36. 槍の面影
今日はいつもの基礎トレーニングに加え、ダイファー爺様がいるため、槍の稽古が中心のメニューとなっていた。
「腰が高い! 穂先をぶらすな!」
「は、はいっ!」
爺様の怒号が飛ぶ。
マルディとアイーシャは槍を持つことさえ初めてだ。へっぴり腰で、ただ棒を振り回しているだけに等しい。
だが、ロリーナは違った。
「やぁっ!」
鋭い掛け声と共に、子供用の木槍が空を切り裂く。
まだ筋力も体格も足りない5歳児だが、その「軌道」に、俺は奇妙な既視感を覚えていた。
(……なんとなく、似ている)
彼そのもの、というわけではない。
だが、ふとした瞬間の足運びや、呼吸の間合いが、俺の記憶にある「あの男」と重なるのだ。
前世の俺と同じ村の出身で、俺の親友。
そして槍を持たせれば「鬼のように強い」ロバーソン。
休憩時間、俺はタオルで汗を拭きながら、爺様に水を渡した。
「ねえ爺様。……ロバーソンって覚えてる?」
「あん? ロバーソン?」
爺様は水をあおり、懐かしそうに目を細めた。
「ロバーソンさんな、ほとんど会ったことないけど憧れの人だった」
ダイファーが槍を選んだのもロバーソンの話を俺がしたからだったな。
俺が少し感慨に浸っていると――。
「……おじいちゃん?」
ふと、横で水を飲んでいたロリーナが顔を上げた。
きょとんとした目で俺たちを見ている。
「ん? なんだロリーナ、どうした?」
爺様が目尻を下げて反応した。
最近、ロリーナに「ダイファー様」ではなく「おじいちゃん」と呼ばれ、満更でもない様子なのだ。
「爺様、すっかりおじいちゃん呼ばわりが板につきましたね」
「ふん、悪い気はせんわい。孫娘ができたようでな」
爺様がガハハと笑い、ロリーナの頭を撫でようとした。
しかし、ロリーナは不思議そうに首を振った。
「ちがうよ」
「ん? 何が違うんだ?」
「わたしのおじいちゃん」
ロリーナは俺の方を真っ直ぐに見た。
「ロバーソンは、ロリーナのおじいちゃん」
「…………は?」
時が止まった。
俺と爺様は、同時にロリーナの顔を凝視した。
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってロリーナ。今なんて?」
「だから、ロバーソンはロリーナのおじいちゃん。おばあちゃんがロバーソンって言ってるよ」
「そ、そんな馬鹿な……!? 同姓同名か!?」
俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。
「そのロバーソンおじいちゃんは、今どこにいるの!?」
「お空」
ロリーナは無邪気に上を指差した。
「ママがね、お空で見てるよって」
心臓が早鐘を打った。
ただの偶然か? いや、あの槍の筋の良さ。そして同じ名前。
俺は飛び上がった。
「爺様! 出かけるよ!」
「お、おう! どこへだ!」
「ガナナさんの家だ! ロリーナの実家!」
◇
俺たちは馬車を全速力で走らせ、ガナナの農家へと押しかけた。
突然の領主の父君と息子の来訪に、ガナナと妻のバーナは目を白黒させていた。
「ア、アルヴィン様!? ダイファー様まで!? い、一体何事が……」
「ごめんガナナさん、落ち着いて! いや、僕が落ち着かないと!」
俺はゼーゼーと息を切らしながら、必死に言葉を紡いだ。あまりの衝撃に、何をどう聞けばいいのか分からない。
見かねた爺様が、俺の背中をバンと叩いて前に出た。
「すまんの。孫が少し取り乱しておる。……奥さん、あんたに聞きたいことがあるんだが」
「は、はい。私にでしょうか?」
おっとりとした女性、バーナが恐縮して頭を下げた。
俺は深呼吸をして、彼女に尋ねた。
「バーナさん。……あなたのお父上の名前は、ロバーソンですか?」
「ええ、そうですけれど……」
「その方は、槍の使い手でしたか?」
バーナは驚いたように目を見開いた。
「はい。父は元兵士で、槍の名手だったと聞いています。……どうしてそれを?」
確定だ。
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、詳しく話を聞かせてもらった。
バーナの話によると、彼女の母アマナつまりロバーソンの妻の生い立ちは少し複雑だったようだ。
アマナの父はヨンドカ王国のとある部隊の兵士だったが、妻を早くに亡くし、男手一つで娘を育てていた。しかし、そのアマナの父もまた、娘を残して死んでしまったという。
「母は天涯孤独になってしまったんです。そんな時、祖父の友人だった『隊長さん』が、部下で一番信頼できる男に母を託したそうです。それが、私の父ロバーソンでした」
「……なるほど。上司の命令か」
前世で、一度だけ来た手紙。
俺には結婚するとだけの内容だったが、ケニへの手紙に上司の命令でと書いてあった。
「多分、二人は幸せだったと思います。寡黙な父でしたし、槍の訓練ばかりしてましたが母は、今でも父の墓を守っています」
「……そうだったんですか」
バーナは寂しげに微笑んだ。
「私は、父を奪った戦いが怖くて……ガナナからの結婚の申し込みも、何度も断っていたんです。
ガナナも兵士でしたから。また失うのが、怖くて。
……でも、この人は兵士を辞めてまで、私を選んでくれました」
ガナナが照れくさそうに頭をかいた。
「それに……父が亡くなったあと、すごいお金持ちの方が訪ねてきたこともありました」
「お金持ち?」
「はい。『アーモン商会』の会長さんだと言っていました」
アサータクだ。
俺の心臓が再び跳ねた。
「その方が、『これはロバーソンが受け取るべき報酬だ』と言って、一生遊んで暮らせるだけの大金を持ってきてくださったんです。この農地も、そのお金で購入させていただきました」
バーナは感謝の眼差しで遠くを見た。
「父は無口でしたが、素晴らしい仲間に恵まれていたようです。……アルヴィン様、もしかしてアルヴィン様も、父のことをご存知なのですか?」
「……ああ」
俺は言葉を詰まらせ、そして力強く頷いた。
知っているどころの話ではない。
同じ村で子供時代を過ごし、離れていても言葉なんかなくても理解し合える無二の友だ。
「ロバーソンは……強く、素晴らしい人だったと聞いています」
俺は庭で遊ぶロリーナを見た。
彼女のあの槍の才能。あれは隔世遺伝なんかじゃない。
俺の親友、ロバーソンの血が、意思が確かに彼女の中に流れているのだ。
「……爺様」
「おう」
「今日は、墓参りに行ってもいいかな」
「……ああ。付き合ってやるよ。俺も、憧れの男に挨拶させてくれ」
俺たちはガナナに案内を頼み、近くの墓地へと向かうことにした。
25年の時を超えて、ようやく彼に会える気がした。




