23. 足りないのは「手」と「時間」
マンダルは「設計図なんざいらねえ、俺の頭に入ってる」と豪語して、さっそく銅板を叩き始めた。
あいつは一度火がつけば、あとは勝手に突っ走るタイプだ。作り方は完全に理解しているし、俺が横で口を出すより放置しておいた方が良い仕事をするだろう。
「じゃあ、頼んだよマンダル」
「おう、さっさと消えろ。気が散る」
憎まれ口を叩きながらも、その背中は楽しげだった。
俺と爺様は工房を後にし、再び揺れる馬車の人となった。
帰り道。
窓の外を流れるのどかな田園風景を見ながら、俺はふと冷静になった。
(……これ、俺一人で回すの無理じゃね?)
指折り数えてみる。
ロリーナの英才教育。
ルンナお婆ちゃんの麦畑の管理と拡大。
マンダルの蒸留器監修と、酒造りの工程管理。
さらに、まだ見ぬ他の仲間たちの捜索。
そして何より、俺自身の身体作りと修練。
俺は5歳児だ。
自由に動ける時間は限られているし、移動手段も爺様頼みだ。
爺様も協力してくれるとはいえ、爺様にもやることはある。俺の「趣味」に付きっきりになるわけにはいかない。
「……時間がいくらあっても足りないな」
俺の呟きを、爺様が拾った。
「ん? 何か言ったか?」
「うん。やることが多すぎて、僕の手が足りないって話」
「はっはっは! 欲張りなこった。だが、それが楽しいんだろ?」
「楽しいけど、パンクしちゃうよ。……やっぱり、『組織』が必要だ」
「組織?」
俺は頷いた。
個人の力には限界がある、今やりたいのは「国造り」に近い事業だ。
なら、相応の箱がいる。
「商会を作ろうと思うんだ」
「ほう、商会か」
「うん。最初は小さくていい。実態がない商会でも構わない。とにかく、僕の代わりに動いてくれる『手足』が必要なんだ」
金ならある。
さっきルンナに一枚渡したが、前世の隠し財産を使えば資金は当面問題ない。
問題は、金よりも「人」だ。
「全体を統括できる商人が欲しい。僕の意図を汲んで、人を集めて、金を回せる実務家だ」
「なるほどな。商売人か」
「まあ、ゼダンがいればそれが一番だけど。……誰か心当たりある?」
ダイファーは腕を組んで唸った。
「ゼダンは、もうずいぶん会っていない。商人の知り合いは多いが……お前のような『化け物』についていける奴となるとなあ。普通の神経じゃ胃に穴が開くぞ」
「人聞きが悪いなあ。優しい職場にするつもりだよ」
「お前が言うと悪い冗談にしか聞こえん」
爺様は笑って、俺の頭を撫でた。
「まあ、焦ることはない。お前はまだ5歳だ。時間は腐るほどある」
「そうだね。のんびりやろうか」
まずは領都に帰る。
そこでじっくりと、俺の「番頭」になり得る人材を探すとしよう。
焦って無能な奴を雇うのが一番の損失だ。
「よし、帰ろうか。ロリーナも寂しがってるかもしれないし」
「おっ、嫁の心配か?」
「ちーがーうー!」
馬車は夕暮れの街道を、屋敷へ向けて軽快に走っていった。
俺の頭の中では、すでに新しい「アルヴィン商会(仮)」の組織図が描かれ始めていた。




