画を全力で進められる絶好の機会だ。
だが、問題が一つあった。
俺の足兼護衛であるスピディが、マンダルを迎えに行っていて不在なのだ。
5歳児が一人で出歩くわけにはいかない。
「誰か、手の空いてる者はいないか?」
俺が中庭に向かって声をかけると、ぬっと一人の男が現れた。
「……」
ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべた、巨漢の剣士だ。
名前はポムキンらしい。
爺様の私兵団の一人で、とにかくデカイ。筋肉の鎧を着ているようだ。
背中には大剣を背負っているが、あまりに分厚すぎて、刃物というよりは「鉄の延べ棒」に見える。斬るのではなく、重さで叩き潰すための武器だろう。
(……この笑顔と筋肉、ドッタを思い出すな)
かつて前世で共に旅をした、懐かしい傭兵仲間の面影を感じ、俺は彼を指名した。
「ポムキン、コジインまで護衛を頼める?」
「(コクッ)」
ポムキンは無言で力強く頷いた。彼は極端に無口なのだ。
よし、これで出発できる――と思った瞬間。
「おいおい坊ちゃん! ポムキンだけズルいぜ!」
「俺たちも行きますよ! 護衛なら数が多いほうがいいでしょう?」
ぞろぞろと、他の私兵たちも集まってきた。
彼らは爺様の部下だが、最近はすっかり俺に懐いている。いや、正確には『コジイン』のアスレチックにハマっているのだ。
まあ、使える戦力は使わせてもらおう。
「……はぁ。分かったよ、みんなで行こう」
結局、俺は大の男たちを引き連れて屋敷を出た。
傍から見れば、山賊の集団に捕まった子供に見えなくもないが、彼らは全員、頼もしい護衛たちだ。
◇
コジインに到着すると、俺はロリーナを迎え入れた。
まだ孤児の数は増えていない。
現在ここに住んでいるのは、マルディとアイーシャ。そしてスタッフであるアニタの息子、ラマンだけだ。
ロリーナは通いだが、生活の拠点はほぼここに移っている。
「ロリーナ、行くぞ! アスレチックだ!」
「おーっ! きょうはいちばんにゴールする!」
午前中は、庭での基礎トレーニングだ。
俺とロリーナ、そしてマルディたちがコースに挑む。
その後ろから、ポムキンたち私兵団も「うぉぉぉ!」と雄叫びを上げて突撃していく。
「はやっ……待ってよロリーナ!」
「アルヴィンさまおそーい! おしりペンペンしちゃうよー!」
身体能力だけで言えば、俺よりも彼女の方が遥かに上だ。
俺が息を切らして泥まみれになっている横を、彼女は猿のように軽々と飛び回っている。
ひとしきり体を動かした後、教室で読み書きの勉強を済ませ、待ちに待った昼食の時間となった。
「うわぁ……! きょうもいいにおい!」
食堂に入ると、厨房から香ばしい匂いが漂ってきた。
まだ子供が少ないため、食堂は広々としている。
隅の方では、アニタが3歳のラマンに食事を与えながら、自分も手早く昼食を摂っていた。
(ラマンはまだ小さいからな……。今後、もし乳幼児が増えるようなら、専門の保育係が必要になるかもしれない)
そんなことを考えながら、俺は配膳台へ向かった。
そこには、不機嫌そうな顔をしたサハジが、巨大な寸胴鍋を振るっている姿があった。
「……チッ、腹減らした獣どもが来やがったな」
口では悪態をついているが、手つきは丁寧だ。
今日のメニューは、ゴロゴロ野菜と肉をじっくり煮込んだ特製シチューと、焼きたての黒パンだ。
「おじちゃん! ロリーナもこれたべたい! おおもり!」
ロリーナがカウンターに背伸びをして叫んだ。
サハジがギロリと鋭い眼光を向ける。
「……あ? なんだこのチビは。ここは遊び場じゃねぇぞ。食べきれない量を頼むんじゃねぇ」
「サハジ、僕の連れだ。とびきり美味いのを頼むよ。残したら僕が責任を持つから」
俺が声をかけると、サハジは鼻を鳴らし、ドカンと山盛りの皿を置いた。
「……食え。熱いから気をつけろよ」
「いただきまーす!」
ロリーナはスプーンを掴むと、大口を開けてシチューを頬張った。
その瞬間、彼女の瞳がカッ開かれた。
「んん~っ!!」
彼女は頬を膨らませたまま、ぶんぶんと手を振った。
「おいしぃ~!! お野菜あまい! お肉とろとろ~!」
満面の笑み。
花が咲くようなその笑顔を見て、サハジの眉間の皺がピクリと動いた。
「……ふん、当たり前だ。何時間煮込んだと思ってる」
「おじちゃんてんさい! これふしぎな味がする! すごい!」
「不思議じゃねぇ、技術だ。……ほら、パンも食え」
サハジはぶっきらぼうにパンを差し出した。
ロリーナはそれにかぶりつく。
「ふわふわ~! スープにつけるとジュワッてなる!」
「……そうだろうよ。そのパンはスープを吸うように少し硬めに焼いてあるんだ」
「おかわり!」
「早ぇよ! ちゃんと噛んだのか!?」
ロリーナの食欲は凄まじかった。
小さな体のどこにその容量があるのか不思議なくらい、次々とパンとシチューを吸い込んでいく。
「おじちゃん、もっとお肉ちょうだい!」
「……チッ、肉ばっか食うな。野菜も食え」
「お野菜もたべる! にんじんさんあまくてすき!」
「……ほう、人参が食えるのか。見上げた根性だ」
サハジの口角がわずかに上がったのを、俺は見逃さなかった。
こいつ、完全にロリーナに落ちている。
文句を言いながらも、彼は「美味いと言って食べてくれる客」には弱いのだ。
「おじちゃん、これなんてお料理?」
「『サハジ特製・栄養満点ごった煮シチュー』だ」
「ごったにしちゅー! おぼえた! またつくってね!」
「……気が向いたらな」
そう言いながら、サハジは皿に残ったスープをパンで拭って食べるロリーナを、満足そうに見つめていた。
こうして嵐のような食事が終わり、ロリーナは「ふあぁ……」と大きなあくびをして、俺の膝で眠ってしまった。
平和な午後だ。
だが、その静寂はすぐに破られることになった。




