21. 25年越しの生存報告
ルンナが落ち着いたところで、俺は今後のことを爺様に頼むことにした。
5歳児が農法を指導して回るより、かつての英雄であり、領主の父であるダイファーが指揮を執る方が村人も納得するし、角が立たない。
「爺様、ルンナの手伝いをお願いできる? 育て方を広めるのは、爺様からってことにしてほしいんだ」
「ふむ、俺がか。まあ、その方が収まりはいいか」
「うん。それと、広めるのは『村の中だけ』にしてほしい。秘密厳守でね」
「独占か。悪くない手だ」
ダイファーはニヤリと笑った。
そういう政治的な根回しや利益誘導は、彼が王として長年やってきた得意分野だ。村の結束を高めつつ、特産品として管理するにはうってつけの人材だろう。
「それで? お前さんはその麦で何を企んでる?」
「酒だよ」
「酒?」
「そう。この麦で作ったパンがあんなに美味いなら、蒸留酒にすれば化けるはずだ」
俺の脳内には、黄金色に輝く最高級のウイスキーのイメージが浮かんでいた。
だが、それには道具と人が必要だ。
来年の収穫までに準備を整えなければならない。
「……となると、酒を造る職人と、精密な蒸留器が必要だなあ」
樽、発酵槽、そして何より蒸留器。
銅を加工して、気密性を保ちつつ、俺の設計通りの形に仕上げられる腕利きの職人。
そんな奴は、俺の知る限り一人しかいない。
「あーあ……マンダルがいればなぁ」
俺は思わず、空に向かって独り言ちた。
かつて俺の無茶な設計図を、文句を言いながら完璧に具現化してくれた相棒。
最高の鍛冶師であり、細工師だった男。
「ん? マンダルなら、変わらずこの村にいるぞ」
ダイファーが、さも当然のように言った。
「…………は?」
俺は動きを止めた。
今、なんて言った?
「い、いるって……生きてるのか!? マンダルが?」
「なんだ、知らなかったのか? 奴なら村外れの工房に引きこもってるぞ。もうかなりの爺さんだが、腕は衰えちゃいねえよ」
心臓が早鐘を打った。
てっきり死んだと思い込んでいた。
俺が死んでから25年だ。当時の仲間たちは、戦いの傷や寿命で、もう誰もいないと勝手に諦めていた。
「……な、なら! メイシーやグレンも生きてるのか!?」
俺は食い気味に尋ねた。
あの最後の戦いで、片足を失ったメイシー。片腕を失ったグレン。
俺が守りきれなかった仲間たち。
ダイファーの表情が、少し曇った。
「……いや。二人は戦いのあと、怪我が重くてな。アサータクが『全部面倒を見る』と言って引き取っていったんだ」
「アサータクさんが……」
「ああ。だが、メイシーはそれから10年ほどして亡くなったそうだ。アサータクから手紙が来たよ。『安らかに眠った』とな。……アサータク自身も、その数年後に逝っちまったが」
そうか。メイシーは、もういないのか。
胸が締め付けられる。だが、アサータクさんが最期まで面倒を見てくれたのなら、孤独ではなかったはずだ。
「グレンは?」
「分からん。アサータクの手紙にも、グレンのことは書かれていなかった。生きているのか、どこかへ行ったのか……」
行方不明、か。
だが、訃報がないだけマシかもしれない。
ふと、俺はあることに気づいた。
「……そういえば爺様。さっきから『メイシー』とか『グレン』って呼び捨てにしてるね」
「ん?」
「昔は『メイシーさん』『グレンさん』って呼んでたのに」
子供の頃のダイファーは、俺の仲間たちを敬称付きで呼んでいたはずだ。
ダイファーは少しバツが悪そうに鼻をかいた。
「……まあな。一時期、王様なんてものをやってたからな」
「あー、なるほど」
「部下や国民をまとめる立場で、いちいち『さん』付けしてたら示しがつかん。長いことそうしてたら、ほとんど年上でも呼び捨てにするのが癖になっちまったんだよ」
王としての威厳を保つための仮面が、いつしか素顔になったわけか。
「でも、つける相手もいるんだろ?」
「ああ。なんとなく『呼び捨てにできない人たち』だけな。……お前さん(親父)とかな」
「はは、光栄だね」
俺は苦笑した。
彼は彼なりに、激動の時代をトップとして生き抜いてきたのだ。その変化もまた、彼の年輪なのだろう。
「よし。じゃあマンダルに会いに行こう」
俺は気持ちを切り替えた。
感傷に浸るのは後だ。生きてくれている仲間がいるなら、会って、また無茶振りをしなくてはならない。
それが俺たちの流儀だ。
俺は荷物の中から、一本のボトルを取り出した。
中身はもちろん地下の酒樽から入れてきた。
「爺様、これ持っていくよ」
「おい、それは俺の樽から……! まぁいい、マンダルへの手土産なら文句は言わん」
俺たちは馬車の向きを変え、村外れにあるという工房へ向かった。
かつて鉄を叩く音が響いていたあの場所に、まだあの頑固親父がいることを祈って。




