16. 琥珀色の約束と、商王の告白
翌朝。
俺たちは朝食を済ませると、すぐに裏の農具置き場へと向かった。
ダイファーが巨大な犂を軽々とどけ、俺は隠し扉を開いた。
「よし、開けるぞ」
地下室へ降りると、40年の時を経た琥珀色の香りが俺たちを迎えた。
「……なぁ親父。この酒、本当に飲めるのか?」
「大丈夫だ。アルコール度数を極限まで高めてある。むしろ、とんでもない値打ち物に化けているはずだ」
俺は自信満々に答えつつ、一番奥の樽へ向かった。
昨晩はチラッと見ただけで閉じてしまったが、今日はこれを持ち出し、正確な金額を把握する必要がある。
「なあ、金はいったいいくらぐらいあるんだ?」
ダイファーがランプを掲げながら聞いた。
「さあな。俺の記憶が正しければ、白金貨30枚だ」
「30枚? それでも大金だが……」
「ああ。昔、俺が15歳の頃にな。揚水ポンプの権利金としてアサータクさんが持ってきたんだが、俺は『子供がそんな大金を持っていたら危ない』と受け取りを拒否したんだ」
俺は樽と土壁の隙間に手を突っ込みながら説明した。
「アサータクさんは商会で預かっておくと言ってくれた。……俺は、商売の運転資金に使ってくれればいいと思っていたんだ」
指先に革の感触。
俺は埃まみれの革袋を掴み、引っ張り出そうとした。
「……んッ!?」
重い。
ずしり、と手首に食い込むような重量感がある。
おかしい。白金貨30枚なら、もう少し軽いはずだが。
「おいおい、無理すんな。貸してみろ」
見かねたダイファーが横から太い腕を伸ばし、軽々と革袋を持ち上げた。
ジャラッ、と中身が詰まった重厚な金属音が響く。
「親父、これ中身パンパンだぞ」
「え?」
俺は首を傾げた。
アサータクさんが引退の朝に俺にこれを渡した時、「受け取れ」と言われただけで、中身を確認せずに地下に放り込んだのだった。
「開けるぞ」
ダイファーが紐を解き、中身を床にぶちまけた。
瞬間、薄暗い地下室が白銀の光で満たされた。
「…………は?」
そこにあったのは、30枚などではない。
山のように積まれた白金貨だ。
「……いち、にい、さん……」
ダイファーが震える指で数え始める。
十枚ごとの山が次々と出来上がっていく。
その数は、俺の記憶にある数字を遥かに超えていた。
「……100枚あるぞ、親父」
ダイファーが呆然と呟いた。
白金貨、100枚。
現在の貨幣価値で言えば、金貨1万枚に相当する。
「……なんで?」
俺は呆気にとられた。
すると、脳裏に25年前、霧の朝のベンチでのアサータクさんの言葉が蘇った。
『あの日、お前が金を突き返さなかったら、俺は終わっていた』
そうだ。彼はあの時、そう言っていた。
俺が15歳の時、アサータクさんはバテンさんを救うために全財産を使い果たし、実は破産寸前だったのだ。
俺が「いらない」と突き返した現金30枚がなければ、彼は店を売るしかなかった。
俺の無欲な拒絶が、結果として彼を救い、後の「商王」を生んだのだ。
『俺には、お前がいてくれた。それが俺の最大の縁であり、最強の武器だったんだ』
そして彼は、引退の時にこの袋を渡してきた。
「今度は受け取れ」と。
冷徹な次男ザイクから俺たちを守るための「盾」として。
(……アサータクさん。あんた、律儀すぎるだろ)
目の前の白金貨100枚。
それは、あの日俺が断った30枚に、25年分の利子と、彼の命を救った感謝が上乗せされた金額だったのだ。
「おいおい……こいつはとんでもねえことになったな」
ダイファーが額の汗を拭った。
「これだけの金がありゃ、ロリーナを雇うどころか、私設騎士団を一つ作れるぞ。マーランの財布の紐なんて関係ねえ」
「……ああ。予定変更だ」
俺は震える手で、白金貨の一枚をつまみ上げた。
ずしりと重い。その重みは、兄貴分からの想いの重さだ。
この金は、ただの富ではない。アサータクさんが俺たちの未来を守るために遺してくれた、最強の武器だ。




