116. 選別と、紫色の残りカス
森での再会を終え、俺は再び銀色のポッドに身を沈めた。
音もなくハッチが閉まると、光のトンネルを駆け抜ける浮遊感が全身を包む。
わずか30分後。
減速Gと共にポッドが停止し、俺は再びポルム教国の地下、白亜のドームへと戻ってきた。
プシュウゥゥ……。
排気音と共にハッチが開く。
「さて、治療の続きだ。解析は終わったか?」
俺は白い空間へと足を踏み出した。
戻れば、そこには不安そうな顔をした子供たちと、それを励ますポショルたちがいるはずだった。
だが。
「……おい」
俺の足が止まった。
広大な白い部屋には、耳が痛くなるほどの静寂だけが満ちている。
あるのは、中央の台座に寝かされた「一人」の子供だけ。
他の子供たちも、ポショルの姿もない。
「他の奴らはどうした?」
俺が低い声で問うと、システムは悪びれもせず、空中にホログラムを表示した。
『ああ、あの「その他」ですか? 邪魔なので外に出しました。この部屋は神聖な演算中枢です。解析の結果、治療対象としてはこの子供が最も侵食が進んでおり、データ収集に適していると判断しました。適合率の低いゴミは、全て扉の外に排出済みです』
「……お前なぁ」
徹底した合理主義。だが、今は目の前の少年に集中するしかない。
俺は台座に歩み寄った。少年の左腕、上腕部の中ほど。そこには鮮やかな、紫色の「呪印」が焼き付いていた。
まるでアメジストを皮膚の下に埋め込んだような、妖艶で不吉な輝き。
「で、解析結果は?」
『完了しています。これは「魔法」ではありません。かつてこの地に住んでいた先住民が用いた技術――「呪法」というのがあったと昔の情報にありました。そのものか、あるいは変質したものでしょう。魔力反応はゼロ。大気中に常在する反魔力を、対象の「逆らう意思」に反応させる極めて悪質な術式です』
「治せるか?」
『可能です。マスター、以前貴方が持ち込んだ「溶液」と……あの「紫の鉱石」を使用してください』
「紫の鉱石? ……ああ、これか」
俺は懐から二つのアイテムを取り出した。透明な溶液が入った小瓶と、あの薄汚れた紫色の石だ。
「こいつなら持ってるが……これがどうした? ただ、溶液に入れると回転する石だろ。以前、酒の熟成を早める機械を作る時に使ったやつだ」
俺が何気なく答えると、システムは呆れたような、それでいて愉快そうな声を漏らした。
『……酒の時、ですか。貴方という人間は、時折とんでもない「正解」を引きますね。あの時、私は説明しませんでしたが……その石が何なのか、本当に理解していなかったのですか?』
「だから、ただの回転する石だろ。それを知らなければゴミみたいなもんだ」
『いいえ。それこそが、私の処理しきれなかった「不完全なエネルギーの塊」……いわば私の排泄物ですよ』
システムが石をスキャンし、成分構造を表示する。そこには、少年の腕にある「呪印」と酷似した波形が映し出されていた。
『かつて私の創造主ボルムは、反魔力を魔力へ変換するシステムを私に組み込みました。ですが、その変換効率は完璧ではなかった。処理しきれずに残った「燃えカス」が、その石です。魔力になりきれなかった、中途半端な物質。ただそこに在ることしかできない、不完全な塊』
システムは言葉を続ける。
『不完全であるがゆえに、溶液の中では周囲の不純物を取り込んで「完全」になろうとする物理的な渇望を起こす。貴方が酒の濾過に使ったのは、その性質です。そして目の前の「呪印」の正体は、不安定に暴れている反魔力のガス。……さて、マスター。ここに「不安定なガス」と、それを固めて安定させようとしている「不完全な塊」があります。これらを繋げばどうなりますか?』
「……足りない穴を埋めようとして、吸い込まれる」
『正解です。極めて物理的で野蛮ですが、理に適った治療法です』
俺は頷き、震える少年の左腕を抑えた。透明な溶液を、上腕部で妖しく輝く紫色の刻印の上に数滴垂らす。
ジュワッ。
皮膚に焼き付いていた「紫色の光」が、液体の周りに集まり、皮膚から浮き上がるように輪郭を持ち始める。
「……じっとしてろよ」
俺は素早く、右手の「紫の鉱石」を呪印に押し当てた。
不完全なエネルギーの塊。こいつは同質のエネルギーを呼び込み、自身を埋めようとする最強の磁石になる。
ズズ……ズズズ……。
直後、俺の手のひらに奇妙な振動が伝わってきた。鮮やかだった紫色の輝きが渦を巻き、泥水が排水溝に吸い込まれるように、俺の手の中にある石へと流れ込んでいく。それと同時に、鉱石がドス黒く変色し始めた。
ピキッ。
乾いた音が響く。少年の身体に巣食っていたエネルギーを吸い尽くし、石はその許容量の限界を迎えたのだろう。
パリンッ。
次の瞬間、鉱石は粉々に砕け散り、灰色の砂となって床にこぼれ落ちた。
少年の上腕部にあった美しい呪印は、薄いシミのような跡すら残さず、綺麗に消失していた。
『……施術完了。対象の生体バイタル、劇的に改善しました』
「……マジかよ」
魔法でも奇跡でもない、ただの置換作業。だが、これこそが解けないとされた呪法を打ち破る「解呪」の正体だった。
「……よし。手順は確立した」
俺は立ち上がった。
「システム、出口を開けろ。外に出した『ゴミ』たちも、まとめて治してやる」
『……やれやれ。ゴミ拾いが趣味のマスターを持つと苦労します』
悪態をつきながらも、システムは従順に扉を開いた。その光の先には、まだ救える命たちが待っている。俺は確信を持って、出口へと足を向けた。




