123.大陸一の馬鹿鍛冶師
俺が剣を抱いてうずくまっていると、背後から遠慮がちな足音が近づいてきた。
顔を上げると、目を真っ赤に腫らした青年――マンダルの孫、ランダルが立っていた。
「……アルヴィン、様」
「ランダルか……」
俺は袖で乱暴に涙を拭い、立ち上がった。
ランダルは、俺の手の中にある剣を、まるで聖遺物でも見るような眼差しで見つめていた。
「じいちゃん……祖父は、最期までその剣のことだけを考えていました」
「……ああ。タンダルから聞いた。お前はずっと見ていたんだろう?」
「はい」
ランダルは一度大きく息を吸い込み、震える声で語り始めた。
「祖父は……おかしなことをしていました。父さんが追い出された後、祖父は炭を砕いて粉にし、それを粘土と混ぜて、刃の部分だけに塗りつけたんです」
「……炭を、刃に?」
「はい。それも、ただ塗るだけじゃない。厚みを変えたり、何度も塗り直したり……まるで絵を描くようでした」
俺の心臓が早鐘を打つ。
刃だけに、炭と土を塗る?
(……まさか、あれを試したのか?)
「それに、冷やす時も……」
ランダルは続ける。
「水桶と油壺、二つを用意していました。赤熱した剣を、最初は水に入れたんです。ジュッて凄い音がして……でも、数秒ですぐに引き上げて、今度は油の中に突っ込みました」
「水と、油……」
俺は剣の刀身を凝視した。
水と油を使った二段階の冷却。
そんなこと、俺は詳しく教えた覚えはない。
そもそも、俺は剣なんて作れない。叩き方も、焼き入れの温度も知らない。
(……俺が言ったのは、もっと適当なことだったはずだ)
かつて、酒を飲みながらマンダルに話した戯言を思い出す。
『いいかマンダル。鉄ってのはな、炭を混ぜると強くなるんだぜ』
『あと、なんかこう、泥を塗って焼いたりすると、すげぇのができるらしい』
『東の国じゃ、水と油を使うとか使わないとか』
そんな、漫画かゲームで得たような、ふんわりとした知識。
詳しい配合も、温度も、タイミングも、俺自身何も知らなかった。
だから、ただの酔っ払いの与太話として話しただけだ。
だが、マンダルはそれを信じたのか。
俺が口にした「炭を混ぜると強くなる」という一言だけを頼りに、何百、何千回と試行錯誤を繰り返し、炭の量、土の配合、水と油のタイミング……その全てを、己の感覚だけで『正解』にまで昇華させたというのか。
サンデルだって、そこまではやってねえ。
あの鋼王サンデルでさえ、俺がある程度の知識があって、ようやく形にしていた。
だが、この剣は違う。
設計図なんてない。俺は作り方なんて知らない。
この世界にあるありふれた鉄と、炭と、水と油。
それだけで、マンダルは俺の空想を現実に引きずり下ろしたのだ。
「……祖父は、言っていました」
ランダルが涙声で告げる。
「これが俺の剣だって……」
俺は天を仰いだ。
工房の天井が滲んで見えない。
あいつは、俺を追いかけていたつもりだったのか。
俺が適当にばら撒いた知識の欠片を拾い集めて。
だが、気づけばあいつは、俺なんかとうの昔に追い越して、誰もいない場所へ行っちまっていた。
「……ははっ」
乾いた笑いが漏れた。
「馬鹿だ……。本物の、大馬鹿野郎だ」
俺は剣を強く握りしめた。
掌から伝わる冷ややかな鉄の感触が、今は熱く感じる。
俺の適当な嘘を、本物の伝説に変えちまいやがって。
「大陸一の、馬鹿鍛冶師だよ。お前は……」
友が命を削って遺した鉄の魂。
その重みは、どんな名剣よりも重く、そして温かかった。
もう、あの憎まれ口を聞くこともできない。
この剣の感想を言い合うことも、酒を飲みながら馬鹿話に興じることも。
俺は遺された剣を抱きしめるようにして、その場に崩れ落ちた。
涙が、止まらなかった。




