10. 道端に転がっていた神様
アーモン商会からの帰り道。
日は少し傾き、夕暮れ時の街を歩く。
スピディの肩車から降り、自分の足で歩くことにした。トレーニングの一環だ。
すれ違う人々には、もういちいち【鑑定】を使ったりはしない。
最初の頃は手当たり次第に見ていたが、この街にいるのは【農耕】や【家事】といった生活スキルを持つ一般人ばかりだと分かったからだ。
ただ、「親子連れ」だけは別だ。
遺伝の法則――親の能力がどう子供に受け継がれるのか、そのサンプルを集めるのが密かな趣味だった。
だから、家族を見かけると、チラチラッと確認する癖がついていた。
前方から歩いてくる、ごく普通の父と娘を見る。
服装も身なりも一般的。どこにでもいる市民だ。
(鑑定)
【父:槍】
ふーん、槍か。
傭兵上がりか、自警団でもやっていたのかな。
さて、その娘は……。
俺は視線を流した。
興味本位の、ほんの一瞬のチラ見だ。
(鑑定)
【娘:槍神】
ふーん、槍神か。
俺はそのまま通り過ぎようとして――。
…………は?
三歩進んで、足が止まった。
思考が凍りつく。
今、なんて書いてあった?
俺はバッと振り返り、二度見した。
【娘:槍神】
幻覚じゃない。
槍……神?
「聖」でも「王」でもなく、「神」だと?
背筋に電流が走った。
俺の前世の記憶において、「神」の名を冠する能力を持っていたのは、ただ一人。
俺の養子にして、最高の軍師であったゼダン。彼の持つ【賢神】だけだ。
あれは努力で到達できる領域ではない。天が気まぐれに落とした、歴史を変えるための特異点だ。
それが。
こんな夕暮れの商店街の、あくびが出るほど平和な風景の中に、ポロッと転がっていた?
親子はそのまま、人混みに紛れて去ろうとしている。
完全に「背景」の一部として埋没しかけている。
「……っ!!」
俺は弾かれたように走り出した。
「ちょ、そこの人ーーーッ!! 待ってーーーッ!!」
俺の絶叫に、街ゆく人々が振り返る。
後ろでスピディが素っ頓狂な声を上げた。
「おいっ!? どうしたアルヴィン!?」
無視だ。
あんなのを逃してなるものか。
俺は短い足をフル回転させ、親子の前へと回り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
息を切らして立ちはだかる俺に、親子は目を白黒させている。
買い物帰りなのだろう、父親の手には紙袋が握られている。
「え、えっと……僕たちに、何か御用でしょうか?」
父親が不思議そうに尋ねてきた。
俺は呼吸を整え、頭を回転させる。
どうする? なんて言えばいい?
「娘さんが神様なのでください」なんて言ったら、頭のおかしい子供だと思われる。
だが、この縁を逃せば、二度と会えないかもしれない。
俺は後ろから追いついてきたスピディに、小声で尋ねた。
「ねえスピディ。僕の護衛って、雇えるのかな?」
「はあ? 護衛? お前、俺じゃ不満なのかよ」
「そうじゃなくて……僕個人の従者、みたいな」
「さあな。旦那様の許可がありゃいいんじゃねぇか?」
許可。それなら後で絶対なんとかする。
俺は覚悟を決め、親子に向き直った。
「ごめんなさい、急に大声だして。……僕はアルヴィン・アケニース。この領地の領主の息子だ」
その瞬間、父親の顔色がサッと変わった。
街中で貴族、それも領主の息子に呼び止められたのだ。
彼は慌てて姿勢を正し、娘の背中を押して頭を下げさせた。
「こ、これは知らぬこととはいえご無礼を! ははーっ!」
「いいよ、頭を上げて」
俺は努めて穏やかに言った。
「単刀直入に言うね。……その娘さん、僕の従者になってもらえないかな?」
「は……?」
父親がポカンと口を開けた。
娘の方も、キョトンとして俺を見ている。
年の頃は、俺と同じくらいだ。
栗色の髪を二つに結んだ、どこにでもいそうな可愛らしい女の子だ。
この子のどこに、戦場の神が宿っているというのか。
「えっと、つまり……僕の専属の家来になってほしいの。もちろん、お給料も出すし、衣食住も保証するよ」
「い、いや、しかし……この子はまだ5歳で、何の芸もありませんし……」
「才能があるんだ」
俺は断言した。
「僕には分かる。この子は強くなる。……だから、僕に預けてほしい」
父親は困惑しきっている。
当然だ。5歳の貴族様が、突然現れて同い年の娘をスカウトしているのだ。
だが、俺は「アケニース伯爵家」の息子だ。
それだけで、この話は無視できないものになる。
「もちろん、いますぐ連れて行くわけじゃないよ。父上……領主様の許可も必要だからね。もちろん、父親であるあなたの気持ちも無視はしない」
俺は一歩踏み出した。
「これは命令じゃない。お願いだ」
自分でも驚くほど、静かな声が出た。
「この子の未来を、僕に託す価値があるかどうか――それを、これから証明する」
僕は姿勢を正し、父親を見つめた。
「だから……お家だけ教えて。また改めて、きちんとお願いに行く」
その目は、5歳児のものではなかったと思う。
父親は俺の気迫と、貴族という立場に言葉を失い、恐縮しながら住所を告げた。
ここからそう遠くない、一般居住区の一角だ。
「分かった。……待っててね」
俺は娘の方を見た。
彼女は不思議そうに、大きな瞳で俺を見つめ返してきた。
「君、名前は?」
「……ロリーナ」
「ロリーナか。いい名前だね」
俺はニッコリと笑い、満足してその場を離れた。
住所は確認した。あとはマーランをどう説得するかだ。
帰り道。
スピディが呆れ返った顔で俺の頭を小突いた。
「おいおい、ませたガキだなぁ。もう色気づいたのか?」
「違うよ」
「違わねぇだろ。同い年くらいの可愛い子だったしなぁ。……へっ、5歳で一目惚れして囲い込みとは、末恐ろしいねぇ」
スピディはニヤニヤと笑っている。
勘違いさせておけばいい。
俺は自分の掌を見つめた。
(槍神……)
ゼダン級の才能。
もし正しく育てれば、歴史を変えるほどの存在になるかもしれない。
ロリーナの無垢な笑顔が思い出される。
俺は浮かれていたのだろう。
人の人生を左右する。
その重みを、知っていたはずなのに。




