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キングスレイヤー真  作者:


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136/140

136. 鉄の街の哀愁、美食と悪魔の誘惑

 サマラ王国、鉱山都市アインクラ。


 相変わらず、空は煤煙で灰色に濁り、街全体が鉄錆とオイルの匂いに包まれている。


 カン、カン、という槌音が絶えず響く職人の街だ。


 だが、久しぶりに歩く街並みには、奇妙な違和感があった。


 煤けた作業着の男たちに混じって、派手な化粧をし、露出の多いドレスを纏った女たちの姿が目につくのだ。


 以前はこれほどあからさまな娼婦は見かけなかった。


 鉄と汗の硬派な街に、不釣り合いな色香と退廃の空気が入り込み始めている。

 俺は眉をひそめつつ、その変化を記憶に留めた。


          


 宿を取り、子供たちの護衛をスピディに任せると、俺はポムキンだけを連れて郊外へと向かった。


 目指すのは、グレンの所だ。

 質素な小屋の前で、畑の手入れをしていた。


 俺がマンダルの死を伝えると、彼はくわを持つ手を止め、遠くの空を見上げた。


 取り乱すことも、涙を流すこともなかった。


「……そうか。マンダルさんも逝ったか」


 グレンの声は枯れていたが、芯があった。


「寂しくなっていくな。……だがまあ、向こうでいい剣を打ってるだろうよ。あの人は根っからの鉄馬鹿だったからな」


 年齢を重ねた人だけが持つ、死生観のようなものだろうか。


 悲しみよりも、友が先に安息の地へ旅立ったことを受け入れるような、静かな境地。 


 俺たちは少しの間、マンダルの思い出話をして、握手を交わして別れた。


 帰り際、小屋の裏手から戻ってきた息子のダガンと鉢合わせた。


「おっ、アルヴィン様! 親父に会いに?」


「ああ。久しぶりだな」


「元気みたいだな。……ったく、それに比べてウチの馬鹿どもは」


 ダガンは顔をしかめて、街道の方を睨んだ。


「メイガンとジョバーブンの野郎、修行の旅に出たきりまだ帰らねえ。いつまでやってやがる。帰ってきたらド突き回してやる」


 悪友メイガンと、年上のジョバーブン。三人セットだったで二人の不在に、ダガンは少し退屈そうだった。


 俺は苦笑しつつ、その場を後にした。

 変わらない日常と、確実に失われていくもの。


 鉄の街は、今日も淡々と動き続けている。


          


 一度宿に戻り、子供たちとスピディをピックアップした俺たちは、夕食に出ることにした。


 向かったのは、広場の近くにあるレストランだ。


 数十年も昔、俺がまだ「アーノル」だった頃、チャンポラと共に訪れた思い出の場所。


 店の外観はさすがに古ぼけていた。看板の塗装は剥げ、壁には蔦が這っている。


 だが、一歩中に入ると空気は一変した。


 床は塵一つなく磨き上げられ、古いが上質な木のテーブルは飴色に輝いている。

 古びたのではない。大切に時間を重ねてきた店だけが持つ、凛とした品格があった。


「いらっしゃいませ。……おや、6名様ですか」


 俺たちは奥の広いテーブルに通された。

 メニューを見るまでもない。


「『おまかせ』で頼む。子供たちにも食べやすいものを」


 運ばれてきた料理は、記憶の中の味を裏切らなかった。


 肉厚なステーキ、新鮮な野菜のスープ、焼き立てのパン。湯気とともに広がる香りが、空腹の胃袋を刺激する。


 だが、食事を始めた直後、俺は子供たちの手つきに目が止まった。


 彼らはナイフやフォークを使わず、焼けた肉を素手で掴もうとしていたのだ。


 「商品」として扱われていた彼らに、テーブルマナーなど存在するはずもない。


「待て。熱いぞ」


 俺は少年の手を優しく制止し、ナイフとフォークを持たせた。


「こう持つんだ。左手で押さえて、右手で引く。……そうだ」


 俺が一度手本を見せると、子供たちはじっとそれを見つめ、次の瞬間には真似てみせた。


 危なげない手つきで肉を切り、口に運ぶ。

 一度の指導で、修正完了。


「……ほう」


 その学習能力の高さに、俺は純粋に感心した。


 彼らは今、真っ白なキャンバスだ。

 余計な癖や常識がない分、教えられたことをスポンジのように吸収し、即座に実行する。


(……これなら、すぐに覚えるな)


 ふと、可能性を感じた。


 この従順さと吸収力があれば、剣術であれ、鍛冶であれ、あるいは高度な学問であれ、彼らは一流の技術者に育つかもしれない。


 俺たちの軍団に必要な、得難い戦力になり得る。


(……ッ)


 俺はすぐにその思考を止めた。

 何を考えている。


 彼らを「利用」することを考えるなんて。


 まずは人として当たり前の幸せを取り戻させるのが先だ。 


 俺は水をあおり、口の中に広がりかけた醜い自分を洗い流した。


「んめぇ~! ボス、ここの料理最高ですぜ!」


 スピディの能天気な声が、俺を現実に引き戻してくれた。


 彼は口の周りをソースだらけにして、骨付き肉にかぶりついている。


「ああ……そうだな。やはり美味い」


 俺も肉を頬張る。

 溢れ出る肉汁と、絶妙な塩加減。単純だが、素材の命を極限まで活かした味だ。


「アケニースにも、これと同じくらい美味い店があるぞ。」


「へえ! そいつは楽しみだ。帰ったら連れて行ってくださいよ」


「ああ、スピディはまだ食ったことなかったな。今度行こう」


 そんな話をしていると、厨房の奥からドスドスと重い足音が近づいてきた。

 俺たちのテーブルの前に、巨大な影が落ちる。


「ほう……俺の料理と同じくらい美味い店があるだと?」


 見上げると、そこには山賊の親玉のような大男が立っていた。


 腕には無数の火傷の痕、丸太のような太い腕。薄汚れたコックコートが、かえって威圧感を増している。


 この店の料理長だろう。

 俺は思わず【見る力】を発動した。


 ――【名前:ゴウテツ】

 ――【能力:鉄人】



 鉄人?………料理の?

いや いや、この男から溢れ出るバイタリティを見るに、「無尽蔵の体力」を指しているのだろう。


 灼熱の厨房に立ち続け、料理を作り続ける鋼の肉体。


 うん、そういうことだろう。


「ええ。アケニースにある、リリさんの店ですが」


 俺が答えると、ゴウテツは「ふん」と鼻を鳴らした。


「ウモーンのリリか……。フンッ、まああいつの店なら、ギリギリ俺の味についてきてるかもしれねえな」


 どうやら知っているらしい。

 しかし、母親の名前を取った店の名前だったのか。今度確認しておこう。


 ゴウテツは腕組みをし、ニヤリと不敵に笑った。


「分かる客が来ると作り甲斐がある。残さず食えよ」


 そう言い捨てると、彼は再び厨房へと戻っていった。


 その背中は、料理人というよりは歴戦の戦士のようだった。


 ゆっくりとした時間を過ごした。


 皿という皿を空にした俺たちは、満腹感と共に会計。


「お会計、金貨9枚になります」


「……」


 そうだった。

 ここは味も一流だが、値段も超一流だった。


 俺は引きつりそうになる頬を抑え、革袋から金貨を取り出した。


 9枚。

 イヤネスへの支払いで軽くなっていた袋が、さらに物理的な軽さを増す。


 店を出た俺は、夜風に吹かれながら空を見上げた。


 腹は満たされた。心も少し晴れた。

 だが、財布だけが、冬の寒空のように寂しかった。





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