表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/140

127. 平和という名の砂上の楼閣

 執務室の壁一面に貼られた大陸地図。

 俺は踏み台に乗り、その広大な図面を指でなぞっていた。


 見る者が残した言葉。


『この領地を、占領されるな』


 たった一言。だが、あの無気力な管理者が、わざわざ警告として残した言葉だ。


 それはつまり、「この領地を脅かす何かが必ず来る」という予言に他ならない。


 システムが「100年は協力できない」と言い残して眠りについた今、頼れるのは己の力のみ。


(……来るぞ。必ず)


 いつ、どこから、何が来るのかは分からない。


 だが、今のままでは守りきれないことだけは確実だ。


 人、武器、金、食糧。

 全てを揃え、束ね、一つの巨大な「暴力装置」として完成させなければならない。


「……軍拡、だと?」


 執務室の扉を開けると、書類の山に埋もれていた父、マーランが顔を上げた。


 アケニース家の財政と実務を取り仕切る当主。その瞳は常に数字と合理性を映している。


「はい、父上。アケニース私兵団、および領軍の規模を倍増させたいと考えています。装備の更新も含めて」


 俺が真剣な眼差しで告げると、マーランはペンを置き、呆れたようにため息をついた。


「アルヴィン。お前が賢いのは知っているが、今の情勢が見えていないわけじゃあるまい」


 マーランは手元の帳簿を閉じ、壁の地図を指差しながら、諭すように言った。


「いいか。我がアケニース領は、今や大陸最大版図を誇るサマラ王国の一部だ。王国の総兵力は、かき集めれば六万を超える。その庇護下にある我々が、なぜ血眼になって軍を増やす必要がある?」


 父の指摘は、経営者として、そして貴族としての常識に照らせばあまりに正論だった。


 俺たちの領地は、地理的に見ても非常に安定している。


「西のモグロン王国か? 奴らの兵力は、国中から農民まで動員してせいぜい二万だ。しかも装備は旧式、練度も低い」


 マーランの指が地図を滑る。


「東のガンガラ国。あれも一万五千程度だ。しかも奴らは隣のランガ国との小競り合いで手一杯だ。アケニースに攻め入る余力など欠片もない」


「南のテンス国はどうですか」


「論外だ」


 マーランは即答した。


「あの国は歴史上、一度として他国を侵略したことがない。大昔のナバラ帝国による大侵攻の際も、国境に築いた巨大要塞に引きこもり、鉄壁の防御で跳ね返しただけの国だ。あいつらは亀だ。こっちから手を出さなきゃ、石ころ一つ投げてこんよ」


 完璧な情勢分析だ。

 さらに言えば、アケニースの北には、王国の重鎮であるシュテゲン公爵領がある。


 公爵の手勢は約一万五千。

 もしアケニースが攻められれば、すぐさま援軍が駆けつける手はずになっている。


「我が領の軍は約八千。これだけの精鋭がいれば、周辺諸国の牽制には十分すぎる。これ以上増やせば、ただの『金食い虫』になるぞ」


 マーランは眼鏡の位置を直した。

 軍隊とは、維持するだけで莫大な金が消えていく巨大な浪費機構だ。


 戦争がないのに兵を養うのは、穴の空いたバケツに水を注ぐようなもの。父の意見こそが「正解」なのだ。


 だが。

 俺が見ているのは、その「正解」の先にある「破滅」だ。


「……父上の仰る通りです。現在の地図の上では」


 俺は父の机に歩み寄り、静かに言った。


「ですが、平和というのは、ある日突然、理不尽に踏み砕かれるものです」


「……」


「俺が懸念しているのは、今の情勢ではありません。数年後、数十年後に来るかもしれない、地図を塗り替えるような大戦です。その時、王国の援軍を待っていては遅い」


「いざという時、王国すら切り捨ててでも生き残れる、独立した『要塞国家』にするつもりです。この領地だけは、何があっても他国に踏ませない」


 過激な発言だ。

 王国への反逆とも取られかねない。


 マーランは、計算高い商人の目で俺を値踏みするように見つめ返してきた。


「……根拠は?」


 短く、鋭い問い。

 ここで「管理者の声」などと言っても、頭がおかしくなったと思われるだけだろう。


「……俺の、勘です」


 俺は正直に、しかし力強く答えた。


「嫌な予感がするんです。この静けさが、嵐の前触れにしか思えない」


 マーランはしばらく俺の目を見つめていたが、やがてフンと鼻を鳴らし、再びペンを手に取った。


「却下だ」


 冷徹な一言だった。


「お前の商才や、人を見る目は評価している。だがな、アルヴィン。一人の『勘』だけで、領の財政を傾けるわけにはいかんのだ」


「父上……」


「軍の倍増となれば、維持費だけで莫大な金が消える。それを補うために税を上げれば、民が疲弊し、結果として国力は落ちる。見えない敵に怯えて自滅するなど、愚の骨頂だ」


 父は書類に視線を落とした。これ以上、話すことはないという拒絶のサインだ。


「……わかりました」


 俺は拳を握りしめ、頭を下げた。

 父の判断は正しい。領主として、あまりに真っ当だ。


 今の俺には、彼を説得できるだけの材料がない。


 執務室を出て、廊下を歩く。

 窓の外には、のどかな領地の風景が広がっている。


 だが、俺の目には、そこが火の海になる幻影がどうしても焼き付いて離れない。


(……公式な軍拡は無理か)


 アケニース家の財布は開かない。

 ならば、どうする。


 諦めるか? 指をくわえて、破滅の日を待つか?


 ――いや。


 俺は顔を上げた。

 父が動かないなら、俺が動くしかない。


 俺には「コジイン」がある。「アルヴィン商会」がある。そして、信頼できる仲間たちがいる。

 

 規模は小さくなるかもしれない。時間はかかるかもしれない。


 それでも、俺のできる範囲で、少しずつでも「力」を蓄えていくしかない。


 できることから、やるしかないか。


 次善の策を進める決意を決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ