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キングスレイヤー真  作者:


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14/80

14. 焚き火と告白、そして天才小僧


 夜。

 家の前の庭で、パチパチと焚き火が燃えていた。

 ダイファーが仕留めた兎肉が、串に刺さって脂を垂らしている。


「ほら食えアルヴィン。屋敷の料理より美味いぞ」


 ダイファーが焼けた肉を差し出してきた。

 俺はそれを受け取り、ガブリと噛み付いた。

 野性味あふれる味だ。前世で何度も食べた、懐かしい味。


「……美味い」


「だろ? やはり男は肉だ。マーランのやつは野菜ばかり食うから、あんなに細っこいんだ」


 ダイファーはガハハと笑い、自らも肉を食らった。

 炎に照らされたその横顔は、44歳という年齢相応のしわが刻まれているが、そのまなざしには面影も残っている。


 俺は肉を飲み込み、口元の脂を拭った。

 さて、そろそろ切り出すか。


「ねえ、爺様」


「ん? なんだ、まだ食いたいか?」


「違うよ。……真面目な話」


 俺は焚き火を見つめたまま、静かに言った。


「さっきの小屋のことなんだけど……なんで僕が知ってたか、不思議に思わない?」


 ダイファーの手が止まった。

 彼は串を置き、少し怪訝そうな顔で俺を見た。


「ああ。正直、気味が悪いほどだ。あそこは俺ですら気づかなかった場所だ。……誰かに聞いたのか? いや、親父以外に知っている奴なんて……」


「誰でもない、俺が作ったからな」


「……あ?」


 ダイファーが眉をひそめた。5歳児らしからぬ口調に違和感を覚えたようだ。

 俺は彼に向き直り、意を決して言った。


「俺だ、ダイファー。……アーノルだ」


 一瞬の沈黙。

 パチッ、と薪が爆ぜる音が響いた。

 そして。


「ブハッ! ガハハハハ!」


 ダイファーが腹を抱えて爆笑した。


「おいおいアルヴィン! お前、面白い冗談を言うようになったな! 俺が親父の話ばかりするから、なりきってみせたのか? 可愛いとこあるじゃねえか!」


 ……まあ、そうなるよな。

 44歳の分別ある大人が、「5歳の孫が生まれ変わりです」と言ってすぐに信じるわけがない。


「信じないか」


「当たり前だろ。親父は25年前に死んだんだ。英雄としてな。お前は俺の可愛い孫だ」


 ダイファーは涙を拭いながら笑っている。

 俺はため息をつき、串を地面に刺した。

 ここからが本番だ。

 彼しか知らない、あるいは家族しか知らない「黒歴史」を突きつける。


「……お前、ガリオン爺ちゃんに憧れて、最初は『木こり』になりたかったんだよな」


 ピタリ、とダイファーの笑い声が止まった。


「斧を振り回してたけど、ある日、ロバーソンの槍術を知って感動して、槍に転向した。……そうだろ?」


「な……お前、なんでそれを……」


 ダイファーの顔から血の気が引いていく。それは彼が子供の頃の、かなり個人的な記憶だ。


「お前が今も大事に使ってるその槍。『サンデルの槍』って名前をつけて、毎晩磨いてたよな」


「っ!?」


 ダイファーが腰を浮かせた。図星だ。

 俺は畳み掛ける。


「あと、ケニだ。妹のケニが、ゴメイースのことを『ゴメちゃん』って呼んで可愛がってた時……お前のことも『ダイちゃん』って呼ぼうとした」


「や、やめろ……!」


「お前、顔を真っ赤にして嫌がったよな。『俺は男だ! ちゃん付けすんな!』って暴れて。……懐かしいな」


「だ、誰に聞いた! 母さんか!? ティプ婆さんか!?」


 ダイファーが狼狽している。

 だが、まだ「誰かに聞いた話」だと思っている。

 なら、これならどうだ。墓場まで持っていこうとしていた秘密。


「ドンナさんのとこの娘……ナンナ。年上の彼女が、お前の初恋だったな」


 ドサッ。

 ダイファーが尻餅をついた。

 口をパクパクさせ、金魚のように空気を求めている。


「な、な、な、なんで……それは、誰にも……俺の、心の内の……」


「俺にはバレバレだったよ。お前、分かりやすいからな」


 俺はニヤリと笑った。

 ダイファーは混乱の極みにあった。

 目の前の5歳児が、自分の人生の恥ずかしい断片を正確に言い当ててくる。

 だが、それでも「父の生まれ変わり」という事実は、あまりに突拍子がない。


「ま、まさか……本当に……? いや、だが……こんなこと、ありえるのか……?」


 ダイファーは地面にへたり込んだまま、呆然と俺を見上げていた。

 彼の脳内で、常識と現実が激しく殴り合っているのが分かる。

 目の前にいるのは、どう見ても5歳の孫だ。

 だが、その口から紡がれる言葉は、本人しか知り得ない過去の記憶と、父親だけが持っていた空気感を纏っている。


 彼は混乱し、何か確かなものを求めるように、視線を宙に彷徨わせた。


「……あいつがいれば。ゼダンのやつがいれば、分かるのかもしれんが……」


 ゼダン。

 俺の養子にして、神算鬼謀の軍師。【賢神】の能力を持つ天才。

 確かにあいつなら、俺の正体を見抜くかもしれない。

 俺は、かつてあいつに論破され、ぐうの音も出なかった時のことを思い出し、苦笑いを浮かべた。


「ああ、そうだな。あいつなら『魂の波長が同じです』とか言い出して、理屈をつけるだろうよ」


 俺は焚き火の煙を見上げ、わざとらしく肩をすくめた。

 その角度。首の傾げ方。

 そして、吐き捨てるような、けれど愛着のこもった声色。


「……まったく。たまにいるんだよな、ああいう可愛げのない『天才小僧』ってやつは」


 その一言が、夜の静寂に落ちた。


 パチッ。

 薪が爆ぜて、火の粉が舞い上がる。


 ダイファーの動きが、完全に止まった。

 呼吸すら忘れたかのように、瞬き一つせず、俺を凝視している。


 ――天才小僧。


 それは、父アーノルが、義弟であるゼダンにやり込められた時だけに使っていた、独特の悪態だった。

 他の誰かが言ったのではない。

 書物に書き残された言葉でもない。

 日常の些細な会話の中で、父だけが口にしていた、あのリズム。あの響き。


 ダイファーの瞳の中で、焚き火の向こうに立つ少年の姿が、揺らいで見えた。

 小さな影が、記憶の中にある巨大な背中と、ゆっくりと重なっていく。


『まったく、勝てねえな、あの天才小僧には』


 そう言って笑いながら、頭を掻いていた親父の姿。

 25年前のあの光景が、鮮烈な色彩を持って蘇る。


「…………ぁ」


 ダイファーの喉から、掠れた音が漏れた。

 信じられない。信じたくない。

 だが、魂が理解してしまった。

 目の前にいるのは、アルヴィンであって、アルヴィンではない。


 ダイファーの唇がわなないた。

 強面の大男の顔が、くしゃりと歪んでいく。

 ずっと張り詰めていた糸が。

 父が死んでから25年間、長兄として、大黒柱として、必死に家を守り続けてきた緊張の糸が、音を立てて切れていく。


「……親父、なのか?」


 それは、44歳の男の声ではなかった。

 迷子になった子供のような、心細く、震える声だった。


「……ああ」


 俺は短く答え、彼に歩み寄った。


「立派になったな、ダイファー」


 その言葉が、引き金だった。


「…………ッ!!」


 ダイファーが顔を覆った。

 大きな肩が、激しく跳ねる。

 嗚咽を噛み殺そうとして、できず、堰を切ったように感情が溢れ出した。


「お……親父ぃ……ッ!!」


 彼は地面を蹴り、火を飛び越える勢いで俺に突進してきた。


「親父ぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」


「うおっ!? 待て、熱苦し……ぐえぇぇぇっ!!」


 ドスン!!

 俺は丸太のような腕に抱きすくめられ、地面に倒れ込んだ。

 肋骨がきしむ。窒息しそうだ。

 だが、突き飛ばすことはしなかった。


「生きてた……! いや死んでるけど生きてた……! 会いたかった……ずっと会いたかったよぉぉぉ!!」


「……あいたたた。分かった、分かったから。……泣くな、いい年をして」


 44歳の大男が、子供のように顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。

 その涙と鼻水が俺の服を濡らしていく。

 俺は溜め息をつき、けれど優しく、その震える広い背中をポンポンと叩いた。


「……一人で、よく頑張ったな」


「うぐっ、うううぅぅぅ……ッ!!」


 俺の言葉に、ダイファーはさらに泣いた。

 25年分の重圧と、寂しさと、喜びが入り混じった男泣き。

 夜空には満天の星。

 かつて俺たちが一緒に見上げたのと変わらない星空の下で、俺たちは数十分間、そうして抱き合っていた。




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