12. 眠れる琥珀と、床下の埋蔵金
部屋のベッドに大の字になり、俺は天井を見上げていた。
「……うまくいかないな」
大きくため息をつく。
アーモン商会との取引は頓挫。父マーランの許可も降りない。
金貨15枚という金額は、今の俺にとっては高い壁として立ちはだかっていた。
皮肉なものだ。
前世の「アーノル」だった頃は、最終的に金はあった。だが、若い頃は逆に「アイデア」を金に換えるのに苦労した。
当時のヨンドカ王国は、腐敗した王族や貴族が支配する暗黒時代。
無名の庶民が目立つ発明をすれば、権利を奪われるか、最悪の場合は命ごと消されるのがオチだった。だから俺は、慎重に、目立たないように技術を小出しにするしかなかった。
そして今。
俺には「アケニース伯爵家の息子」という身分と安全がある。
なのに、今度は年齢という足枷と、父の許可という壁のせいで、アイデアを金に換えられない。
「……何か、手はないか」
俺は記憶の引き出しを漁った。
父の許可を必要とせず、即金で、まとまった金を手に入れる方法。
そんな都合のいい話が――
ふと、思考が止まった。
アーモン商会で、ザイクが言っていた言葉が蘇る。
『西の酒が入ってこない』
そう、酒だ。酒は高く売れる。特に熟成された良質な蒸留酒は、貴族たちが喜んで金貨を出す嗜好品だ。
「……酒?」
俺はガバッと起き上がった。
心臓が早鐘を打ち始める。
俺は、作っていたじゃないか。
前世の記憶。クルム村の我が家。
その裏手に建てた、「農具置き場」という名目の小屋。
あの小屋の床下にある隠し地下室には、俺がマンダルに作らせた特製の蒸留器で造り、樽詰めにして寝かせておいた蒸留酒があるはずだ。
俺が作り始めたのは19歳の頃。あれから俺が死ぬまでの18年間、そして死んでからの25年間。
合わせれば40年以上。
ただ、樽の耐久だけは読めない。
だが俺は当時、腐らせた教訓から度数を高くしていた。……たぶん、無事だ。
もし残っているなら、超長期熟成の琥珀酒に化けている。
「……いや、待て」
さらに記憶がフラッシュバックする。
アサータクさんが引退する直前のことだ。
彼は俺に、感謝の印として「白金貨」が入った重い皮袋を押し付けてきた。
俺はそれを受け取ったものの、使い道もなく、かといって家に置いておくのも……確か、あの地下室の奥に放り込んだ記憶がある。
「寝かせておけばいい」とか考えて、樽の隙間に置いたはずだ。
冷や汗が流れた。
白金貨。1枚で金貨100枚分の価値がある超高額硬貨。
アサータクさんがくれた袋には、確か30枚ほど入っていた気がする。金貨3000枚分。
ロリーナを雇うための「金貨15枚」なんて誤差で払える金額だ。
「……あそこだ」
俺は震える手で拳を握った。
クルム村の旧アーノル家。
その敷地にある小屋の地下室には、俺の「遺産」が眠っている。
旧宅は、爺様名義の私有財産だ。
入婿の父上でも、出てきたものは爺様さえ説得できれば俺のものだ。
ただ、懸念もある。
あの隠し地下室は、前世の俺がDIYで作った程度のものだ。工作員の隠れ家のような精巧な仕掛けじゃない。
25年という月日の中で、誰かに見つかって持ち去られている可能性も十分にある。
あるいは、建物ごと取り壊されているかもしれない。
「……確かめに行くしかない」
目的地は決まった。
問題は、どうやってそこへ行くかだ。
クルム村は領都から馬車で二日かかるはずだ。5歳児が一人で行ける場所ではない。
誰か、俺を連れて行ってくれる大人はいないか。
父マーランに頼んでも「無駄だ」と言われるだけだ。母ディーファも危ないと言うだろう。
となれば、頼れるのは一人しかいない。
現在、クルム村に住んでいる、あの最強の隠居人。
◇
それから二日後。
ドスン、ドスンという足音と共に、爺様が屋敷に帰ってきた。
「爺様!」
俺は玄関ホールで待ち構え、泥だらけの足にタックルした。
「おお、アルヴィン! 元気にしてたか?」
「うん! ……ねえ爺様、お願いがあるの!」
俺はダイファーを見上げ、目を輝かせて言った。
「僕、爺様の住んでる村に行きたい!」
ダイファーが目を丸くした。
「クルム村にか? ……嬉しいことを言ってくれるが、何もない田舎だぞ?」
「ううん、いいの! 爺様が木を切ったり、畑を耕したりしてるところを見たいの! 僕も強くなりたいから、爺様の特訓を受けたい!」
「強くなりたい」。
この言葉は、武人肌のダイファーにとって最強の殺し文句だ。
案の定、ダイファーの顔がデレデレに緩んだ。
「そうかそうか! お前もついに『土』と『筋肉』の良さが分かってきたか!」
彼はガハハと笑い、俺を高く抱き上げた。
「いいだろう! マーランには俺から言っておいてやる。『次期当主教育の一環として、現場を見せる』とかなんとか言えば、あいつも文句はあるまい」
「やったあ! ありがとう爺様!」
俺は無邪気に抱きついた。
心の中では、悪魔的な笑みを浮かべながら。
これで「現場」に行ける。
もし地下室が無事なら、俺の悩みは全て吹き飛ぶ。
金貨15枚の壁どころか、向こう数十年遊んで暮らせるだけの資産が手に入るかもしれないのだ。
「待ってろよ、俺の琥珀色(埋蔵金)……!」
俺はダイファーの広い背中に揺られながら、25年越しの「タイムカプセル開封」に想いを馳せた。




