13. 25年越しのタイムカプセル、開かずの扉
13. 25年越しのタイムカプセル、開かずの扉
ガタゴトと馬車に揺られること二日。
領都から直通の街道ができていて、のんびり進んでも2日で着くようになっていた。
車窓の景色が、石造りの街並みから、のどかな田園風景へと変わっていく。
懐かしい匂いがした。土と、草と、家畜の匂い。
「おお、見えてきたぞアルヴィン! あれが俺の城、クルム村だ!」
御者台で手綱を握るダイファーが、豪快に笑った。
俺は身を乗り出して前方を見た。
(……ああ、変わっていない)
緑豊かな丘陵地帯に広がる、小さな村。
その外れに、ポツンと建つ一軒家が見えた。
あれが、かつての「アーノル邸」だ。
今はダイファーが住んでいると聞いていたが、外観は当時のままだ。
俺が生まれ育ち、家族と共に暮らした、質実剛健なログハウス。
俺の人生は、あそこから始まり、遠く離れた敵国の王宮で幕を閉じた。
だからこそ、この家は俺にとって唯一無二の「帰る場所」だった。
ただ、一つだけ違う点があった。
(……牧場が、ないな)
家の隣に広がっていたはずの牧草地は消え、ただの荒地と、少しばかりの畑になっていた。
かつては、妻のユーイと妹のケニが中心となり、ダイファーやゴメイース、そしてゼダンたちも手伝って、馬の繁殖を行っていた場所だ。
家族みんなで汗を流した記憶が、今はただの土塊になっている。
少しだけ胸がチクリとしたが、まあ仕方ない。
今の主はダイファーだ。彼は馬を育てるより、自らの筋肉で大地を耕す方が性に合っている。
「どうだ! 良い家だろう!」
「うん! おっきいね!」
馬車が止まると、俺は庭へと飛び降りた。
庭先には、無造作に積み上げられた薪の山。そして、巨大な岩(たぶんトレーニング用)が転がっている。
「爺様、ここで一人で住んでるの?」
「ああ。気楽なもんだぞ。畑仕事をして、腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝る。最高の隠居生活だ」
ダイファーは満足げに笑いながら、家の中へと入っていく。
俺はチャンスを逃さなかった。
家に入るふりをして、そのまま裏手へと回る。
(……あった)
母屋の裏。
雑草に埋もれるようにして、その小屋は建っていた。
「農具置き場」。
俺が19歳の頃、日曜大工でコツコツと建てた秘密基地だ。
表向きはただの物置だが、床下には地下室がある。
「アルヴィン? どこ行った?」
「こっちー! 何か小屋があるよ!」
俺は無邪気な声を上げながら、小屋の扉に手をかけた。
ギギギ……と、錆びついた蝶番が悲鳴を上げる。
中は、酷い有様だった。
「うわっ、埃っぽい!」
蜘蛛の巣が張り巡らされ、床には泥だらけの鍬や鋤、壊れた手押し車などが乱雑に投げ込まれている。
ダイファーの性格そのままだ。
「使った農具をとりあえず放り込んでおく場所」として扱われているらしい。
俺は目的の場所――床の隠し扉がある一角を見た。
そして、舌打ちしそうになるのを堪えた。
(……マジかよ)
隠し扉の真上に、巨大な鉄製の「犂」がドカッと鎮座していた。
牛に引かせるための重いやつだ。重量は100キロを下らないだろう。
当然、5歳児の俺が動かせるような代物じゃない。
「おーい、そこは汚いぞー。服が汚れるとマーランに怒られるぞー」
遅れてやってきたダイファーが、入り口から顔を覗かせた。
「爺様、ここ何?」
「ん? ただの農具置き場だ。昔からあるんだが、ガラクタしか入っとらん」
ダイファーは興味なさそうに言った。
俺は犂を見つめながら、高速で思考を巡らせた。
この犂をどかすには、ダイファーの力が絶対に必要だ。
「爺様、これどかして」と頼むのは簡単だ。彼なら片手でひょいと投げるだろう。
だが、その下の隠し扉を見つけたら?
ダイファーは間違いなく開ける。
そして中にある、大量の酒と、白金貨30枚を見つける。
そうなったらどうなる?
(……マーランに報告される)
ダイファーは裏表のない性格だ。
「すげえのが出てきたぞ!」と驚き、そのまま現当主であるマーランに報告するだろう。
ダイファーは、金に頓着しない。
そのままマーランが家の金にするだろう。
5歳児が「僕が見つけたから僕のもの」と主張しても、通るわけがない。
良くても「発見者への褒美」として小遣いをもらって終わりだ。
それでは意味がない。
俺は金が欲しいんじゃない。金の「使用権」と、それによって得られる「自由」が欲しいのだ。
ロリーナを雇い、商売を始め、この家を強くする。そのためには、この財産を俺の意志で動かせなければならない。
(……やはり、爺様を味方にするしかない)
チラリとダイファーを見る。
彼は「腹減ったか? イモでも焼くか?」とのんきに言っている。
この男を味方につけるには、ただの「孫のお願い」では弱い。
もっと強烈な、彼が絶対に俺の側に付かざるを得ない理由が必要だ。
方法は、一つしかない。
「……ううん、大丈夫。なんでもない」
俺は小屋を出て、扉を閉めた。
犂は動かさない。今はまだ、開ける時じゃない。
「なんだ、つまらんかったか?」
「ううん。……ねえ爺様」
俺はダイファーの足元に立ち、真剣な眼差しで彼を見上げた。
「今夜、二人だけでお話ししたいな。……とっても大事な、内緒のお話」
ダイファーは一瞬きょとんとしたが、俺の目が5歳児のそれではないことに気づいたのか、ニッと口角を上げた。
「ほう。男同士の密談か。いいだろう」
彼は俺の頭をガシガシと撫でた。
「飯を食った後だ。焚き火でも囲みながら聞こうじゃないか」
俺は小さく頷いた。
今夜、全てを賭ける。
俺がアーノルであり、この財産が何のためにここにあるのか。
この最強の息子を口説き落とせなければ、俺の野望はここで潰える。
(待ってろよ、俺の遺産)
俺は背後の小屋に別れを告げ、母屋へと向かった。
決戦は夜だ。




