39. 未来への教科書と、磨けば光る原石たち
父と別れた後、俺は『コジイン』の一室でクロブと向き合っていた。
クロブたちにはすぐにこちらへ移ってもらうつもりだ。
机の上には真新しい羊皮紙の束が置かれている。
これからここで育つ子供たちの、未来の地図を作るためだ。
「いいかい、クロブ。ここでの教育方針は至ってシンプルだ」
俺は羽ペンを回しながら言った。
「まず、全員に『読み・書き・計算』を徹底させる。これは絶対だ。例外は認めない」
クロブが少し驚いた顔をした。
この世界では、平民が読み書きできること自体が珍しい。ましてや孤児にそこまで教える施設など皆無だ。
「全員、ですか? 戦闘の才能がある子も?」
「ああ。無知は罪じゃないが、搾取される隙になる。俺の下で働くにしろ、独立するにしろ、最低限の知恵という鎧は着せてやる」
「期間は設けない。子供によって覚える速度は違うからね。早い子はどんどん進めばいいし、遅い子には分かるまで付き合う。基礎を身につけた者から次のステップへ進めばいい」
俺は羊皮紙にさらさらと図を描いた。
「そこからは『適性』に応じてクラス分けだ。戦うのが得意な奴は戦闘科、手先が器用な奴は技術科、頭がいい奴は事務・管理科。……本人の希望を尊重しつつ、様子を見ながら一番伸びる方向へ誘導する」
「なるほど……。基礎という土台を固めてから、それぞれの家を建てるわけですね」
「その通り。内容は子供たちの成長に合わせて随時変えていくけど、この大枠は崩さない。今は、この基礎教材を作ることに専念しよう。頼んだよ、校長先生」
「は、はい! 責任重大ですね……」
クロブは武者震いするように拳を握った。
根が真面目な彼なら、きっとやり遂げてくれるだろう。
◇
それから数日後。
クロブから「以前の日雇い仲間で、信頼できそうな者が見つかった」と連絡があった。
俺は屋敷の自室に彼らを招き入れた。
クロブの後ろに続いて入ってきたのは、三人の大人と一人の子供だ。
彼らは緊張した面持ちで、豪奢な椅子に座る5歳児(俺)を見ている。
「俺の日雇い時代の仲間で、信頼できる連中です。ただ、その……少しばかり事情がありまして」
クロブが申し訳なさそうに紹介を始めた。
俺はふむ、と頷き、スキル【見る力】を発動させた。
一人目は、痩せた女性だった。
服はつぎはぎだらけだが、洗濯が行き届いていて清潔感がある。足元には小さな男の子がしがみついていた。
「アニタです。……その、鍛冶師だった夫を亡くしてから、住む場所もなくて……。何でもします、掃除でも洗濯でも……だから、この子にご飯を……」
必死な形相で頭を下げる彼女を、俺は静かに見つめた。
【アニタ(22歳)】
【性別:女】
【状態:栄養失調(軽度)、疲労】
【器用:D】
【能力:家事】
……悪くない。
器用D。一般人としては十分な数値だ。まだ若く、苦労で消耗しているが、環境さえ整えればもっと伸びるだろう。
「アニタさん。君の服、古いけれど丁寧につぎはぎが当てられているし、汚れ一つないね。……性格が出るよ、そういうところには」
俺の言葉に、アニタはハッとして自分の服を握りしめた。
「え、あ……恥ずかしいです、こんなボロボロの服……」
「恥じることはない。物を大事にし、手間を惜しまない証拠だ。君になら、寮の管理を任せられる」
俺はニッコリと笑った。
「採用だ。住み込みで食事付き、給金も出す。子供たちの世話係を頼むよ」
「ほ、本当に……いいんですか? 私、子連れなのに……」
アニタが驚愕の声を上げた。
俺の視線は、彼女の足元にいる息子に向けられた。
【ラマン(3歳)】
【性別:男】
【状態:健康】
【能力:鍛冶】
(……ほう?)
まだ幼いためステータスは低いが、【鍛冶】の能力を持っている。
「構わないよ。それに、その子――ラマン君だっけ? 亡くなった旦那さんは鍛冶師だったんだよね。彼が大きくなったら、ウチの工房で技術を学ばせてみるといい。きっとお父さんのような立派な職人になるよ」
俺の言葉に、アニタの目から涙が溢れた。
「あ、ありがとうございますぅぅ……ッ!」
アニタはその場に泣き崩れた。
クロブが優しく彼女を立たせ、部屋の隅へ誘導する。
そして、もう一人。
腕組みをして、不機嫌そうに壁に寄りかかっている男がいた。
無精髭に鋭い目つき。どう見てもカタギではない雰囲気だが、手先だけは異様に綺麗だ。
「……サハジだ。料理なら誰にも負けねぇ。だが、接客はしねぇぞ。客のご機嫌取りなんざ真っ平だ」
開口一番、喧嘩腰だった。
「こ、こらサハジ! 相手は雇い主様だぞ!」
「関係ねぇ。不味い飯を食わせてヘラヘラ笑うより、美味い飯を無言で出す方がマシだ。……前の店も、味のわからねぇ客と揉めてクビになった」
なるほど。職人気質というより社会不適合者か。
だが、俺の【見る力】は彼の中にある光を捉えていた。
【サハジ(30歳)】
【性別:男】
【状態:健康】
【器用:C】
【能力:料理】
「……君さ、材料費のこと考えずに高い食材買っちゃうタイプでしょ」
「あん? 最高の料理を作るのに、最高の食材を使って何が悪い」
悪びれもせず言い放つサハジ。
「合格だ、サハジ」
「……は?」
「ここは食堂じゃない。客に媚びる必要はない。君の仕事は、育ち盛りの子供たちに栄養満点で死ぬほど美味い飯を作ることだ」
俺はビシッと指を差した。
「ただし! 財布の紐はクロブとアニタに握らせる。君には金は渡さない。必要な食材は申請制だ。……それでいいなら、ここの厨房は君の城だ。好きに使え」
サハジは一瞬きょとんとしたが、すぐにニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……へっ、面白いガキだ。いいだろう、俺の飯を食って不味いと言わせねぇようにしてやる」
そして最後の一人。
「いやー、坊ちゃん! 俺もぜひその孤児院ってやつで働かせてくださいよ!」
クロブの後ろから、よく通る明るい声が響いた。
ひょっこり顔を出したのは、人懐っこい笑顔の青年だった。
「あ、こいつはユント。俺と同じ現場でよく一緒に汗を流してる悪友でして。気立てはいいし、力仕事なら任せてください」
クロブが苦笑しながら紹介する。
俺は何気ないふりをして【見る力】を発動した。
【コリンス・ベンダー(26歳)】
【性別:男】
【状態:健康】
【能力:話術】
(……ん? コリンス・ベンダー?)
名前が違う。ユントというのは偽名だ。
(……怪しすぎる)
ただの慈善事業ならともかく、ここは人材育成の拠点だ。初期段階で素性の知れない爆弾を抱え込むわけにはいかない。
「ユントお兄さん、元気いっぱいで楽しそうだね!」
俺は無邪気な笑顔を作った。
「でもね、ごめんなさい。今のところ住み込みスタッフは定員なんだ。これ以上雇うと、僕のお小遣いじゃ足りなくなっちゃう」
「あちゃー、そうなんすね」
「でもね」
俺は残念そうに続けた。
「もうすぐ孤児院の建物が完成して、子供たちが増えたら絶対に人手が足りなくなると思うんだ。その時は真っ先にユントお兄さんに声をかけてもいい?」
「おっ! マジっすか! ええ、もちろんですよ!」
ユントは笑いながら部屋を出ていった。
足音が遠ざかったのを確認して、俺は小さく息を吐いた。
(偽名の青年、コリンス・ベンダー……厄介事の種にならないといいが)
今はまだいい。
クロブ。
世話焼きのアニタと、金の卵ラマン。
愛想なしの料理人サハジ。
準備は着々と進んでいる。
俺は満足げに頷いた。
衣食住が整い、教育体制も固まった。
あとは、ここに住む「主役」たちを待つだけだ。




