表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/140

134. 闇に差す一筋の光、敗北からの再設計


※前話のあらすじ

 イヤネスからの取り立てに失敗し、クサレッタの子供殺しで取引を迫られたアルヴィンは、証文を手放し屈する。

 二人の命は救いきれず、三人の奴隷と殺意だけが残る




 レーマネの街にある、清潔だが飾り気のない普通の宿。


 その一室に、重苦しい空気が澱んでいた。


 ベッドには、クサレッタの狂気から生き延びた三人の子供たちが、泥のように眠っている。


 俺は彼らの枕元で、『解呪』の儀式を行っていた。


 用意したのは、特殊な『溶液』と『紫の鉱石』だ。


 俺は眠る子供たちの呪印に溶液を一滴垂らす。

 

 次に、彼らの呪印の上に、握り拳ほどの紫の鉱石をそっと置く。


 解呪の条件は三つ。

 溶液による安定化、受け皿となる鉱石、そして「意思の断絶」だ。

 深い睡眠状態にある今が、その時だ。


 パキリ、と微かな音が響いた。


 子供たちの呪印に置いた紫の鉱石に亀裂が入る。


 それは、人体に刻まれていた「呪い」が、より安定した鉱石へと移動した証拠だ。


 俺は【見る力】を発動した。


 ――【状態:健康】


 以前表示されていた【状態:呪縛】の文字が消えている。


 物理的な鎖は断ち切られた。これで彼らに焼き付くような激痛は走らない。


 だが、俺は安堵の息をつきつつも、表情を引き締めた。


 体の呪いは解けても、心に刻まれた恐怖の記憶までは消せない。彼らの本当の回復は、コジインでポショルやアニタたちと共に、長い時間をかけて日常を取り戻していくしかないのだ。


「……ボス」


 窓際で外を見張っていたスピディが、声を潜めて言った。


「そういえば……この近くの牧場に、馬を預けてませんでしたっけ?」


 ハッとした。

 そうだ。前にこの街を訪れた時に手に入れた二頭の暴れ馬。


 とてつもない遺伝的な潜在能力を感じて買い取ったが、あまりに気性が荒く手に余ったため、牧場に預けていたのだ。


 あの時、牧場の主人にこう言い残していたはずだ。


 『一年以内に取りに来なければ、処分してくれ』と。


「……まずいな。とっくに期限は過ぎている。処分されているかもしれない」


「見てきましょうか? 俺ならすぐ行って帰ってこれますよ」


 スピディが身軽に立ち上がるが、俺は首を横に振った。


「いや、お前ではあの馬に対応できない。ここに残れ、護衛を空にするわけにはいかない」


「そうですか。了解です」


 スピディは短剣の柄に手を置き、再び窓の外へ視線を戻した。


 俺は視線を、部屋の隅に控える巨漢に向けた。


「ポムキン、行ってきてくれ。俺が手紙を書く」


 

 俺は羊皮紙に牧場主への要件を走り書きし、ポムキンに渡した。


 ポムキンは無言で深く頷くと、部屋を出ていった。


 再び、静寂が戻る。

 俺は寝息を立てる子供たちを見つめる。


 呪いは解けた。だが、守れなかった命の重みが消えるわけではない。

 自分の無力さが歯痒い。


 一時間ほど経っただろうか。

 扉が静かに開き、ポムキンが戻ってきた。


 その鉄仮面のような無表情は変わらない。


「……どうだった」


 俺が問うと、ポムキンは短く答えた。


「いた」


 その一言に、俺の心に小さな灯がともった。


「処分されていなかったか」


 ポムキンは頷き、さらに指を三本立てて見せた。


「三頭?」


「……仔馬が」


 ポムキンがボソリと付け加える。


「……ははっ」


 俺の口から、乾いた笑いが漏れた。

 なんて図太い野郎たちだ。


 殺されかけていた牧場の柵の中で、しっかりと自分の遺伝子を残していたとは。


 牧場主も、上手く子供が出来たので、俺との関係上、殺すに殺せなかったらしい。


 その逞しさが、今の俺には眩しく、そして少しだけ救いになった。


「そうか……でかした」


 だが、現実はシビアだ。


 今の俺たちは最小限の人数で行動中であり、さらに精神的なケアが必要な三人の子供を連れている。


 そこに気性の荒い馬二頭と、生まれたばかりの仔馬を連れて帰れるか?

 ……不可能だ。間違いなく足手まといになる。


 ポムキンもそれを理解しているからこそ、連れずに戻ってきたのだ。


 ならば、どうする。売るか?


 いや、あの馬たちの遺伝子は、将来のアケニース軍にとって「最強の騎馬隊」を作る核になる可能性がある。みすみす手放すのは惜しい。


「……スピディ。金を払ってきてくれ」


 俺は革袋を投げ渡した。中には、手持ちの資金の少なからぬ割合が入っている。


「これまでの飼育料の未払い分と、向こう一年分の預かり賃だ。『必ず迎えに来るから、仔馬ともども最高級の世話をしておけ』と伝えろ」


 スピディは革袋の重さを確かめ、呆れたように肩をすくめた。


 その間、ポムキンがドアの前に立ち、無言で護衛を引き継ぐ。


「へいへい。……金を回収しに来たはずが、金を払って帰るとはね。世話がないや」


「全くだな」


 俺は自嘲気味に笑った。

 本当に、その通りだ。


 イヤネスから金を巻き上げるどころか、精神を削られ、さらに財布まで軽くなる始末。


 完敗だ。


 スピディが出ていくと、俺は再び思考の海に沈んだ。


(……考えろ。切り替えろ)


 そもそも、イヤネスの金など当てにするべきではなかったのだ。


 不安定な土台の上に作られた資金源など、いつ崩れてもおかしくなかった。


 他人の財布を当てにするな。

 自分の足で立て。


 金を作る方法はいくらでもある。

 コジインの商品開発。


 『アルヴィン商会』の販路拡大。


 『アーモン商会』への新規事業提案。

 あるいは、父マーランに頭を下げてでも、正式な予算を勝ち取るか。


 思考を回転させる。

 数字と、計画と、戦略で頭を埋め尽くす。


 そうしていないと、脳の隙間にあの女の――クサレッタの笑顔が入り込んでくるからだ。


 怒りを動力に変えろ。

 絶望を燃料にしろ。


 スピディが戻ってきた時には、俺の顔つきは変わっていた。


 迷いはない。あるのは冷たい決意だけだ。


「支払ってきましたぜ。牧場の親父、金貨を見て目を丸くしてやがった」


「よし。……出るぞ」


 俺は立ち上がった。

 まだ眠っている子供たちを、ポムキンとスピディに背負わせる。


「ナバラ帝国、そしてポルム教国への視察は中止だ。最短ルートでアケニースへ戻る」


 今は、雌伏の時。

 だが、ただでは転ばない。

 俺はこの敗北を、必ず何倍にもして返してやる。


 あの馬のように、泥沼の中でも強かに生き延びてやる。


 俺たちは、悪夢の街レーマネを後にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ