35. 職人の矜持と、子供の財布
数日後。
父マーランから「見積もりが上がってきた」との連絡を受け、俺は再び執務室へと向かった。
部屋に入ると、そこには父の他に、いかにも職人といった風体の男が立っていた。
短く刈り込んだ髪に、日焼けした肌。腕の太さは丸太のようだ。
「アルヴィン。こちらが今回施工を頼む『ツタク建設』の親方だ」
「おう。ツタクだ。……って、おい領主様。施主ってのは、この坊主のことかい?」
男が低い声で父に尋ねた。
俺はすかさず【見る力】を発動する。
【ツタク(38歳)】
【能力:大工】
【状態:健康】
能力【大工】。
シンプルだが、建設業においてこれほど頼りになる能力はない。38歳という年齢も、技術と体力が一番充実している時期だ。当たりを引いたな。
「初めまして、ツタク親方。アルヴィン・アケニースです。今回の依頼主は僕です」
「……へえ。まあ、金さえ払ってくれるなら相手が赤ん坊だろうが構わねえが」
ツタクは俺を値踏みするように見下ろすと、テーブルに広げられた図面を指差した。
「で、坊ちゃん。この図面だが……本当にこれを建てる気か?」
「何か問題でも?」
「問題だらけだ。柱が少ねえ。これじゃ屋根の重みで潰れちまうぞ。それに、この壁の配置も独特すぎる」
ツタクが指摘したのは、俺が採用した「枠組壁工法」に近い構造部分だ。
この世界では、太い柱と梁で支える軸組工法が主流なのだろう。壁で支えるという発想がないのだ。
「潰れませんよ。壁全体を構造体として使うんです。これなら太い柱を切り出す手間も省けるし、工期も短縮できる。強度は計算済みです」
「壁で支える……? はっ、変わった理屈だな」
ツタクは鼻で笑い、図面を指で弾いた。
「計算上はそうかもしれねえが、俺の長年の勘が『危ない』と言ってる。木ってのは生き物だ。紙の上の計算通りにはいかねえぞ」
職人の勘か。それを無視するのは愚策だ。
俺は少し考え、頷いた。
「分かりました。専門家である親方の目を疑うつもりはありません」
「……あん?」
「僕はこの工法を提案しましたが、現場の責任者は親方です。もし親方が図面を見て『危ない』と感じて、心配なら……親方の判断で強度を上げる対策をしてください」
俺は真っ直ぐにツタクを見上げた。
「柱を足すなり、梁を太くするなり、補強はお任せします。一番大事なのは、住む子供たちの安全ですから」
「……ほう」
ツタクの目が少し丸くなった。
自分の知識を押し通すだけの生意気なガキだと思っていたのだろう。意外そうに顎をさすった。
「設計図にケチつけられて怒るかと思ったが……案外柔軟じゃねえか」
「素人がプロに口出ししすぎて失敗するのはよくある話ですからね。……それで、見積もりは?」
「これだ」
ツタクが一枚の紙を提示した。
既存倉庫の解体撤去費用、整地、資材費、人件費。
しめて――。
「……金貨500枚」
俺は数字を読み上げた。
50人が住める施設と、それに付随する設備。決して安くはないが、ボッタクリでもない。適正価格だ。
「どうだ? 文句があるなら少しは削れるが、その分材料の質は落ちるぞ」
「いいえ、質は落とさないでください。むしろ、さっき言った『補強』の分も含めて、頑丈に作ってください」
俺は懐から白金貨を六枚、チャリンとテーブルに積み上げた。
「金貨600枚払います」
ツタクの目が点になる。
「100枚多いぞ」
「その分、補強材の追加と……工期を急いでください。人を増やしてもいい。夜鍋してもいい。とにかく一日でも早く完成させてほしいんです」
「……へっ、金に糸目はつけねえってか」
ツタクはニヤリと笑い、太い腕を組んだ。
「面白え。そこまで信頼されてグダグダ言ったら職人の恥だ。……いいだろう! 領一番の腕利きを集めて、特急で、しかも絶対に壊れねえ頑丈な城を作ってやるよ!」
「契約成立ですね」
俺は小さな手を差し出した。
ツタクはその手を、ゴツゴツした大きな手で力強く握り返してきた。
「任せとけ、坊ちゃん。……いや、施主様よ」
こうして、孤児院建設プロジェクトが動き出した。




