24. 悪魔のアスレチック計画
領都の屋敷に戻って数日。
俺は中庭の片隅で、腕組みをして唸っていた。
「もっと身体全身を使えるものが欲しいなー」
目の前にあるのは、先日ロリーナのために設置した一本橋(平均台)と、俺が基礎トレに使っている何本かの丸太。
これではバランス感覚や足腰は鍛えられても、上半身の連動性や、咄嗟の判断で体を操る「身のこなし」を鍛えるには不十分だ。
「うーむ、アスレチックが欲しい」
前世の記憶にある、障害物コースや、子供たちが遊ぶ公園の遊具。
あれを組み合わせた、楽しみながら地獄を見られる施設が必要だ。
思い立ったら即行動だ。
俺は自室に戻り、羊皮紙を広げた。
「丸太をうん、こう組んで……」
インク壺にペンを浸し、サラサラと図面を引いていく。
雲梯、ロープ登り、不規則な丸太渡り。
全身の筋肉を使い、かつ脳みそでルートを瞬時に判断させる。
ロリーナの【槍神】の才能を活かすには、足場が悪い場所での戦闘能力も必須だ。
「よしよし、まあこんなとこにしとくか」
書きあがった図面は、5歳児の遊び場というよりは、新兵訓練所の設計図に近かった。
だが、これでいい。
俺は図面を丸めて、部屋を飛び出した。
「さてあとは、いつものように爺様ー!」
廊下を走り、ダイファーの部屋を覗く。
……いない。
そうだった。
爺様はクルム村に戻ったんだった。
ルンナの麦畑の件で村人たちに根回しをするためだ。しばらくは戻らない。
「あーあ、後ろ盾がいなくなっちゃった。……仕方ない、スピディ!」
俺は中庭で暇そうに欠伸をしていた護衛のスピディを見つけ、背後から声をかける。
「うおっ!? ……なんだ坊ちゃんか。脅かすなよ」
「スピディ、暇でしょ? ちょっとこれ、この中庭に作るの手伝って」
「ああん? 俺はこれでも警備中だぞ。……で、何を作るって?」
スピディが面倒くさそうに俺の手元の図面を覗き込む。
「……なんだこりゃ? 処刑台か何かか?」
「失礼な。アスレチックだよ。遊具」
「へえ……。なるほど、ここを足場にして、こっちへ飛ぶのか。なんか軍の訓練場にあるやつよりエグくねぇか?」
さすが爺様の私兵。見る目がある。
俺が胸を張って頷こうとした、その時だった。
「――それを、この中庭に造るつもりか?」
背後から降ってきた冷ややかな声に、俺とスピディはビクッと肩を揺らした。
振り返ると、眉間に深いシワを刻んだ父、マーランが立っていた。
手には書類の束を持っている。どうやら執務室への移動中だったらしい。
「あ、父上。お疲れ様です」
「アルヴィン。貸しなさい」
マーランは有無を言わさぬ手つきで、俺から図面を取り上げた。
眼鏡の奥の瞳が、羊皮紙の上の狂気的な遊具(軍事施設)の設計図を素早く確認していく。
そして、深く、酷く重いため息を吐き出した。
「……却下だ」
「えっ、なんで!? 材料は材木置き場に余ってる丸太を使うし、費用は――」
「費用だけの問題ではない」
マーランはピシャリと俺の言葉を遮った。
「いいか、アルヴィン。ここはアケニース伯爵家の本邸だぞ。来客の目にも触れるこの美しい中庭に、砦の訓練所のような泥臭い丸太のタワーを建てるつもりか? 景観というものを考えなさい」
「でも、強くなるための効率的な――」
「それに、ディーファが丹精込めて手入れさせている花壇がすぐそこにあるだろう。丸太を振り回して花を折ってみろ。……どれだけディーファが怒ると思っているんだ」
父の目に、リアルな恐怖の色が浮かんだのを見逃さなかった。
どうやら「伯爵家の体裁」と「妻の怒り」という、二つの大きな壁に阻まれてしまったらしい。
「遊びなら、その辺の木に登るくらいにしておけ。……屋敷の庭にこんな物騒なものを建てることは、絶対に許さん。いいな?」
マーランは図面を二つ折りにして、俺の胸に押し返した。
念を押すように言い残すと、彼は足早に執務室へと去っていった。
残された俺は、スピディと顔を見合わせ、肩を落とした。
「……終わった。俺のアスレチック計画が……」
「まあ、妥当な判断だな。あんなもん庭に作ったら奥方様がブチギレるって、俺も今言おうと思ってたところだ」
スピディは帽子を目深にかぶり直して鼻で笑ったが、すぐにニヤリと口角を上げた。
「だがよ、坊ちゃん。諦めるのは早いぜ」
「え?」
「旦那様は『屋敷の庭に建てるな』とは言ったが、『絶対に作るな』とは言ってねえよな?」
悪党のような笑みを浮かべるスピディの言葉に、俺はハッとした。
「それって……」
「俺たちの詰め所の裏に、私兵用の広い荒地がある。そこなら景観もクソもねえ。誰の文句も出ねえよ」
「おおっ! スピディ、天才!」
「へっ。だが、俺一人じゃ日が暮れちまう。いっそのこと、残りの9人も巻き込むか?」
「え? 爺様の私兵たち?」
「ああ。どうせみんな暇してんだ。特に隊長のコンゴウなら、上手く言いくるめりゃ手伝ってくれるぜ」
「隊長?」
「コンゴウ隊長だ。38歳、独身。……クソ真面目な筋肉ダルマだが、『これは俺たち私兵の訓練にもなる』って説得すりゃイチコロだ」
なるほど、訓練という名目ならあの「処刑台」のような設計図も役に立つ。
俺が頷くと、スピディは「そうと決まれば案内するぜ」と背を向けた。
父の厳命をすり抜ける、悪魔の抜け道。
俺は丸めた図面を握り直し、スピディの背中を追って詰め所へと向かった。




