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キングスレイヤー真  作者:


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4. 籠の中の鍛錬、そして帰還

4. 籠の中の鍛錬、そして帰還


 よし、まずは外だ。

 地理を把握し、基礎体力をつけるには外を歩くのが一番だ。

 俺は勇んで部屋を出ようとした。


「あらあら、アルヴィン様。どちらへ?」


 即座に捕獲された。

 専属メイドのミナだ。にこやかな笑顔だが、その手は俺の肩をがっちりとロックしている。


「お庭に、いきたいの」


「まあ、感心ですね。ですがその格好ではいけません。お着替えしましょうね」


 ああ、そうだった。ここは貴族の家だった。

 俺は抵抗虚しく、着せ替え人形となった。

 やれフリルだ、やれリボンだと飾り立てられた。

 戦場なら真っ先に狙われる格好だ。



 準備が整い、ようやく部屋の外に出る。

 だが、自由ではない。

 背後には常にミナがついてくる。気配を消そうともせず、一定の距離を保ってニコニコと見守っている。

 監視、というよりは過保護な護衛だ。

 前世の俺なら撒くのは造作もないが、今のこの短足では物理的に逃げ切れない。


 仕方なく、俺はミナを引き連れたまま屋敷の探索を開始した。


 広い。とにかく広い。

 廊下を抜け、ホールを横切り、ようやく中庭に出るだけで、大人の足なら数分の距離が、今の俺には遠足のように感じる。

 手入れされた芝生。色とりどりの花壇。噴水まである。

 平和そのものだ。だが、俺の目的地はここではない。


 さらに奥、屋敷の敷地を囲む外壁の「門」を目指す。

 ペタ、ペタ、ペタ。

 息が上がる。足が重い。

 だが、これを歩ききること自体がトレーニングだ。俺は一度も抱っこをねだることなく、なんとか正門までたどり着いた。


 門番が立っている。

 槍を持った屈強な男たちだ。装備の手入れも行き届いている。

 俺は呼吸を整え、門の外へ一歩踏み出そうとした。


「おや、アルヴィン様」


 カチャリ、と槍の柄でやんわりと進路を塞がれた。


「外へ行かれるのですか?」


「うん。お外、みたい」


「申し訳ありません。若様お一人では、門の外へ出すわけにはいかないのです」


 門番は困ったように、けれど毅然と首を横に振った。

 後ろに控えていたミナも口を挟む。


「そうですよ、アルヴィン様。外は危ないですからね。出る時は、必ず大人の人と一緒でなくては」


 ……そうか。

 俺は呆然と門の格子の隙間から、外の景色を見た。

 のどかな街道が続いているだけだ。危険などなさそうに見える。

 だが、ここは貴族社会だ。

 「貴族の子供」は、一人でふらふらと出歩ける存在ではないのだ。昔の村なら子供だろうがなんだろうが自分の足で歩くのが当たり前だったが、ここは平和なアケニース伯爵家だ。


(……不便なもんだな

 だが、目立つ必要もないか)


 俺は大人しく引き下がった。

 駄々をこねても時間の無駄だ。今の俺に、門番を突破する力も、塀を乗り越える跳躍力もない。

 外の世界を見るのは、もう少し力がついてからにするしかない。


――外には出られない。


 その日から、俺の方針は「籠の中での強化」に切り替わった。


 まあいいさ、時間は、今度は俺の味方だ。


 まずは食事だ。

 出されたものは全て食う。

 好き嫌いはしない。ピーマンも人参も、笑顔で咀嚼し飲み込む。

 メイドたちが「アルヴィン様は偉いですねえ」と褒めてくれるが、そんなことはどうでもいい。

 この成長期の体に、必要な栄養素を過不足なく叩き込む。それが最優先だ。


 そしてトレーニング。


 体は裏切らない。

 正しく鍛えれば、正しく応える。


 筋肉をつけるには早すぎる。やはり当初の予定通り、神経系を徹底的に鍛える。


細いレンガの上を歩く。お手玉をする。

虫を目で追い続ける。


動体視力と、指先の連動性を高める。

 地味だが、戦闘における反応速度の基礎は、こういう遊びの中にこそある。


 そして、知識。

 俺は屋敷の図書室に入り浸った。

 絵本を読むふりをして、歴史書、地理の本、そして数学や物理に関する本を読み漁った。

 空白を埋めるためだ。

 今の父、マーランの書斎にもこっそり侵入し、領地の経営状態がわかる書類も盗み見た。


(……ふむ、悪くはないな)


 崩壊寸前ではない。

 ならば、いくらでも伸ばせる。


 ダイファーが継いだと聞いていたから心配していた。

 父マーランの【計算】能力のおかげだろうか。派手な儲けはないが、無駄を削ぎ落とし、ギリギリのところで現状維持を保っている。

 交易に関しては、近隣とのやり取りがある程度で、特筆するような利益は出ていないようだ。

 つまり「貧乏ではないが、裕福でもない」といったところか。

 まあ、スタートラインとしては十分だ。俺の知識を使えば、ここから伸ばす余地はいくらでもある。



 そんな生活を続けて、2週間ほどが過ぎた頃だった。


 屋敷の空気が、ふと変わった。

 バタバタとメイドたちが走り回り、玄関ホールが騒がしくなる。

 いつもは穏やかな母、ディーファが、珍しく興奮した様子で廊下を歩いていくのが見えた。


「お父様が帰ってきたわ!」


 その声に、俺は読んでいた本をパタンと閉じた。

 帰ってきた。

 

 かつて俺が命を懸けて守り、未来を託した息子。


 ダイファー・アケニース。


 俺の息子。

 そして、この時代を生き抜いた男。


 俺は椅子から飛び降りた。

 2週間の神経系トレーニングの成果か、着地は音もなく、ふらつきも一切なかった。

 心臓が早鐘を打っている。

 どんな顔をしているだろうか。

 34歳で死別し、今はもういい年になっているはずの息子。


「……会いに行くか」


 今度は、守られる側としてではなく。

 同じ場所に立つ者として。


 俺は服のシワを正し、早足で部屋を出た。

 久々の再会。

 いや、5歳の孫としての「初対面」だ。


 玄関ホールに向かう俺の足取りは、いつになく軽かった。








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