20. 黄金の呪縛と贖罪
クルム村。
ルンナの家は、村外れの静かな場所にあった。
そこには今、腰の曲がった一人の老婆が、畑の手入れをしていた。
「ルンナさん、いるか? 孫を連れてきたぞ」
ダイファーが声をかけると、老婆がゆっくりと顔を上げた。
深く刻まれた皺。白くなった髪。だが、その面影には、かつて元気いっぱいだった末っ子のルンナが残っていた。もう60歳くらいになっているはずだ。
「あら、ダイファーちゃん。……それに、その子は?」
「俺の孫のアルヴィンだ」
「はじめまして、ルンナお婆ちゃん」
俺が挨拶すると、ルンナは目を細めた。
「まあ……。そう言われると、なんだかアーノル兄ちゃんに似てる気がするねぇ」
彼女は懐かしそうに笑った。
ダイファーが、俺から預かった手紙を取り出した。
「ルンナさん。実はこいつが屋敷でこんなものを見つけてな。……宛名がドンナさんになってるんだが、あんたに見せるべきだと思って持ってきた」
「姉さんに……?」
ルンナは不思議そうに手紙を受け取り、老眼鏡をかけて読み始めた。
『ドンナへ。アーノルだ。
もし何かあった時のためにこの手紙を残す。
村は平和になったか?
その種で揉め事は起きそうにないか?
アサータクさんから託されたその麦は、村を豊かにするために俺が買ったものだ。
今がその時なら、皆に知らせてやってくれ。
悩んだときは、ダイファーやゼダンに相談してくれ。
もし信じられないなら、育て方も聞いてるので書いておくよ――』
俺しか知らない事実。そして、俺の筆跡。
読み進めるにつれて、ルンナの手が震えだした。
紙を持つ指先から、力が抜けていく。
「……アーノル、兄ちゃん……」
彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
懐かしい名前を呼び、彼女はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「……もう、いいんだね……」
絞り出すような声だった。
「私は、怖かったの……」
ルンナの独白が始まった。
それは、俺が想像していたよりも遥かに重く、長い孤独の物語だった。
「最初はドンナ姉さんが仕切ってくれたわ。そして引っ越したから、私がこの畑をやってきた。最初は良かったの。この麦で作るパンは凄く美味しくて、みんな喜んでくれた」
もちろん作り方を聞かれたけど、絶対教えられない決まりだって断り続けたわ、と彼女は語る。
「でも……ロバーソンくんが…、ケニちゃんもあの時亡くなって……アサータクさんも、そして姉さんもちょっと前に逝ってしまった」
ルンナの声が震える。
「もう、育て方を知っているのは私だけだった。家族にも言わずにやってきたけど……私が死んだらどうなるの? これは無くしてしまっていいものなの? 相談できる人もいない……もうここ数年は、そんな気持ちで畑を守ってきた」
誰にも相談できず、捨てることも広めることもできず。
ただ一人、長い間俺との「契約」という名の呪縛を守り続けてきたのだ。
「もういいんだね。……良かった、本当に良かった」
ルンナは手紙を胸に抱きしめ、子供のように泣いた。
横にいたダイファーも、衝撃を受けていた。
軽い気持ちで買った麦だ。あれで酒を作れればすごいと、能天気にやってきた。
なんという酷いことをしてしまったのか。
一人の少女の人生に、重すぎる荷物を背負わせてしまった。これは俺が背負っていく罪だ。
しかし、今さらどうにもなることではない。
俺は、わずかばかりの罪滅ぼしに、懐から一枚の硬貨を取り出した。
そして、手紙が入っていた(という設定の)小箱を差し出した。
「……ルンナお婆ちゃん。これ、お手紙の箱に入ってたよ。多分、これもあげる予定だったんじゃないかな?」
箱の中には、一枚の白金貨が輝いていた。
「え……? こ、こんな高価なもの、受け取れないわよ」
「いいんだよ。手紙に書いてあったでしょ? 『村を豊かにするために』って」
俺はダイファーを見た。
ダイファーは状況を察し、豪快に笑ってルンナの肩を叩いた。
「もらっておいてくれ、ルンナさん。親父……アーノルのやつは、すぐ白金貨を出す人だったからな」
かつて俺が金にあまり頓着しなかったことを思い出したのだろう。
ダイファーの言葉に、ルンナは静かに頷き、その硬貨を握りしめた。
「ありがとう……ありがとうねぇ」
俺はただ、彼女の背中をさすることしかできなかった。
今さら、償えるわけがない。
だからこそ、続ける。
この麦も、この土地も。
もう誰か一人に背負わせたりはしない。




