132. 枯れる金脈、神の定めた回数制限
俺はひたすらに領内整備に励んでいた。
アケニース領の風景は、劇的に変わった。
北へ続く平野には、チェルピンの指揮によって堅固な石畳の「軍道」が一直線に伸びている。
街道沿いには、表向きは商人のための倉庫群、実態は兵糧と武器の備蓄基地が次々と建設された。
馬車は列をなし、鉄と石材が絶え間なく運び込まれる。
その最中、王都から早馬が届いた。
ルノルマ前国王の崩御。
国中が喪に服し、父マーランも当主代行として葬儀へ向かったが、俺にそんな暇はない。
王が死のうが国が泣こうが、来るべき破滅へのカウントダウンは止まらない。
俺は喪服に着替える時間すら惜しみ、泥にまみれて現場を指揮し続けた。
そして、俺は8歳になった。
準備は順調に見えた。
だが、完璧な計画など存在しない。ここにきて、二つの大きな問題が浮上していた。
一つ目は、資金源の要である「酒」だ。
醸造所。そこで俺は腕組みをして、動かなくなった装置を見下ろしていた。
「……ダメか、ランダル」
「……申し訳ありません、アルヴィン様」
ランダルが油と煤にまみれた顔で、悔しそうに首を振った。
目の前にあるのは、亡きマンダルが作った『振動棒』。
微弱な振動を液体に与え続け、熟成を加速させるこの装置が、沈黙してしまっている。
「分解してみたんですが、中の『紫の石』が、小指の先ほどになっています」
ランダルがピンセットで摘み上げたのは、かつては指の大きさほどだった魔石の成れの果てだ。
エネルギーを使い果たし、小さくなっている。
「交換すればいいだけじゃないのか?」
「それが……この石を保持する金具の調整が、あまりに繊細すぎて……」
ランダルは脂汗を流しながら説明した。
振動を逃さず、かつ石を砕かない絶妙な圧力。それをバネ一つで制御する機構。
図面にはない、マンダルの「感覚」だけで組み上げられたブラックボックス。
「同じように組んでも、振動が暴れて瓶が割れるか、まったく動かないかです。……爺さんは、これを『なんとなく』で作ってたのか……化け物だな」
大陸一の才能を受け継いだランダルですら、完全再現には手こずっている。
マンダルという天才の喪失を、俺は改めて痛感した。
技術的に解決するには、まだ時間がかかる。つまり、当面の間、酒による莫大な利益が見込めないということだ。
そして、それが二つ目の問題に直結する。
金だ。
「……ボス、もう限界です」
執務室で、コバンが青ざめた顔で通帳を突きつけてきた。
「道路工事、砦の修復、武器の買い付け、食糧の備蓄……。湯水のように金が消えていきます。イヤネスから奪った白金貨100枚も、底が見えてきました」
戦争準備とは、金をドブに捨て続けるようなものだ。
父マーランが公式な予算を出さなかったのも頷ける。一地方領主の財布で賄える規模ではない。
「……それに、例の『使用料』も来ていません」
「イヤネスか」
レーマネの商人、イヤネス。
かつて俺が交渉で勝ち取った、『毎年、白金貨100枚を支払う』という証文を書かせた男だ。
だが、送金が途絶えている。
(……舐められたものだな)
奴は今、商業都市レーマネにいるはずだ。
俺が子供だからと甘く見ているのか、あるいは喉元過ぎて熱さを忘れたか。
いずれにせよ、金がないなら取りに行くしかない。
「出かけるぞ」
「え? どこへ?」
「レーマネだ。借金の取り立てに行く」
ついでに、この目で世界を見て回る。
ルートは決めた。
まずは『レーマネ』でイヤネスを締め上げて金を回収する。
その後、不気味な沈黙を保つ『ナバラ帝国』を経由し、『ポルム教国』の様子も探る。
まだ見ぬ脅威の実情を知る必要がある。
「……あとは、人材か」
旅の最後に、どうしても確保したい男がいる。
ゼダン。
前世の息子であり、俺を盤上で虐殺した天才軍師。
俺はふと、空を見上げた。
直接迎えに行くのは確実だが、事前に繋ぎをつけておけば話が早い。
俺は意識を集中し、脳内のチャンネルを切り替えた。
(……聞こえるか? おい、管理者)
一瞬のノイズの後、無機質な声が響いた。
『……なんだ』
相変わらずの塩対応だ。
(頼みがある。禁域の森の北にいるゼダンという男……前の俺の子供だ。覚えているか?)
『……ああ。記憶にはある』
(そいつに『神託』を下してほしい。『アケニース領へ向かえ』と。神の言葉なら、あいつも動くかもしれない)
我ながら名案だと思った。
神の声を使った、最高級の求人広告。
だが、返ってきたのは意外な言葉だった。
『……その前に伝える事がある』
(ん?)
『その件について、先日、神から直々に通達があった』
管理者の声が、少しだけ事務的になった。
『「最近、神託が安売りされている。威厳に関わる」とな』
(……おい)
『よって、制限がかけられた。お前が私を通じて人間に干渉できる「神託」の回数は、生涯で【残り3回】のみとする』
3回。
あまりに少ない数字に、俺は絶句した。
前回の常時接続状態が、神にとっては「バグ利用」のように映ったのかもしれない。
『これは神の決定だ。……どうする? 』
試すような口調。
俺は即座に首を横に振った。
(……いや、やめておく)
残り3回しかない切り札を、ただの連絡手段に使うわけにはいかない。
これは、本当に絶体絶命の時、あるいは世界を動かす一手のために取っておくべきだ。
(ゼダンには、俺が直接会いに行く。クルム村なら、ルートからそう遠くない)
『……そうか。では、用がなければ切るぞ』
プツン、と通信が途切れた。
やれやれ、神様ってやつも世知辛い。
だが、やることは決まった。
金、情報、そして人材。
全てをこの手で掴み取るための、長い旅が始まる。
俺は机の上の地図を強く叩き、立ち上がった。




