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キングスレイヤー真  作者:


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112/140

112. 鎚の音、沈黙の鑑定

 その日の夜。


 更けていく夜の帳が下りる中、俺たちはグレンの家を後にすることにした。


 ダガンは玄関先まで見送りに来ると、決意を込めた顔で言った。


「俺はここに残るわ。親父の怪我も心配だし、もう少し様子を見ていくことにする」


「ああ、それがいい。親孝行してやれよ」


 ダガンとはここで一旦別れ、俺とマンダルは宿へと戻った。


          


 翌朝。

 俺たちは宿を引き払い、出発の挨拶をするために再びグレンの家を訪れた。


「達者でな、マンダルさん。……アルヴィン様も、またいつでも来てください」


 玄関先で、松葉杖をついたグレンと、彼を支えるユレナが見送ってくれる。


 グレンはマンダルに対して、昔と変わらぬ敬意を込めてそう呼んだ。


「ああ。足、大事にな」


 マンダルが短く応える。

 俺は小さくなっていくかつての戦友の姿を、角を曲がるまで見つめ続けた。


          


 アインクラの街の出口へ向かおうとしたその時だ。


「おい、ちょっと待ってくれ」


 それまで黙って歩いていたマンダルが、不意に足を止めた。


「どうした? 忘れ物か?」


「いや……あそこに寄らずに帰るわけにゃいかんと思ってな」


 マンダルの視線の先には、職人街の外れに建つ、石造りの堅牢な建物があった。


 煙突からは黒い煙が立ち上り、遠くからでもリズミカルな鎚音が響いている。


「『ドモトーアの工房』だ」


「……ああ、なるほどな」


 俺は納得した。


 ドモトーア。この大陸で一、二を争うと言われる伝説的な鍛冶師の名であり、その工房だ。


 ここに来て、職人であるマンダルが素通りできるはずもないか。


「仕方ないな、少し立ち寄るか」


「おう、悪いな」


 俺たちは進路を変え、その工房へと足を踏み入れた。


          


 工房の中は熱気と鉄の匂いで満ちていた。


 入り口付近には陳列棚があり、実用本位だが美しいナイフや農具が並べられている。


「いらっしゃい。何かお探しかい?」


 帳場に座っていた女性が顔を上げた。三十代半ばだろうか、煤で少し汚れたエプロン姿だが、その目は職人特有の鋭さを持っている。


 マンダルは陳列された品々を一通り見て回ると、その女性に向き直った。


「買うわけじゃなくて申し訳ねぇんだが……俺は、田舎で鍛冶師をしてるもんでな」


「同業者かい?」


「ああ。……高名なドモトーアの打った『最高の剣』を、ひと目拝ませてもらいたいんだが」


 図々しい願いだ。だが、マンダルの目は真剣そのものだった。


 女性はマンダルをじっと見つめ、しばらく考えていたが、やがてふっと息を吐いた。


「……少し待ってなよ」


 彼女は奥の作業場へと消えていった。

 すると、奥から二つの木箱を抱えた一人の老人が現れた。


 白髪交じりの短髪に、頑固そうな四角い顎。体格は少し縮んだようだが、その腕の筋肉は未だに現役であることを物語っている。


「……親父の剣を見たいっていうのは、あんたたちかい」


 しわがれた、だが力強い声。

 俺はその顔を見て、懐かしさに目を細めた。


(……ドルーアか)


 老人――ドルーア。


 かつて俺がここを訪れた時、彼はまだ若き職人だった。


 アーノルとほぼ同い年で、意気投合してロバーソンたちへの武器を一緒にあつらえたこともある。


 あの時の情熱的な青年が、今や立派な「親父」の顔になっている。


「俺はドルーアだ。今は俺がここを仕切ってる」


 ドルーアは作業台の上に二つの箱を置いた。


「売らない物だから、普段は客には見せねぇんだが……そうだな」


 ドルーアはマンダルを見てニヤリと笑うと、おもむろに箱の蓋を開けた。


「こっちが、俺が打った今のところ一番の剣だ」


 現れたのは、氷のような刃文を持つ長剣だった。


 凄まじい気迫。触れれば切れそうなほどの鋭利さと、強靭な意志。間違いなく「名剣」と呼ばれるランクの逸品だ。


「そして……こっちが、親父の打った剣だ」


 もう一つの箱が開かれる。 


 そこにあったのは、飾り気のない、黒鉄の剣だった。


 だが、その存在感は異質だった。


 鋭さを通り越して、ただ「在る」だけで全てを断ち切るような、静謐な圧迫感。


「……超えるまでは売れねぇんだ」


 ドルーアは愛おしそうに、そして悔しそうに二振りの剣を見比べた。


 俺は素直に、どちらも素晴らしい剣だと思った。


 ドルーアの剣も十分に大陸屈指の業物だし、先代の剣は伝説級だ。


 マンダルは、声を出すことなくじっくりと見ている。


 その視線は、刃の輝き、鉄の肌、鍛えられた痕跡の一つ一つを舐めるように動く。


 だが、感嘆の声も、称賛の言葉も発しない。


 ただ無言で、食い入るように見つめているだけだ。


 しばらくして、マンダルは顔を上げた。


「……良いものを見せてもらった」


 短くそう言って、剣を返す。

 それだけだった。


「おう、また来な」


 ドルーアに見送られ、俺たちは工房を後にした。


          


 街を出て街道を歩き始めても、マンダルはむっつりと黙り込んだままだった。


 その表情は何を考えているのか分からず、ただ険しさが滲んでいる。


「……満足したか?」


 俺が声をかけると、マンダルは視線を前方に向けたまま、そっけなく答えた。


「ああ」


 その一言の裏に何があるのか。

 俺には、マンダルの腹の内までは分からなかった。



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