18. 白金貨の一撃と、泥だらけの原石
翌朝。
俺は早起きすると、着替えるのもそこそこに父マーランの執務室へと向かった。
懐には、問答無用の「力」が入っている。
「失礼します」
ノックもそこそこに扉を開けると、マーランが驚いてペンを止めた。
「……なんだアルヴィン。朝から騒々しい」
彼は不機嫌そうに眼鏡の位置を直した。
「父上、昨日の話の続きだよ。……専属従者の件」
マーランが呆れたようにため息をついた。
「まだ言っているのか。お前の商会ごっこを認めはしたが、従者を雇うとなれば話は別だ。……以前も言ったはずだぞ。人を一人雇うには、最低でも年間で金貨15枚はかかる。お前のような子供に用意できる額ではない」
確かにそうだった。
だが、今の俺は違う。
「はい、これ」
俺は懐から一枚の硬貨を取り出し、執務机の上にチャリッと放った。
回転していた硬貨がパタリと止まり、その輝きを放つ。
金貨ではない。
白く光る硬貨。
「……は?」
マーランの目が点になった。
彼は震える手でそれを拾い上げ、陽の光にかざして凝視した。
「は、白金貨……!? ば、馬鹿な、どこでこれを……!?」
「クルム村の地下室で見つけたんだ」
俺は悪びれずに言った。
「父上、昨日約束したよね? 『僕が見つけたものや、作ったもので稼いだお金は、僕のものにしていい』って」
「ぐっ……し、しかし、まさか白金貨などと……!」
「見つけたものは見つけたものだよ。……それとも、アケニース家の当主様は、子供との約束を破るの?」
俺はニヤリと笑った。
マーランの顔が苦渋に歪む。
マーランは一瞬だけ硬直し、次の瞬間には領主の顔に戻った。
「……よかろう、認めよう」
彼は引き出しから羊皮紙を取り出し、サラサラと署名をした。
無駄な言葉は言わない。あくまで当主として、契約を履行するという態度を崩さない。
「ただし! 白金貨1枚とはいえ、そのまま持たせておくわけにはいかん。……私が預かり、必要な経費をそこから差し引く形にする。残りは『アルヴィン商会』の資産として帳簿につけておく。それでいいな?」
「うん、助かるよ父上!」
(一枚だけだ。表の金は“預けて動かす”方が早い)
俺は笑顔で許可証を受け取った。
これで当面の資金問題は解決した。
「行ってきます!」
◇
屋敷の裏手にある馬小屋へ向かうと、そこにはダイファーではなく、軽装の男が待っていた。
ダイファーの私兵であり、俺の護衛役であるスピディだ。
「よう坊ちゃん、ご機嫌だな。まさか本当に許可をもぎ取ってくるとはな」
「当然だよ。さあ、急ごう」
俺たちはポニーを借り、領都の街外れにある農村地帯へ向かった。
目指すのは、先日見かけた、あの少女の家だ。
程なくして、広大な敷地を持つ一軒の農家が見えてきた。
決して貧しい家ではない。手入れの行き届いた広い畑に、立派な造りの母屋。この辺りではかなり裕福な部類に入る農家だ。
その庭先で、一人の少女がクワを振るっていた。
ボサボサの髪を適当に結び、泥だらけの服を着たその少女からは、やはり今のところ戦士としての覇気は一切感じられない。ただの、農業に勤しむ娘だ。
俺たちが敷地に入ると、家の中からガッシリとした体格の両親が出てきた。
「お、おいロリーナ! 手を止めろ! 領主様の坊っちゃんだぞ!」
父親が慌てて娘の背中を押し、家族揃って頭を下げた。
「先日は失礼いたしました、本日はどのような」
俺は馬を降り、夫婦と少女の前に立った。
視界に淡く浮かぶ文字。
【槍】
【槍士】
……なるほど、槍の血筋か。
だが、今の俺はそれを知らないはずの子供だ。
「頭を上げて。……急に来てごめんね。まずは、お名前を聞いてもいい?」
「は、はい。私はガナナと申します。こちらは妻のバーナ。そして娘のロリーナです」
ガナナが緊張した面持ちで答えた。
「ガナナさん、バーナさん。お願いがあるんだ。……ロリーナを、僕の専属従者として雇わせてもらえないかな?」
「 じゅ、従者……
この前のお話の件ですね…」
ガナナが神妙な口調で確認する。
横にいたスピディが口を挟む。
「おい坊ちゃん、本気か? どう見ても弱い子ちゃんだぞ」
「知ってるよ。でも、彼女がいいんだ」
俺は譲らなかった。
今は全く強さを感じさせないこの少女が、俺の指導と環境次第で、どれほど化けるか。俺だけが可能性を知っている。
「父上の許可は取ってあるし、給料も前払いする。もちろん、屋敷での生活や教育も保証するよ」
ガナナとバーナは顔を見合わせた。
裕福な農家とはいえ、平民の娘が領主の息子の側近になれるというのは、これ以上ない出世街道だ。
「……ロリーナ、お前はどうしたい?」
バーナに促され、ロリーナは俺をじっと見つめた。
俺は笑顔で、彼女に一枚のハンカチを差し出した。
「顔、泥がついてるよ」
「……あ、ありがとう」
受け取った彼女の手は、農作業で鍛えられた力強いものだった。
「迎えに来たよ、ロリーナ。今日から君は、僕の『相棒』だ」
「……あいぼう?」
首を傾げるロリーナ。
俺は彼女の手を取り、力強く握りしめた。
「さあ、行こう。まずは屋敷で温かい風呂に入って、泥を落としてからだ。美味しい肉も用意させるよ」
「……お肉? いっぱい食べていいの?」
ロリーナの目が、初めて輝いた。
「ああ、好きなだけ食べるといい。……ガナナさん、バーナさん。手続きは後で屋敷の者が来る。今日は連れて行くね」
「は、ははっ! よろしくお願いいたします!」
こうして俺は、白金貨一枚という力技で、未来の「槍神」をその手中に収めたのだった。




