34. スクラップ・アンド・ビルド
クロブたちとの生活が始まって数日。
ようやく、あの男が帰ってきた。
「いやー、大変だったぞ!」
屋敷の玄関ホールで、ダイファー爺様が大声を上げながらドカドカと入ってきた。
旅の砂埃を払うのもそこそこに、出迎えた俺を抱き上げる。
「クルム村の連中ときたら、新しいことを始めるのに慎重でなあ。説得するのに骨が折れたわい」
「お帰り、爺様。……でも、顔色は良さそうだね」
「おうよ。マンダルの野郎も張り切って銅板を叩いてたし、ルンナの婆さんも麦畑の守り神みたいになってたわ。順調に進んでるぞ」
爺様は豪快に笑った。
俺は彼の肩を叩き、先日父とした「取引」の話をした。
「それでね、爺様。その酒造りの事業だけど、全部父上に権利を渡したよ」
「ああん? ……マーランにか?」
「うん。僕が管理するより、商会との契約や人材派遣は父上に任せた方が早いからね。そのうち、屋敷からも専門の担当者が派遣されるはずだよ。僕はその代わり、自由をもらった」
俺がそう言うと、爺様は目を丸くし、それからニヤリと笑った。
「なるほどな。面倒ごとは全部マーランに押し付けたか。お前も悪いな」
「人聞きが悪いな。適材適所だよ。おかげで爺様も、これからは現場監督をしなくて済むでしょ?」
「違いない! 俺は美味い酒が出来上がるのを待つだけでいいってわけだ。すること減って助かるわい」
爺様は上機嫌だ。
俺はついでに、もう一つの「成果」も伝えた。
「あと、アスレチックを作ったんだ。爺様も暇なら遊んでみてよ。結構きついけど」
「あすれ……? なんだそりゃ」
爺様は首を傾げた。
「まあいい。お前の考えることだ、どうせまたとんでもない代物なんだろう。あとで覗いてみるわい」
爺様は笑いながら、旅の汚れを落としに風呂場へと消えていった。
◇
さて、俺もトレーニングをしようか。
そう思って着替えようとした時、部屋のドアがノックされた。
「アルヴィン様。旦那様がお呼びです」
父マーランからの呼び出しだ。
俺は着替えを中断し、執務室へと向かった。
「失礼します」
「……うむ。座りなさい」
マーランは書類の山と格闘していたが、俺が入ると手を止めた。
その顔つきは、以前のような「子供を見る目」ではなく、対等なビジネスパートナーを見る目になっている。
「例の孤児院の件だ」
「はい。土地の選定ですか?」
「その前に一つ確認だ。……教会は必要か?」
マーランが真顔で聞いてきた。
なるほど。この世界では、孤児院といえば教会が運営するのが一般的だ。信仰教育とセットになっていることが多い。
「いや、必要ありません」
俺は即答した。
「特定の宗教色は入れたくありません。必要なのは生きる力と、僕への……いや、アケニース家への忠誠心だけです」
「……そうか。ならば話は早い」
マーランは地図を一枚広げた。
「領都の端、川沿いに使っていない古い倉庫がある。敷地はかなり広いが、建物はずっと放置されていたものだ」
「倉庫ですか」
「ああ。手を入れれば使えるかもしれんし、もちろん壊して建て直してもいい。お前の『自由』にするがいい」
「ありがとうございます。一度見てきます」
◇
「へいへい、今度は物件の下見ですね」
スピディが御者台で欠伸をする。
馬車に揺られること数十分。案内された場所は、確かに広かった。
だが――。
「……こりゃひどいな」
俺は馬車を降りて、呆れたように呟いた。
そこには、巨大な木造倉庫が3棟並んでいたが、どれも壁は腐りかけ、屋根には穴が空き、ツタが絡まり放題だった。
手を入れれば使える? いやいや、これは修繕費の方が高くつくパターンのやつだ。
「お化け屋敷としては最高ですけどね」
スピディが鼻をつまむ。黴臭い匂いが漂っていた。
俺は敷地全体を見渡した。
建物は死んでいるが、土地はいい。川沿いで水利はいいし、敷地面積は学校が一つ建てられるほどある。周囲に民家も少なく、騒いでも迷惑にならない。
「……よし。全部潰そう」
「へ?」
「リノベーションは無理だ。更地にして、新しいのを作る」
俺の頭の中で、設計図が組み上がっていく。
腐った倉庫3棟を撤去し、そこに機能的な施設を建てる。
「定員は50人。男子棟と女子棟。食堂に、教室。職員の居住スペース。それから自給自足用の中庭と畑。……あとはもちろん、運動場だ」
「またアスレチック作る気ですか……」
「当然だろ。やるなら徹底的にやるよ」
俺は踵を返した。
イメージは固まった。
「帰るよスピディ。図面を引く」
◇
屋敷に戻ると、俺は自室に籠もり、猛烈な勢いでペンを走らせた。
前世の知識にある「ツーバイフォー工法」のような、シンプルで頑丈、かつ工期が短い建築様式を採用する。
動線を意識した配置。風通しと採光。
5歳児の描く絵ではない、プロの設計図があっという間に完成した。
俺はその図面を丸めて、再び父の執務室へ向かった。
「父上、見てきました」
「早かったな。どうだった、あの倉庫は」
「全壊判定です。更地にして、これを建てます」
俺は図面を広げた。
マーランが眼鏡の位置を直し、図面を覗き込む。
「……ほう。また随分と本格的な……。50人収容か?」
「はい。最初は少ないでしょうが、すぐに埋まります。父上、この図面でどこか信頼できる業者に発注をかけてください」
俺は胸を張って言った。
「金はこちらで準備します。見積もりが出たら教えてください」
「……わかった」
マーランは図面を受け取り、少しだけ口元を緩めた。
「仕事が早くて助かる。すぐに見積もりを出させよう」
「お願いします」
これでハードウェアの準備は整った。
あとは、建物ができるまでの間、クロブたちと「ソフトウェア」――つまり人材育成のカリキュラムを完成させるだけだ。




