表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/80

20. 黄金の呪縛と贖罪

 クルム村。

 ルンナの家は、村外れの静かな場所にあった。

 そこには今、腰の曲がった一人の老婆が、畑の手入れをしていた。


「ルンナさん、いるか? 孫を連れてきたぞ」


 ダイファーが声をかけると、老婆がゆっくりと顔を上げた。

 深く刻まれた皺。白くなった髪。だが、その面影には、かつて元気いっぱいだった末っ子のルンナが残っていた。もう60歳くらいになっているはずだ。


「あら、ダイファーちゃん。……それに、その子は?」

「俺の孫のアルヴィンだ」

「はじめまして、ルンナお婆ちゃん」


 俺が挨拶すると、ルンナは目を細めた。


「まあ……。そう言われると、なんだかアーノル兄ちゃんに似てる気がするねぇ」


 彼女は懐かしそうに笑った。

 ダイファーが、俺から預かった手紙を取り出した。


「ルンナさん。実はこいつが屋敷でこんなものを見つけてな。……宛名がドンナさんになってるんだが、あんたに見せるべきだと思って持ってきた」

「姉さんに……?」


 ルンナは不思議そうに手紙を受け取り、老眼鏡をかけて読み始めた。


『ドンナへ。アーノルだ。

 もし何かあった時のためにこの手紙を残す。

 村は平和になったか?

 その種で揉め事は起きそうにないか?

 アサータクさんから託されたその麦は、村を豊かにするために俺が買ったものだ。

 今がその時なら、皆に知らせてやってくれ。

 悩んだときは、ダイファーやゼダンに相談してくれ。

 もし信じられないなら、育て方も聞いてるので書いておくよ――』


 俺しか知らない事実。そして、俺の筆跡。

 読み進めるにつれて、ルンナの手が震えだした。

 紙を持つ指先から、力が抜けていく。


「……アーノル、兄ちゃん……」


 彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 懐かしい名前を呼び、彼女はその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「……もう、いいんだね……」


 絞り出すような声だった。


「私は、怖かったの……」


 ルンナの独白が始まった。

 それは、俺が想像していたよりも遥かに重く、長い孤独の物語だった。


「最初はドンナ姉さんが仕切ってくれたわ。そして引っ越したから、私がこの畑をやってきた。最初は良かったの。この麦で作るパンは凄く美味しくて、みんな喜んでくれた」


 もちろん作り方を聞かれたけど、絶対教えられない決まりだって断り続けたわ、と彼女は語る。


「でも……ロバーソンくんが…、ケニちゃんもあの時亡くなって……アサータクさんも、そして姉さんもちょっと前に逝ってしまった」


 ルンナの声が震える。


「もう、育て方を知っているのは私だけだった。家族にも言わずにやってきたけど……私が死んだらどうなるの? これは無くしてしまっていいものなの? 相談できる人もいない……もうここ数年は、そんな気持ちで畑を守ってきた」


 誰にも相談できず、捨てることも広めることもできず。

 ただ一人、長い間俺との「契約」という名の呪縛を守り続けてきたのだ。


「もういいんだね。……良かった、本当に良かった」


 ルンナは手紙を胸に抱きしめ、子供のように泣いた。

 横にいたダイファーも、衝撃を受けていた。

 軽い気持ちで買った麦だ。あれで酒を作れればすごいと、能天気にやってきた。

 なんという酷いことをしてしまったのか。

 一人の少女の人生に、重すぎる荷物を背負わせてしまった。これは俺が背負っていく罪だ。

 しかし、今さらどうにもなることではない。


 俺は、わずかばかりの罪滅ぼしに、懐から一枚の硬貨を取り出した。

 そして、手紙が入っていた(という設定の)小箱を差し出した。


「……ルンナお婆ちゃん。これ、お手紙の箱に入ってたよ。多分、これもあげる予定だったんじゃないかな?」


 箱の中には、一枚の白金貨が輝いていた。


「え……? こ、こんな高価なもの、受け取れないわよ」

「いいんだよ。手紙に書いてあったでしょ? 『村を豊かにするために』って」


 俺はダイファーを見た。

 ダイファーは状況を察し、豪快に笑ってルンナの肩を叩いた。


「もらっておいてくれ、ルンナさん。親父……アーノルのやつは、すぐ白金貨を出す人だったからな」


 かつて俺が金にあまり頓着しなかったことを思い出したのだろう。

 ダイファーの言葉に、ルンナは静かに頷き、その硬貨を握りしめた。


「ありがとう……ありがとうねぇ」


 俺はただ、彼女の背中をさすることしかできなかった。


今さら、償えるわけがない。


だからこそ、続ける。

この麦も、この土地も。

もう誰か一人に背負わせたりはしない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ