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キングスレイヤー真  作者:


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40/80

40. 雑用係と、琥珀色の未完成品

 『コジイン』建設予定地の視察から戻った俺は、屋敷の自室でふんぞり返っていた。


 目の前には、げっそりした顔のスピディがいる。


「……坊ちゃん。俺はあくまで護衛だぞ。なんで会計係とパシリと現場監督までやらされてんだ」


 スピディが抗議の声を上げた。


 無理もない。ここ数日、彼は俺の手足となって駆けずり回っている。


 白金貨を崩して作った「アルヴィン商会(仮)」の運転資金の管理。

 クロブたちへの生活物資の買い出し。

 ツタク建設への手付金の支払い。

 そして、ロリーナの送迎。


「人手が足りないんだから仕方ないだろ。信用して大金を預けられるのは、スピディ、君しかいないんだ」


 俺はニッコリと笑って、彼を持ち上げた。


 実際、彼は優秀だ。

 能力【速】を持っているだけあって、仕事が早い。


 街中の移動も一瞬だし、頭の回転も速い。


 何より、文句を言いながらもキッチリ仕事をこなす誠実さがある。


「へっ、口が上手いねぇ。……で? 今度は何だ?」


「ツタク親方に追加の差し入れを持っていって。あと、クロブたちが勉強で使う筆記用具も」


「へいへい。……俺の剣の腕が錆びつかないかだけが心配だぜ」


 スピディは肩をすくめ、風のように部屋を出て行った。


 便利だな、一生部下でいてもらいたい。


 ◇


 その日の夕方。


 父マーランの執務室に、クルム村から一つの小樽が届いた。


 マンダルと爺様が指揮を執り、現地の職人たちが造り上げた、記念すべき「新酒の第一号」だ。


「……来たか」


 マーランは少し興奮した様子で、小樽の栓を抜いた。


 とぷん、という音と共に、鮮烈なアルコールの香りが漂う。


「さっそく味見といくか。アルヴィン、お前もどうだ」


「うん」


 父がグラスに少量を注ぎ、俺に渡してくれた。


 俺は香りを確かめる。


 ……若い。あまりにも若い。


 穀物の甘い香りはするが、トゲトゲしいアルコール臭が鼻を刺す。


 色はまだ薄い琥珀色。

 樽に入れて数ヶ月、色はほとんど乗っていない。


 俺はちびりと舐めた。


「…………かっ」


 喉が焼ける。


 5歳児の舌には、ただただ強烈な刺激物だ。


 味の深みも、まろやかさもない。

 ただの「濃いアルコール」だ。


 これが蒸留したての「ニューポット(原酒)」の味だ。


「……ふむ。悪くない」


 一方、マーランは満足げに頷いていた。


「確かに強いが、雑味がない。街の酒場で出る安酒とは比べ物にならん透明感だ。これなら売れるぞ」


 この世界の酒のレベルが低いおかげで、これでも十分「上等」と判断されるらしい。


 だが、俺は首を振った。


「ダメだよ父上。これはまだ未完成だ」


「未完成? 十分美味いが」


「尖りすぎてる。この酒のポテンシャルはこんなもんじゃない。樽の中で木と呼吸させて、角を取って、香りを溶け込ませなきゃいけないんだ」


 俺はグラスを置いた。


「最低でも3年。……いや、本当に美味くするには10年は寝かせたい」


「10年だと!? 気が遠くなる話だな……」


 マーランが絶句した。


 商売として考えるなら、10年も在庫を抱えるのはリスクでしかない。


 だが、熟成エイジングこそが蒸留酒の命だ。

 時間をショートカットする方法はない。


 ――いや、本当にそうか?


 ふと、前世の記憶の片隅にある情報がフラッシュバックした。


 テレビかネットのニュースで見た覚えがある。

 『超音波熟成』。


 樽やタンクに微細な振動を与え続けることで、液体の分子活動を活発化させ、熟成を早める技術。


 数年の熟成を、数ヶ月、あるいは数週間に短縮できるという魔法のような技術だ。


(……超音波。要するに、細かい『振動』だ)


 俺は腕組みをして考え込んだ。


 この世界に電気はない。

 超音波発生装置なんて作れるはずがない。


 物理的に樽を揺らす?

 人力じゃ限界があるし、ムラができる。


 何か、外部動力を必要とせず、液体の中で高速で振動し続けるような、都合のいい物質は――


 あった。


 心臓がドクンと跳ねた。


 俺とマンダルしか知らない、あの「封印された石」。

 あの異常な力を持つ鉱石だ。


(……紫の鉱石!)


 あれだ。


 特殊な溶液に浸すと、化学反応で猛烈な「回転エネルギー」を生み出す謎の石。


 あれをタンクの中に入れれば?


 石が勝手に暴れ回り、液体を撹拌し、微細な振動を与え続ける。


 まさに天然の「熟成加速装置」じゃないか。


「……くくっ、ははは!」


 俺は思わず笑い声を上げた。


 マーランが不審そうに俺を見る。


「どうしたアルヴィン。酔っ払ったか?」


「ううん、思いついただけ。……父上、この酒をもっと美味しく、しかも早く完成させる方法があるかもしれない」


 俺はグラスに残った酒を一気に飲み干した。


 ……むせた。


 善は急げだ。


「父上、失礼します!」


 俺は執務室を飛び出し、廊下を走った。


 目指すは、俺の便利な足、スピディの元だ。


 ◇


 中庭のベンチで、スピディが死体のようにぐったりしていた。


 度重なるお使いで疲労困憊なのだろう。


「スピディ!」


「……うげぇ。また来た」


 スピディが露骨に嫌な顔をした。


「坊ちゃん、勘弁してくれよ。今日はもう店じまいだ。足が棒になっちまう」


「大丈夫、君の足はそんなにヤワじゃないよ。それに、これは君にしか頼めない超重要任務だ」


 俺は彼の前に立ち、ビシッと指を差した。


「クルム村に行って、マンダルを連れてきて」


 スピディが固まった。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……は?」


「鍛冶師のマンダルだよ。爺様の家の近くの工房にいる偏屈な爺さん。彼を大至急、ここまで連れてきてほしいんだ」


「い、いやいやいや! 待て待て!」


 スピディが飛び起きた。


「クルム村だぞ!? しかも人を連れて帰ってくる? 往復4日以上の長旅じゃねえか!」


「君なら、もっと早く行けるでしょ?」


「俺は馬じゃねえんだよ!!」


 スピディの悲鳴が中庭に響く。


 だが、俺は引かない。

 このアイデアを実現できるのは、あの紫の石の秘密を知り、かつ微細な加工ができるマンダルしかいないのだ。


「お願いだよスピディ。これは『アルヴィン商会』の社運がかかってるんだ。……特別ボーナス、弾むよ?」


「ぐっ……」


 ボーナスという言葉に、スピディの表情が揺らいだ。


 こいつ、本当に現金なやつだ。


「……い、いくらだ?」


「金貨5枚」


「行ったぁぁぁぁぁ!!」


 スピディは叫ぶと同時に、残像を残して走り出した。


 馬小屋へ向かい、一番速そうな馬を強引に引き出すと、またたく間に門を飛び出していった。


「……ふふっ。頼りになるなぁ」


 俺は砂煙を見送りながら、ニヤリと笑った。


 マンダルが来れば、実験開始だ。


 紫の石を使った「強制熟成システム」。


 もしこれが成功すれば、俺たちは時間を超越した美酒を手に入れることになる。


 待ってろよ、世界。


 5歳児が作る最高傑作で、酔わせてやる。


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