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キングスレイヤー真  作者:


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22/83

22. 頑固親父と紫の秘密

 かつて鉄を打つ音が絶えなかった工房。

 だが今は、ふいごの音も金槌の響きもなく、静まり返っていた。

 俺と爺様ダイファーが近づくと、勝手口から一人の青年が出てきた。


(お、誰だ?)


 俺は反射的に【見る力】を発動させた。


【ランダル(22歳)】

【能力:精巧】

【状態:健康】


 精巧。

 なかなか良さそうな能力だ。手先が器用で、細かい作業に向いているのだろう。

 ……待てよ? 名前がランダル?

 マンダルの工房から出てきた、マンダルに似た骨格の「ランダル」。

 まさか。


(あの偏屈なマンダルが、結婚できたのか!?)


 俺が内心で失礼な驚愕をしていると、青年がこちらに気づいた。


「ん? なんだ坊主、うちに何か用か?」


「おう、ランダル。久しぶりだな」


 爺様が声をかけると、ランダルの表情がパッと明るくなった。


「おー! ダイファーさんじゃないですか! ご無沙汰してます!」


「元気にやってるか?」


「ええ、まあ。……じいちゃん、ばあちゃんが死んでからめっきり元気なくなっちゃって。俺、心配でたまに見に来てるんですよ」


「そうか、寂しいんだな」


「今日は親父のタンダルも来てたんですよ。さっきまで壊れた荷台を直してくれてたんですが、もう帰りの馬車の支度をして待ってるんで」


 タンダルにランダル。

 安直なネーミングセンスに、間違いなくマンダルの血筋であることを確信する。

 しかし、孫までいるとは。俺が死んでいる間に、あいつはしっかりと人生を謳歌していたらしい。


「俺も親父と一緒に帰ります。また顔出してやってください、ダイファーさん。じいちゃんも喜びますから」


「ああ、気をつけてな」


「坊主もな、バイバイ」


 ランダルは俺の頭を適当にワシャワシャと撫でて、去っていった。

 くそ、子供扱いは慣れない。


「じいちゃんは裏で日向ぼっこしてますよ!」


 ランダルの声を背に、俺たちは裏庭へと回った。




「さて、アルヴィン。俺はどうする?」


「爺様はここで誰か来ないか見張ってて。あいつ、偏屈だから人が多いと話さないかも」


「分かった。ま、ゆっくりやってこい」


 爺様はニカッと笑い、建物の角で腕を組んだ。

 俺は一人、裏庭へと足を踏み入れた。


 そこには、みすぼらしいテーブルと、2脚の木製椅子。

 その片方に、一人の老人がぐてんと座っていた。

 いや、座っているというより、干からびた洗濯物が椅子に引っかかっているような状態だ。


 白髪交じりのボサボサ頭。深すぎる皺。

 かつて丸太のような太さを誇った腕も、今は枯れ木のようだ。

 だが、その不機嫌そうな口元のへの字曲がりは、まさしくマンダルだった。


(……年取ったな)


 俺はこちらに気づきもしないマンダルをよそに、テーブルの対面に回り込んだ。

 そして。


 ドンッ!


 持ってきた酒瓶を、テーブルに叩きつけた。


「……あ?」


 マンダルがのろりと瞼を持ち上げた。

 焦点の合わない濁った瞳が、俺を捉える。


「……なんだ、どこの坊主だ。用がないならあっちへ行け……」


「マンダル。できたぞ、酒だ」


「……ああん?」


「お前の作った蒸留器でできた酒だ。長く寝かせて良い感じになってる。飲め」


 俺は持参したグラスに、トクトクと琥珀色の液体を注いだ。

 芳醇な香りが、昼下がりの庭に広がる。


「……何言ってやがる。子供が酒なんて……」


 マンダルは顔をしかめたが、鼻孔をくすぐる香りにピクリと反応した。

 職人のさがか、目の前に「良いもの」を出されると無視できないらしい。


「まあいい、毒でもあるまいし……」


 彼は震える手でグラスを取り、少しだけ口をつけた。


「…………」


 沈黙。

 そして、もう一口。今度は大きく煽った。


「……うまいな」


 枯れた喉が鳴った。

 瞳に、少しだけ生気が戻る。


「だろ? 良い酒ができただろ」


「……ああ。雑味がねえ。香りが何層にもなってやがる。……こいつは、上等だ」


「よし。じゃあ本題だ」


 俺はニヤリと笑い、テーブルに身を乗り出した。


「あと2つくらい、蒸留器を作って欲しいんだよ」


 ブーッ!!


 マンダルが酒を吹き出した。


「な、な……!?」


「今度はもっとデカいやつだ。銅の純度も上げて、冷却パイプのカーブも改良したい。設計図は俺が書くから、お前が叩け」


「バカかお前は!!!」


 マンダルがガバリと立ち上がった。

 さっきまでの死にかけが嘘のような大声だ。


「蒸留器がどれだけ難しいと思ってやがる! 銅のつなぎ目を完璧に塞いで、圧力に耐えられる曲線を作るのがどれだけ……! 大体、なんでガキのお前が蒸留器なんて言葉を知ってやがる!」


「だからお前に頼んでるんだろーが! 他の凡人じゃ無理だからな!」


「ああん!? 生意気な口をきくんじゃねえ!」


 マンダルはわなわなと震え、俺を指差した。


「……なんなんだお前は。……まるで、アーノルみたいな無茶苦茶を言いやがって」


「アーノルだよ」


 俺は即答した。


「……は?」


「俺がアーノルだ。生まれ変わって戻ってきた」


「…………」


 マンダルは口をポカンと開け、数秒固まった。

 そして、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「ふ、ふざけるな! 死人をダシにするなんて一番タチが悪いぞ! どこで蒸留器の話を聞きかじったか知らんが、悪ふざけにも程がある! 出ていけ!」


 まあ、そうなるよな。

 普通の反応だ。

 俺はため息をつき、椅子に座り直した。


「わかったよ、マンダル。……じゃあ、一つ聞くぞ」


 俺は声を潜めた。


「『あの紫の丸い石』は、まだあそこの床下に隠したままか?」


 ピタリ。

 マンダルの動きが止まった。


「……な、なんだと……?」


「ほら、俺たちが昔、ゴミ捨て場で拾ったあの『クズ鉱石』だよ。俺が液体に浸けて回転させて、ピカピカの真ん丸に磨き上げたやつ」


 マンダルの顔から血の気が引いていく。


「当時のヨンドカ王国じゃ、あんなもん外に出すわけにはいかなかった。命にかかわる」


 俺はマンダルの目を真っ直ぐに見つめた。


「見た目ただのクズ石でも、あの利用方法はアウトだ。だから俺は『これヤバそうだから絶対誰にも言うな』って言って、お前の工房の床下に封印した。」


「あ、あれは……」


 あの日、俺たちは震えながらその石を埋めた。

 理不尽に殺される時代だった。

 それは酒造りなんかよりも遥かに根源的な、俺たちの「生存」に関わる秘密だった。


「その秘密を知っているのは、世界で二人だけだ。俺と、お前」


 マンダルの目が、極限まで見開かれた。

 脂汗がたらりと流れる。


「な、なら……まさか、本当に……?」


 目の前にいるのは、5歳の生意気な子供。

 だが、その口調、間、そして共有している命がけの秘密。

 すべてが、かつての親友を指し示していた。


「……アー、ノル……?」


「おう。待たせたな、マンダル。……25年も遅刻して悪かった」


 マンダルはその場に崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

 そして、震える手で顔を覆った。


「ば、化けて出やがった……! しかもこんな、クソ生意気なガキに……!」


「化けて出たわけじゃない、転生だ。……で、どうする? やるのかやらないのか? 世界一の酒造りだぞ」


 俺がニヤリと笑うと、マンダルは指の隙間から俺を睨み、そして――

 シワだらけの顔をくしゃくしゃにして、泣き笑いのような表情を見せた。


「……ちくしょう。幽霊だろうがガキだろうが……お前の頼みじゃ、断れねえじゃねえか」


 職人の目に、かつての炎が灯った瞬間だった。





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