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キングスレイヤー真  作者:


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130/140

130. 盤上の教室、継承される魂

 カン、カン、サクッ。


 工房に近づくと、いつもの金属音ではなく、乾いた木を削る音がリズミカルに響いていた。


 中を覗くと、ランダルが作業台に向かい、小さな木塊と格闘している。


「……ランダル」


 俺が声をかけると、彼は背中を向けたまま、片手をすっと上げた。


「……すみません、アルヴィン様。あと少しで決まるんです。……待ってください」


 その声には、職人特有の張り詰めた集中力が宿っていた。


 俺は黙って足を止めた。

 ランダルはノミを握り直し、息を止める。


 数秒の静寂。

 そして、コッ、という極めて小さな音がした。


 最後の一彫り。

 俺の目には何が変わったのかわからないほどの、わずかな一削り。


「……ふぅ」


 ランダルが大きく息を吐き、肩の力を抜いた。

 彼の手の中にあるものを見て、俺は息を呑んだ。


 木彫りの馬だ。


 だが、ただの馬ではない。今にもいななき、駆け出しそうな躍動感と筋肉の隆起が、手のひらサイズの木片の中に完璧に再現されていた。


「見事なもんだ。……最近は鍛冶よりこっちが本業か?」


「ははっ、まさか。最近は剣の注文も落ち着いてるんで、指先の感覚を鈍らせないための練習ですよ」


 ランダルは照れくさそうに鼻の下を擦りながら、馬を机に置いた。


「どうです? 生きているように見えますか?」


「ああ。魂が入ってる」


 俺は素直に称賛した。

 ふと、胸の奥がチクリと痛む。


 前世の記憶。

 ナイフ一本で木切れを削り、ケニに小さなウサギを作ってやったことがある。


 不格好だったが、彼女はそれを宝物のように大事にしてくれた。


「俺も昔は、少しそういうのをやっててな……」


 懐かしさに任せて、そう言いかけた時だった。


 机の隅に並べられた「練習作」の数々が目に入った。


 鷹、熊、そして――ウサギ。


 そのウサギは、長い耳の柔らかな質感や、警戒して鼻をヒクつかせている一瞬の表情までもが、木目で表現されていた。


(……いや、これは『芸術』だな)


 俺が作ったのは、ただの玩具だ。

 職人の血を引く天才と、素人の手慰みを一緒にしてはいけない。


 俺は「俺も結構うまかったんだぜ」という言葉を、喉の奥に飲み込んだ。


「……やってて?」


「いや、なんでもない。……それより、その腕を見込んで頼みがある」


 俺は気を取り直し、懐から図面を取り出した。


「木で、これくらいの五角形の駒を作ってほしい。全部で40枚で一組。……これを三組ほど頼めるか」


「駒……ですか?」


「ああ。盤の上で戦う、戦争の道具だ」


 俺が地面に図面と、駒に書く文字(この世界の言葉に翻訳したもの)を描いて見せると、ランダルは興味深そうに覗き込んだ。


「へぇ……動きが決まっている兵隊を指揮して、王を取る……。面白そうですね」


 彼は顎をさすり、職人の顔になった。


「材質は、とりあえずは硬めのオークの端材でいいですか? 文字は焼きごてで入れましょう」


「できるか?」


「ははっ、誰に言ってるんですか」


 ランダルはニカッと笑った。その笑顔は、死んだ祖父にそっくりだった。


「大陸一の鍛冶師の孫ですよ。こんな木切れの細工、昼飯前です」


          


 一時間後。

 俺は完成したばかりの「将棋盤」と「駒」を抱え、コジインの庭に戻っていた。


 急造品とは思えない出来栄えだ。駒の手触りは滑らかで、盤の罫線も美しい。ランダルの腕は確かだ。


「おい、みんな。集まってくれ」


 俺が声をかけると、訓練をしていたドランやセインたちが駆け寄ってきた。

 木陰で寝ていたレンも、何事かと起き上がる。


「新しい訓練だ。……ただし、体は使わない。頭を使う」


 俺は盤を広げ、駒を並べた。

 初めて見る遊戯に、子供たちの目が輝く。


「これは『将棋』だ。軍を指揮し、相手の王を追い詰めて取る。ルールは単純だが、奥は深いぞ」


 俺は基本的な駒の動きを教えた。

 歩兵は前に一つ。金将は堅守。飛車と角行は盤面を制圧する大駒。


 そして、取った駒を味方として使える「持ち駒」のルール。


「すげぇ! 取った敵を寝返らせるのか!」

「えげつないけど、合理的」


 ドランとコバンが即座に反応した。やはり飲み込みが早い。


「よし、ドラン。お前が相手だ。座れ」


 俺はドランを対面に座らせた。

 彼は不敵に笑い、盤面を睨んだ。


「負けないぞ!」


 対局が始まった。

 ドランの指し手は、攻撃的だった。歩を突き捨て、大駒を振り回して攻め込んでくる。


 素人にしては筋がいい。才能センスがある。


 だが。


「……甘い」


 俺は容赦しなかった。

 ドランの攻めを冷静にいなし、薄くなった守りの隙を突く。


 飛車が敵陣を切り裂き、角が退路を断つ。

 持ち駒の桂馬が、予測不能な位置から王を狙う。


「あ、あれっ!? 待って、これ動けない!」


「待ったは無しだ。戦場に『やり直し』はない」


 パチン。

 乾いた音が響き、ドランの王が詰んだ。


「……負け、ました」


 ドランは顔を真っ赤にして悔しがった。


 周囲で見ていたセインやロリーナも、息を呑んでいる。


 ただの遊びじゃない。盤の上で、ドランは完膚なきまでに「殺された」のだ。


「もう一回! もう一回お願いします!」


「いいだろう。……次は手加減なしでさらに潰すぞ」


 それから、俺は子供たちを相手に連戦連勝を重ねた。


 接待将棋などしない。


 圧倒的な実力差を見せつけ、理不尽なまでの敗北を味わわせる。


 それが、彼らに「負けの痛み」と「思考の重要性」を刻み込む最良の方法だからだ。


「くそぉ……! なんで勝てないんだ!」


「ここを攻めると、こっちが空くのか……」


 悔しがる彼らの目は、真剣そのものだった。


 頭を抱え、悩み、次の一手をひねり出す。


 その思考の熱量は、剣の素振りを千回やるよりも、彼らの脳を鍛え上げていく。


「ねえねえ」


 ふと、横からレンが顔を出した。

 手には自作の変な駒を持っている。


「この『爆弾』の駒、どこに置いていい? 王様の周りで爆発させたいんだけど」


「……そんな駒はない。ルールを守れ」


 俺が即答で却下すると、レンは「ちぇっ、ルールなんて壊すためにあるのに」と不満げに去っていった。


 やれやれ、あいつだけは盤上の常識も通じないか。


 夕暮れ時。

 盤を囲む子供たちの輪は、いつまでも解けることはなかった。


 かつて俺がゼダンに味わわされた絶望。


 それを糧に、彼らがどう強くなっていくのか。


 俺は駒を指す指に、微かな期待を込めた。






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