表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー真  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

118/140

118. 渇望する帝国、退屈な怪物

 北の軍事大国、ナバラ帝国。


 その中枢である帝城「鉄血の間」には、重苦しい沈黙と、行き場を失った殺気がドロリと淀んでいた。


 壁には歴代皇帝が愛用した武具が飾られ、床には大陸全土の精緻な地図が広げられている。


 その地図を囲むように、帝国を動かす巨頭たちが顔を突き合わせていたが、その表情は一様に渋い。


「……準備は整っております、陛下」


 沈黙を破ったのは、軍部トップの大元帥、カスタンだ。


 父譲りの鷲鼻と、戦場での古傷が走る強面。彼は地図の南――ナバラと国境を接する巨大な領土を指揮棒で叩いた。


「サマラ王国。奴らは図体こそデカいが、平和ボケして久しい豚どもです。我が軍の練度は過去最高。補給線も確保済み。南下を開始すれば、サマラといえど帝国の版図となるでしょう」


「勝てるのはわかっておる、カスタン」


 玉座に深く沈み込んだ男――ナバラ帝国皇帝、チャバルが苛立たしげに吐き捨てた。


 脂の乗り切った壮年期でありながら、その表情には焦りの色が濃い。


「問題は、なぜ『今』なのだ、ということだ」


 チャバルの拳が、玉座の肘掛けを軋ませるほど強く握りしめられる。


「二年だぞ? ここ二年の間、ポルム教国から各国への『守護の力』の交換は行われていなかった。奴らは沈黙していたのだ!」


 皇帝の声が荒らぐ。


 王族への絶対的な暗殺回避能力『王権の守護』。その力が更新されず、効果が薄れつつあったこの二年間こそが、帝国にとって千載一遇の好機だったはずだ。


 ポルムは弱体化した。あるいは、構造そのものが崩壊しかけている。


 そう判断したからこそ、ナバラは牙を研ぎ、サマラへの侵攻準備を進めてきたのだ。


「……ポルムか」


 低く唸ったのは、帝国顧問のゴヨレだ。すでに前線を退いた老骨だが、その眼光は未だ鋭い。


「我々が『行ける』と判断し、軍を国境へ寄せようとした、まさにこのタイミングでの通達……」


 宰相セルヴァンが、手元の書類を忌々しげに見つめながら言葉を継いだ。


「ええ。先日届いたポルム教国からの公式文書です。……『来年、守護の力の交換を行う』と」


 会議室の空気が凍りついた。


「偶然ではないでしょう。奴らは我々の動きを完全に把握している。その上で、『動けば潰す』と釘を刺してきたのです」


「くそっ……! 図ったな、白服どもめ!」


 チャバルが激昂し、拳で肘掛けを殴りつけた。


「守護の力を配れるということは、奴らの手足である『守護兵団』もまた万全ということだ! 総勢200名の処刑人どもが、我々の首を狙って待ち構えているということだぞ!」


 かつて、たった100名で大国の王の首を刈り取ったという伝説の兵団。


 その倍の数が、睨みを利かせている。


 攻めたい。奪いたい。だが、怖い。


 サマラを食らうための牙は整っているのに、その首輪を握るポルムという飼い主が、目を覚ましてしまった。


「……サマラへの挑発を繰り返し、向こうから手を出させるしか」


「そんなみみっちい真似が、ナバラの強さか!」


「しかし、こちらから仕掛ければ……」


 堂々巡りの議論。


 老いた権力者たちの、慎重という名の臆病な言葉遊び。


 その様子を、部屋の隅にある柱に寄りかかり、虚ろな目で眺めている男がいた。


(……あぁ、いい音がしそうだ)


 皇太子、バルバーロ。

 20歳にして、しなやかな巨躯を持つ若き怪物。


 彼は退屈そうに指先でナイフをもてあそんでいるが、その視線は地図ではなく、父チャバルの太い首筋に吸い寄せられていた。


(親父殿の首をねじ切ったら、どんな音がする? 枯れ木のようにパキリと折れるか? それとも、熟れた果実のようにグチャリと潰れるか?)


 彼の脳内では、すでに会議室は血の海だった。


 カスタンの頭蓋を砕き、セルヴァンの腹を裂き、ゴヨレの老体をすり潰す。


 想像の中の殺戮だけが、退屈な時間における唯一の娯楽だった。


 ポルムがどうした? 守護の力がどうした? 


 彼らが話しているのは「手続き」の話だ。


 許可証がなければ殺せない。契約がなければ奪えない。


 そんなものは「強さ」ではない。ただの事務作業だ。


(血が欲しい)


 バルバーロの身体の奥底で、どす黒い衝動が蠢く。


 ナバラ帝国の歪んだ歴史が生み出した、純粋暴力の結晶。


 彼は「戦争」がしたいのではない。「蹂躙」がしたいのだ。


 相手がサマラだろうが、ポルムだろうが、あるいは自国の兵だろうが、悲鳴を上げて砕け散るなら何でもよかった。


(200人の守護兵団? ……最高じゃないか)


 彼は舌なめずりをした。


 伝説の処刑人。神の力を持つ兵士。


 それを肉塊に変えた時、自分はどれほどの絶頂を味わえるのだろう。


 恐怖など微塵もない。あるのは、極上の獲物を前にした捕食者の飢えだけだ。


「……おい、バルバーロ」


 不意に、チャバルが彼に話を振った。


「お前も何か言え。次期皇帝として、この状況をどう見る」


 一斉に集まる視線。


 バルバーロはゆっくりと顔を上げ、ナイフを鞘に収めると、ニタリと笑った。


 その瞳の奥にある狂気を、理性的な仮面で辛うじて覆い隠して。


「何も言うことはありませんよ、父上」


 彼は肩をすくめた。


「皆々様の仰る通り、賢明で慎重な判断こそが国を守るのでしょう。……今は、ね」


 言葉の端々に、隠しきれない嘲笑が滲む。


 だが、チャバルたちはそれに気づかないふりをした。


 いや、直感的に目を逸らしたのだ。この怪物が放つ、異質な獣の臭いから。


(待っていろ、老いぼれども)


 バルバーロは心の中で舌を出した。


(俺が皇帝になった暁には、こんな会議は必要ない)


 彼の脳裏には、すでに地図が真っ赤に塗り替えられた光景が浮かんでいた。


 インクの赤ではない。鉄錆の臭いがする、本物の赤だ。


 サマラ王国も、ポルムの塔も、すべてが瓦礫と死体の山となり、その頂上で自分が笑っている。


 大陸を一つにする。それは統治のためではない。全ての命を自分の手の中に握るためだ。


「……会議はまだ続きますかな? 私は鍛錬の時間ですので」


 バルバーロは一礼もしないまま背を向け、大股で部屋を出ていった。


 後に残されたのは、再び出口のない議論を始める老人たちと、彼らが醸し出す停滞した空気だけだった。


 扉の向こう、廊下を歩くバルバーロ。


 その口元が、誰にも見えない場所で、三日月のように裂けて歪んだ。


「……ああ、壊したい」


 呟きは、誰の耳にも届くことなく闇に溶けた。


 時代はまだ、この怪物の手綱を放してはいなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ