11. 5歳児の信用と、大人の壁
ロリーナという「神」の原石を見つけた翌日。
俺は居ても立っても居られず、父マーランの執務室へと向かった。
本来なら爺様が帰ってくるのを待って、援護射撃をもらうのが定石だ。
だが、待てない。
あんな才能が野放しになっている状況が怖すぎる。万が一、他の誰かに見つかったり、流行り病で死んだりしたら、俺は悔やんでも悔やみきれない。
(……行くぞ)
俺は大きく息を吸い込み、重厚な扉をノックした。
「入れ」
短く、許可が下りる。
中に入ると、マーランは相変わらず書類の山と格闘していた。
俺は彼の正面に立ち、単刀直入に切り出した。
「父上。専属の従者をつけさせてください」
マーランの手が止まった。
彼は眼鏡の位置を直し、冷ややかな視線を俺に向けた。
そこにあるのは、親としての温情ではなく、領主としての査定の目だ。
「……従者? お前にはミナという専属メイドがいるはずだ」
「ミナは身の回りのお世話係でしょ。欲しいのは、将来の手足になってくれる、同年代の部下だよ」
俺は言葉を選びながら、昨日見つけた少女のことを説明した。
もちろん「槍神」なんて単語は出さない。「筋がいい」程度に留める。
「……なるほど。街で見かけた娘を雇いたいと」
マーランは鼻で笑った。
「遊びではないぞ、アルヴィン。人を一人雇うという意味を理解しているのか? ただでさえ生産性のないお前に、さらに固定費を上乗せしろと言うのか? 冗談も休み休み言え」
「冗談じゃない。僕は本気だ」
俺が食い下がると、マーランは算盤に似た計算具を弾くように指ではじいた。
「……いいだろう。そこまで言うなら、現実的な話をしよう」
彼は指を3本立てた。
「人を一人雇うには、最低でも年間で金貨15枚はかかる」
木こりだった前世の父ガリオンの年収が金貨数枚〜十数枚だったことを考えれば、子供一人の養育費としては高いくらいの金額だ。
「その娘を屋敷に住まわせ、食事を与え、衣服を整え、給金を払う。一年でそれくらいの費用がかかる」
マーランは冷徹に告げた。
「その『一年分の費用』を、お前自身で用意できるなら許可しよう。アケニース家の財布からは一銭も出さん」
「……分かりました」
俺は即答した。
マーランは眉をひそめた。
「口で言うのは簡単だがな。お前に資産などないはずだ。お小遣い制も導入していないしな」
「自分で稼ぐよ」
「ほう。……まあ、期待せずに待っているぞ」
彼は「どうせ無理だ」という顔で、再び書類に視線を戻した。
舐めてくれるとは、ありがたい。
金さえあれば文句はないはずだ。
◇
翌日。
俺はスピディを伴い、再びアーモン商会を訪れていた。
「おいおいアルヴィン様よぉ、昨日は挨拶だけって言ってたのに、今日は商談か?」
「うん。父上を見返すために、大金が必要なんだ」
俺は懐に忍ばせた数枚の羊皮紙を確認した。
昨夜、徹夜で書き上げた「事業計画書」だ。
内容は、前世の知識を活かした新商品や、物流の効率化案。
これをザイクに売れば、金貨15枚なんて端した金だ。
商会の応接室に通された俺は、会長のザイクと対面した。
「……なるほど。アルヴィン様ご自身のアイデアを、我が商会に売りたいと」
ザイクは羊皮紙に目を通した。
最初は穏やかな表情だったが、読み進めるにつれてその目が大きく見開かれていった。
めくる手が早くなる。額に脂汗が滲む。
商売人としての本能が、そこに書かれた情報の価値に震えているのが分かった。
「……信じられない。この計算概念、それにこの商品は……」
ザイクが顔を上げ、俺を凝視した。
「アルヴィン様、これを本当にお一人で?」
「うん。どうかな? 子供の落書きだと思わないでほしいんだけど」
俺が釘を刺すと、ザイクは真面目な顔で首を横に振った。
「とんでもない。……どれも画期的です。これがあれば、我が商会の利益は桁が変わるでしょう。それに年齢など関係ありません。良いものは良い、それが先代アサータクからの教えであり、我が商会の理念ですので」
「じゃあ、買ってくれる?」
俺が身を乗り出すと、ザイクは羊皮紙を机に置き、申し訳なさそうに、しかしきっぱりと言った。
「……いえ。現状では、契約できません」
「なんで? 良いものなんでしょ?」
「ええ。ですが、アルヴィン様は『アケニース伯爵家のご子息』です」
ザイクは商人の顔になった。
「貴族のご子息、それもまだ5歳の未成年の方と、独断で金銭の授受を行うわけにはいきません。もし後で領主様から『騙し取った』と言われれば、商会は終わりです」
「……ぐっ」
「この契約を進めるには、保護者であるマーラン様……領主様の『許可証』が必要です。それさえあれば、喜んで金貨をお支払いしますが」
正論だ。あまりにも真っ当な社会のルールだ。
前世の俺なら「裏取引」で済ませたかもしれないが、今の俺は立場がありすぎる。
◇
すごすごと屋敷に帰った俺は、その足で再び父の執務室へ突撃した。
「父上! 商売の許可をください!」
「……商売?」
マーランは怪訝な顔をした。
「アーモン商会にアイデアを売って、お金を作るんです。だから、契約の許可を……」
「ダメに決まっているだろう」
一刀両断だった。
「アケニースの名は、お前のオモチャではない。領主の息子が、街の商人と金銭トラブルを起こすリスクを考えろ」
「トラブルなんて起こさない! 正当な取引だ!」
「相手がどう思うかは別だ。『領主の息子に強要された』と噂が立てば、家の信用に関わる。……却下だ」
取り付く島もなかった。
マーランにとって、俺の個人的な小遣い稼ぎなど、家のリスク管理に比べれば塵のようなものなのだ。
彼はそもそも、俺がまともなアイデアを持っているとすら信じていない。
俺は部屋を追い出され、廊下で頭を抱えた。
「……詰んだ」
金を作る手段はある。
だが、金を作るための「資格」がない。
父の許可がなければ商売はできず、商売ができなければ金は作れず、金がなければロリーナを雇う許可は出ない。
完璧な悪循環だ。
「くそっ……どうすればいいんだ……」
俺は自分の無力さを噛み締めた。
知識があっても、社会的な信用と権限がない子供には、何もできない。
このまま指をくわえて、あの才能を諦めるしかないのか?
いや、何かあるはずだ。
父の許可も、家の名前も使わずに、金貨15枚という大金を手に入れる方法が。
俺は廊下の壁に背を預け、必死に脳みそを回転させ始めた。




