113. 職人の矜持と、白き聖都
ドモトーアの工房を後にし、俺たちは改めてアインクラを出発しようと馬車の準備を整えた。
ショルとスピディ、ポムキンはすでに配置についている。
「さあ、行くぞマンダル。予定より遅れちまった」
俺は馬車の扉を開けて促した。
だが、マンダルは動かない。
腕組みをして、地面に根が生えたように仁王立ちしている。
「……おい、どうした。乗らないのか?」
「いや、俺はいかん」
マンダルは短く言い放った。
「はあ? 何を言ってんだ。駄々こねてないで乗れよ」
「だだなんざこねてねぇ。……俺は帰る」
「帰るって、どこにだよ」
「工房だ。鉄を打ちてぇんだよ、今すぐに」
マンダルが顔を上げた。
その瞳には、さっき見たドモトーアの剣――あの「超えられぬ壁」に対する焦燥と、職人としての激しい炎が宿っているように見えた。
あんなものを見せられて、のんびり馬車に揺られて旅などしていられない。
そういうことだろう。
「……はあ」
俺は深くため息をついた。
こうなった職人は頑固だ。テコでも動かないだろう。
「……分かったよ。その目を見せられちゃ、無理強いはできねぇな」
俺は諦めて肩をすくめた。
「で、どうやって行くつもりだ? 俺たちの馬車を使わずに」
「人数の多い商隊にでも便乗させてもらうさ。金なら多少持ってるし、護衛代わりにもなる」
「……そうか」
俺は懐に手を入れ、ジャラリと重い革袋を取り出した。
「ほらよ」
「おい、こんなには要らねぇぞ」
「いーから持っとけ。路銀と、材料費だ」
俺は金貨の詰まった袋をマンダルに押し付け、さらに別の小さな包みを渡した。
「こっちは、何かの時のために身につけておけ」
「……?」
マンダルが中身を覗くと、そこには白金貨が二枚、鈍い光を放っていた。
驚いて突き返そうとするマンダルの手を、俺は制した。
「いいな、絶対に死ぬなよ」
「……チッ。憎たらしいガキだぜ」
マンダルは苦笑し、大切そうに懐にしまった。
「あと、行くならコジインにしろ」
「コジイン?」
「ああ。あそこの工房、もうお前のものにしていいから」
「あそこなら設備も整ってるし、サハジたちもいる。飯の心配もねぇだろ」
「……ふん。至れり尽くせりかよ」
マンダルはニヤリと笑い、拳を突き出した。
「またな、クソ頑固親父」
マンダルの拳が、俺の拳にコツンと当たった。
硬い。……いつもより、少しだけ。
「………」
いつものように軽口を叩くこともなくマンダルは背を向け、
一度も振り返ることなく人混みの中へと消えていった。その背中は、すでに次の「最高の一振り」を作ることで頭がいっぱいなようだった。
マンダルと別れ、俺たちを乗せた馬車は、一路「ポルム教国」を目指して街道をひた走った。
道中は驚くほど順調だった。
盗賊が出ることもなく、平穏そのものだ。
数日後。
俺たちは国境を越え、ポルム教国の領土へと入った。
宗教国家らしく、道ゆく人々の中には巡礼者の姿も多く見られる。整備された石畳の道を進むこと数刻。
「ボス、見えてきましたよ!」
御者台のスピディが声を上げた。
俺は窓から顔を出した。
視界の先に、天を突くようにそびえ立つ白亜の巨塔。
太陽の光を浴びて神々しく輝くその建物こそ、この国の、いやこの大陸の信仰の中心。
ポルム教国、大聖堂。
俺たちはついに、その巨大な聖域の足元へとたどり着いた。




