29. 新しい道
通されたスイートルームは、彼らが住んでいた小屋が丸ごと入るほど広かった。
クロブたちは豪華な調度品に触れることすら恐れ多いのか、入り口で固まっていたが、俺は構わずアイーシャをベッドに寝かせた。
すぐに支配人が手配した薬の材料が届く。
俺はテーブルの上ですり鉢を使い、薬草を調合し始めた。前世の「システム」から得た知識は完璧だ。
分量、手順、抽出温度。淀みなく作業を進める5歳児の姿に、クロブが呆然としているのが視界の端に見える。
「……よし、できた」
俺は出来上がった緑色の液体を、アイーシャの口にゆっくりと流し込んだ。
苦い薬だが、意識が朦朧としている彼女は素直に飲み込んだ。
しばらくかかったが、熱が少しずつ下がっていく。
「……すごい。あんなに熱かったのに……」
「峠は越えたよ。あとは栄養をとって何度か薬を飲んで寝れば治る」
マルディが涙ぐんで「ありがとうございます!」と叫んだ。
俺はその頭をポンと撫で、クロブたちに向き直った。
「さて、次は君たちだ」
「え?」
「臭いよ。その恰好じゃベッドも汚れる」
俺はバスルームを指差した。湯気と共に、薔薇の香りが漂ってくる。
「湯浴みをしてきな。お湯はたっぷりあるし、体を洗う石鹸もある。汚れを落として、サッパリしてから新しい服に着替えるんだ」
「お、俺たちが……こんないいお風呂に……?」
「君たちは僕が名前を出して取った部屋にいるんだ。汚いと僕の沽券に関わる」
恐縮しまくるクロブとマルディを、半ば無理やりバスルームへと押し込んだ。
しばらくして、おずおずと出てきた彼らは、見違えるように綺麗になっていた。
仕立て屋が持ってきた新しい服に身を包み、少し照れくさそうにしている彼らは、もう路地裏の住人には見えなかった。
「さあ、食事も届いたよ。腹いっぱい食べて、今日は泥のように眠るといい」
テーブルには温かいスープと柔らかいパン、そして肉料理が並んでいた。
子供たちが目を輝かせて飛びつくのを、クロブが優しく、しかしどこか信じられないような目で見守っていた。
路地裏で尽きるはずだった人生は、その夜、新しい道にたどり着いた。




