111. 昔話と、あちら側の再戦
その日の夜。
夕食を終えると、ポショルとスピディは積もる話もあるだろうと言って早々に宿へと引き上げていった。
ダガンもまた、気を利かせたのだろう。
「俺も部屋に戻るわ。」
そう言って、片手を挙げて自室へと下がっていった。
静けさが戻ったグレンの家には、炉の火がパチパチと爆ぜる音だけが響いている。
部屋に残ったのは、家主のグレン、旧友のマンダル、そして俺だ。
部屋の隅には護衛のポムキンが控えているが、気配を消しているため邪魔にはならない。
「はい、お酒とおつまみ。熱いから気をつけてくださいね」
盆を手に、穏やかな微笑みを浮かべた女性が居間に入ってきた。
ユレナだ。
グレンの現在の妻であり、怪我で不自由なグレンの身の回りを甲斐甲斐しく世話している。
質素な身なりだが、その立ち居振る舞いには温かな品があった。
「おう、すまねぇなユレナ」
「いいえ。……良かったですね、あなた」
ユレナはグレンの横顔を見て、嬉しそうに目を細めた。
夫が友と語らい、心の底から笑えていること、その事実だけを喜んでいるようだった。
彼女は一礼すると、俺たちに気を利かせて台所の方へと下がっていった。
「……良い奥さんをもらったな、グレン」
「ああ。俺にゃもったいない人だよ」
グレンは照れくさそうに鼻を鳴らし、マンダルに酒を注いだ。
「目つきが、アーノルに似てるな」
グレンが優しい目つきで俺に話しかける。
「さて、と。……どうなんだ? 村の方は」
グレンが遠い目をして尋ねた。彼が守り、そして離れた故郷のことだ。
「ああ、相変わらず田舎だがな。最近は少し活気づいてるぞ」
マンダルが嬉しそうに報告する。
「酒を作り始めたんだ。あの村でな」
「酒ぇ? おいおい、あの村で酒造りはご法度だったはずだろ……」
グレンの顔が曇る。
かつてあの村では、酒造りを巡って酷い過去があり、それ以来、酒を作ることは忌避されていたはずだった。
「ああ。だが、時が経ったってことさ。それに、使ってるのは普通の麦じゃねぇ」
「……まさか」
「ああ。アサータクさんが持ち込んだ、あの『麦』だよ。あれを村中で育てるようになったんだ」
「……あの時の麦か」
グレンが目を丸くした。
「誰が教えたんだ? 育て方は頑なに隠してただろう」
「ルンナだよ。あいつが皆に伝えたんだ」
「……ルンナが?」
グレンの声が湿った。
ルンナ。グレンと同じく農業に携わっていた幼馴染だ。
「もう隠す必要はない、村のみんなで豊かになろうってな。」
「……そうか、ルンナが広めてくれたのか」
グレンは嬉しそうに、そして少し寂しそうに酒を啜った。
「……もう、あの頃の人間も減っちまったな」
ポツリと、グレンが呟いた。
場の空気が、静かに沈殿していく。
「最後の戦いに行った人間も、残ってるのは俺とマンダルさん……あとはダイファーくらいか」
「ああ。あいつはよく村でなんかやってる」
アーノル、メイシー、チャムタル、アサータクさん。みんな逝ってしまった。
「メイシーなんか、死ぬ前に変なことを言ってたっけな」
グレンが亡き友の名を出し、ふっと口元を緩めた。
「あいつ、最期になんて言ったと思う?
『あっちじゃ、足の怪我は治んねぇのかな』って言ったんだよ」
メイシーは晩年、古傷の足の痛みに苦しみ、思うように動けなくなっていた。
「『全盛期の強さなら、今度こそロバーソンに勝てそうな気がするんだが』ってな」
「ぶっ、はははは!」
マンダルが吹き出した。
「死ぬ間際まで、勝負かよと思ってな。『ロバーソンの最期を見てそれを言えるお前はすげぇな』って笑ってやったよ」
グレンはカカカと笑ったが、その目尻には光るものがあった。
「ロバーソンの最期は……凄まじかったらしいからな」
「ああ……」
マンダルも真顔に戻り、頷く。
ロバーソンの最期を間近で見たのは、グレンとメイシーだけだ。
あの寡黙な男が、どれほどの壮絶な戦いをして散ったか、その話は俺も聞いている。
「あっちは、賑やかだろうな」
グレンが天井を仰ぐ。
「今頃、全盛期の体に戻ったメイシーが、ロバーソンに襲いかかってるんじゃねぇか?」
「違いない。……だがまあ、どうせロバーソンに蹴散らされてるだろうよ」
「だな。あいつは強かった」
二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑った。
あっちでは今頃、メイシーがロバーソンに挑みかかり、軽くいなされて悔しがり、それをチャムタルなんかが酒を飲みながら笑って見ているのだろう。
……悪くない光景だ。
だが、俺がそこに参加するのは、まだもう少し先になりそうだ。




