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キングスレイヤー真  作者:


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124/140

124. 止まらぬ時間、沈殿する鉛

 マンダルの葬儀から数日が過ぎても、俺の心は鉛を飲み込んだように重いままで動かなかった。


 屋敷の自室。


 机の上には、あの武骨な剣が置かれている。

 俺はただ、窓から差し込む陽の光が、刻一刻と角度を変え、剣の刃紋を照らしていく様を眺めていた。


 もう、あの悪態は聞こえない。


 何か思いつくたびに「馬鹿かお前は!」と怒鳴りながらも、楽しそうに図面を覗き込んできたあの顔は、二度と見られない。


 喪失感は時が経つほどに現実味を帯び、俺の思考をドロドロとした沼の底へ引きずり込んでいく。


 だが、世界は一人の老人の死など気にも留めず、無情に回り続ける。


「……ボス。入ってもいいっすか」


 控えめなノックと共に、スピディが顔を出した。


 普段の軽薄さは鳴りを潜め、俺の顔色を窺うような慎重な声音だ。


「……ああ。どうした」


「その……連れ帰った『子供たち』のことっすけど。今後の対応をどうしたらいいのかと」


 ハッとした。

 そうだ。俺にはやるべきことが残っている。


 呪縛から解き放ったものの、心ここにあらずの状態である三人の子供たち。彼らの処遇を決めなければならない。


「……そうだな。悪い、すぐに行く」


 俺は剣を布で包み、引きずるような足取りで部屋を出た。


          


 アケニースの孤児院「コジイン」。

 その一室にある医務室では、ポショルが難しい顔で子供たちの瞳を覗き込んでいた。


 ベッドに座らされた三人の子供たち。

 ムルミと、ホスマルとデリスは、まるで彫像のように静止している。


「……やあ、アルヴィン君。顔色が悪いですね。薬を出しましょうか?」


「いや、いい。……それより、この子たちはどうだ」


 俺が尋ねると、ポショルは眼鏡の位置を直しながら、カルテ代わりの羊皮紙を示した。


「肉体的な健康状態は極めて良好です。栄養失調も回復しつつある。……ですが、精神の摩耗が著しい」


 ポショルは、真ん中に座る少女、ムルミの肩に手を置いた。


「ただ、この子……ムルミさんだけは、わずかに反応があります」


「反応?」


「ええ。強い光を当てたり、大きな音を立てると、反射的に身を竦める。痛覚刺激に対しても、微細な挙動が見られます。……ですが、あとの二人は」


 ポショルは残る二人の少年に視線を移した。


 彼らは瞬きこそすれど、虚空を見つめたまま焦点が合っていない。


「指示がない限り、呼吸以外の活動を行いません。完全に『待機状態』です」


「……どういうことだ。呪いは解けたはずだろ」


「ええ、呪縛が消えているとするのなら、これはもっと根深い……『深層心理への刷り込み』によるものでしょう」


 ポショルは指を組んで推論を語る。


「呪法にも段階があるのか、あるいは洗脳の期間や強度による個体差か。ムルミさんは比較的、自我の殻が残っていた。しかし他の二人は、自我が泥の底に沈みきってしまっている。……呼び戻すには、根気強い治療と、何か『きっかけ』が必要かもしれません」


 きっかけ。

 それが何なのか、今の俺には見当もつかなかった。


 俺は頷くことしかできない。


 頭では理解している。対策を練らなければならない。だが、思考に靄がかかったようで、具体的なアイデアが浮かんでこないのだ。


「……わかった。ポショル、引き続き経過を見てやってくれ」


「ええ。君も……あまり無理をしないように」


 ポショルの気遣いが、今は痛かった。


 医務室を出ると、廊下で世話係のリーダーであるアニタが洗濯物を抱えて歩いていた。


 来た時はおどおどしていたが、今ではみんなに指示を出して動いている。彼女は、俺の姿を見ると心配そうに眉を下げた。


「アルヴィン様……」


「アニタ。……頼みがあるんだ」


「はい、なんでしょう」


「あの子たちの事、面倒見てやってくれ」



 アニタは力強く頷いた。


「わかりました。……それと、アルヴィン様」


 アニタの後ろから、クロブがひょっこりと顔を出した。


 彼は努めて明るい声を出そうとしているようだった。


「少しは良い報告もさせてください。……あの子たち、ドラン、マルディ、アイーシャ、レンの四人ですが」


「……ああ。あいつらがどうした」


「凄まじい吸収力ですよ。勉強に関しては、舌を巻くほどです。読み書きはもう基本をマスターしましたし、算術の理解も早い。特にレンなどは、複雑な計算も遊び感覚で解いています」


 クロブは嬉しそうに報告書を見せてくれた。


 そこには、子供たちの成長記録がびっしりと記されている。


 本来なら、俺が飛び上がって喜ぶべき成果だ。


 未来ある子供たちが、知識という武器を手に入れ、自分の足で歩き始めている。


 マンダルが生きていれば、「へっ、あいつらも見込みがあるじゃねぇか」とニヤリと笑っただろう。


(……マンダルなら)


 また、思考がそこへ行き着く。

 俺は口角を無理やり持ち上げた。


「……そうか。それは、よかった」


 自分の声が、他人のもののように乾いて聞こえた。


 クロブたちの笑顔が、すっと曇るのがわかった。俺の空元気を見透かされたのだろう。


「……すみません、お疲れのところ」


「いや、いいんだ。報告ありがとう。……また、来るよ」


 俺は逃げるようにその場を後にした。

 背中に、職員たちの心配そうな視線を感じながら。


 コジインを出ると、空は茜色に染まっていた。


 美しい夕焼けだ。

 だが、今の俺には、それが血の色にしか見えなかった。


 物事は進んでいる。


 子供たちは成長し、問題は分析され、解決へと向かおうとしている。


 止まっているのは、俺だけかもしれない。


 俺は屋敷へと続く道を歩き出した。

 足取りは重く、影だけが長く伸びていた。



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