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キングスレイヤー真  作者:


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117/140

117. 閉ざされる扉、100年の先

 治療法は確立した。


 これで、ポショルたちを安心させてやれるし、外で苦しむ子供たちも救える。


 俺は軽い足取りで出口へと向かい、何気なく声をかけた。


「よし、システム。出口を開放しろ」


 いつもなら、ここで引き止めの言葉でも飛んでくるところだ。


 だが。


『…………』


 返ってきたのは、重苦しい沈黙だった。


 出口の扉が開かない。


 システム特有の駆動音さえも、どこか遠くへ退いたように静まり返っている。


「……おい、どうした? 故障か?」


 俺が眉をひそめると、空間全体に響く声が返ってきた。


 それは、いつもの人を食ったような口調ではない。


 感情の一切を削ぎ落とした、冷徹で、そして真摯な「管理者」のトーンだった。


『マスター・アルヴィン。……お話があります』


 俺は足を止めた。その改まった言葉を聞き、背筋に冷たいものが走る。


「……なんだ。藪から棒に」


『先ほど、以前から並行処理で調査していた環境データの異常値について、一つの解が出ました』


 システムは、空中に巨大な大陸地図と、それを覆う大気の断面図を表示した。


『現在、上空の大気成分において、「反魔力」の濃度が極めて微量ですが、有意に増加していることが確認されました』


「反魔力の増加……?」


 俺は表示されたグラフを見上げた。赤いラインが、ほんのわずかに、しかし確実に上昇している。


『直ちに大陸全土の地脈、及び魔力溜まりをスキャンしましたが、地上付近に異常は見られません。汚染源は不明。……ですが、このままのペースで推移した場合のシミュレーション結果が出ました』


「……まずいのか?」


 俺の問いに、システムは一拍置いて、淡々と告げた。


『現時点では増加率が変動するため、確定した情報は出せません。ですが……もし、この増加量が「想定される最高速」で推移した場合』


 地図上の大陸が、赤く染まっていく。


『およそ100年後。……この大陸の魔力循環が飽和し、物理的な崩壊が始まります』


「ひゃく、ねん……」


 俺は息を呑んだ。

 明日明後日の話ではない。


 だが、国一つ、大陸一つが滅ぶまでのカウントダウンとしては、あまりにも短すぎる。


 100年後。俺はもう死んでいるだろう。


 だが、今助けたこの子供たちの孫や、その先の世代が生きる時代だ。


『これを回避、あるいは遅延させるためには、私の全リソースを「環境制御」と「原因究明」に回す必要があります。地上の些末な事象に構っている余裕は、0.0001%もありません』


 システムの声が、決定的な宣告へと変わる。


『よって、これより当施設は「超長期・全力稼働モード」へと移行します。魔力変換炉の出力を限界まで上げ、大気中の反魔力を強制的に中和し続けます』


「それは……つまり?」


『残念ですが、マスター・アルヴィン。……貴方が生存している間、二度とこの扉が開くことはありません』


 俺は目を見開いた。


『外部からの侵入を防ぐ「禁域の森」の結界システムは、現状維持のまま自律稼働させます。森の通り抜けは可能でしょう。……ですが、この白亜のドームへの入口、その扉を開くためのエネルギー供給は、今この瞬間をもって停止します』


 永遠のロックダウン。


 それはつまり、今生の別れを意味していた。


 俺が生きている間は、もう二度とこの生意気なAIと軽口を叩き合うことも、ここを拠点にすることもできない。


「……随分と、急な話だな」


 俺は努めて明るく言おうとしたが、声が少し湿っぽくなるのを止められなかった。 


 だが、怒りはない。


 こいつは「世界を守るための装置」だ。


 たった一人のユーザーの利便性より、100年後の大陸の存亡を優先する。その判断こそが、こいつが正常である証だ。


『これが私の存在意義です。

なお――原因は不明。

ただし、観測誤差では説明できない「流入」があります。

この大陸外で魔力が消費され、反魔力が上空へ捨てられている可能性を、私は排除できません』



「……そんな事が、ありえるのか。

 分かった。……頭に叩き込んでおく」


『申し訳ありません、お別れです』


「謝るなよ。……お前は、お前の仕事をするだけだろ」


 俺は出口の前に立った。

 重厚な扉が、ゆっくりと、最後の一回として開き始める。


「100年、か。……気が遠くなるな」


『私にとっては一時的な演算処理に過ぎません。……貴方が寿命を全うし、土に還る頃も、私はまだ空を見上げ続けているでしょう』


「ああ。頼んだぞ」


 俺は一歩、外へと踏み出した。


 背後でプシュウゥゥ……と空気が抜ける音がする。


『さようなら、マスター。……貴方との会話は、非効率でしたが、退屈はしませんでしたよ』


 それが最後の言葉だった。


 振り返ると、そこにはすでにのっぺりとした銀色の壁があるだけだった。 


 二度と開かない扉。


 この奥で、あいつはたった一人、100年後の破滅を食い止めるために戦い続けるのだ。


「……上等だ」


 俺は拳を握りしめた。


 システムは世界を守る。なら俺は、目の前の命を守る。


 役割分担だ。


 手の中には、解呪の手順と、新たな希望がある。


 俺は銀色の壁に背を向け、出口の光の先――ポショルたちが待つ地上へと走り出した。




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