15. 炎を纏った槍、歴史に消えた真実
焚き火の勢いが少し弱まり、熾火が赤く明滅している。
再会の喜びと興奮がひと段落し、静寂が訪れた頃。
俺はずっと胸につかえていた、どうしても聞かなければならないことを口にした。
「……なぁ、ダイファー」
「ん? なんだ親父」
ダイファーはまだ少し鼻声だが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
俺は膝の上で拳を握りしめ、言葉を絞り出した。
「あの王宮での戦い……俺が死んだ後のことを、教えてくれないか」
ダイファーの動きが止まった。
彼は視線を炎に落とし、重苦しい沈黙が流れた。
「……俺は、負けたんだ。あの『セハク』という化け物に」
記憶はそこで途切れている。
俺たちの目的は、腐敗したヨンドカ王国の打倒。王都へ攻め込み、元凶であるジャミル王子たちを討つことだった。
だが、俺は志半ばで倒れた。
「その後、どうなった? ヨンドカ王国は……俺たちの反乱は、どうなったんだ?」
ダイファーは静かに頷いた。
「……勝ったよ。親父」
彼は夜空を見上げ、噛み締めるように言った。
「ヨンドカ王国の腐敗した王族たちは滅びた。俺たちの勝利だ」
「勝った……のか?」
「ああ。今の歴史じゃ、こうなってる。『英雄アーノルが、王宮の奥深くへ攻め入り、魔人セハクと悪逆非道の王子ジャミルを討ち取った』とな」
「……は?」
俺は絶句した。
俺が、討ち取った?
違う。俺はセハクに手も足も出ずに殺されたんだ。ジャミルの顔を見ることさえできずに。
「歴史書にはそう書いてある。親父は、悪を滅ぼし、その傷が元で力尽きた……最大の英雄として語り継がれてる」
ダイファーは悲しげに笑った。
「だが、真実は違う。……親父も分かってる通りな」
「……誰だ。俺の代わりに、あいつらを仕留めたのは」
俺たち主力は壊滅していたはずだ。
俺が死に、グレンやメイシーも動けなかったはず。
一体誰が、あの絶望的な状況を覆し、俺の功績として歴史に残るほどのことを成し遂げたのか。
ダイファーは、炎を見つめたまま呟いた。
「……ロバーソンさんだ」
「……なんだと?」
俺は耳を疑った。
ロバーソン。俺の親友であり、この村一番の槍使い。
だが、彼はあの時、最前線ではなく、街の駐留部隊として後方にいたはずだ。
「ロバーソンさんは、ゼダンから連絡を受けたらしい。『アーノルたちが危ない』とな」
「……っ」
「その場で軍を除隊して、単騎で王宮へ走ったらしい。……王宮の入り口に着いた時、ちょうど親父がやられたところだったんだろうな」
ダイファーの声が震えた。
「そこに倒れていたメイシーとグレンが、見たそうだ。……その時のロバーソンさんは、全身から『炎』が出ているように見えたと」
「炎……?」
「ああ。玉座の間の入り口から、ロバーソンさんは愛用の槍を投擲した。……遥か奥にいるジャミルたちに向かってな」
「馬鹿な……!」
俺は思わず叫んでいた。
玉座の間だぞ? 入り口から玉座までは凄まじい距離がある。
それに、あいつの槍は普通じゃない。
サンデルが鍛え上げた、超高密度・超重量の特注長槍だ。
近接戦闘で相手の武器ごと叩き折るための質量兵器であり、投げるように作られてなどいない。
ましてや相手は、超反応のセハクと、ジャミルだ。
届くはずがない。当たるはずがない。
「いくらロバーソンでも無理だ! いや、誰であっても不可能だ! あんな鉄塊みたいな槍を、あの距離で……!」
「俺もそう思う。だが……あの人はやったんだ」
ダイファーは静かに言った。
「周りの兵士たちが斬りかかってくるのを、避けようともせず、防御もせず……ただ一点、親友の敵を討つためだけに、命を燃やして投げた」
脳裏に浮かぶ。
敵兵の刃がその身を切り裂く中、痛みを無視し、生涯で一度きりの、渾身の一投を放つ親友の姿が。
「槍は、一直線に飛んだ。……セハクも、護衛も、そしてジャミルも。まとめて3人、串刺しにしたらしい」
「…………」
言葉が出なかった。
3人を、串刺し。
それはもう、技術や能力の次元ではない。
執念。あるいは、友を奪われた怒りが生んだ、奇跡の一撃。
「……投げた直後、ロバーソンさんは四方から斬られて……そのまま、亡くなったそうだ」
ダイファーが涙を拭った。
「満足そうな顔、してたらしい。」
視界が歪んだ。
熱いものが頬を伝い、止めどなく溢れてくる。
「……あの大馬鹿野郎が……」
歴史は、俺がやったことになっている。
だが、真の英雄は俺じゃない。
自分の命も、名誉も捨てて、ただ俺の無念を晴らすためだけに全てを懸けた、名もなき槍使いだ。
「……うぅ……ロバーソン……っ!」
5歳の子供の体だからではない。
アーノルとしての魂が、親友の名を呼んで泣いた。
俺は知っている。
ロバーソンという男が、どれほど槍を愛し、どれほど実直な男だったかを。
その重い槍が、玉座を貫いた瞬間。
それが、ヨンドカ王国の終わりであり、俺たちの戦いの本当の結末だったのだ。




