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キングスレイヤー真  作者:


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106/140

106. 指示待ちの子供たちと、冷たい紋様

 レーマネを出発してから数日が経過していた。

 道中、俺たちが揺られている荷馬車の中は、まさに「すし詰め」状態だった。


「……狭いな」

「密着してますねぇ。筋肉の熱気が充満して素晴らしい」


 俺のぼやきに、ポショルが嬉しそうに答える。

 現在の車内の布陣はこうだ。

 荷台の奥に、俺と変態医師ポショル。

 その対面に、巨体のポムキンと、職人のマンダル(彼は馬車のメンテナンス要員として、荷物と同化するように隅で寝ている)。

 そして中央のスペースに、ムルミ、ホスマル、デリスの子供三人が座っている。

 御者台にはスピディとダガン。

 総勢8名。定員オーバーギリギリの過積載だ、新しいこの馬車でなければ無理だったろう。


 だが、出発直後の混乱に比べれば、今は随分とマシになっていた。


「おい、ムルミ。水を飲め」

「……」


 俺が指示すると、ムルミは無表情で水筒を受け取り、口に運ぶ。

 彼女たちは、言葉を発しないどころか、生命維持に必要な行動すら自発的には行わなかった。食事も、睡眠も、そして――排泄さえも。


 最初のトラブルは悲惨だった。

 出発して半日、子供たちがモジモジすることもなく、突然その場で垂れ流しそうになったのだ。

 「我慢しろ」と言えば我慢するが、今度は膀胱が破裂するまで我慢しようとする。

 極端すぎるのだ。


『尿意や便意を感じたら、我慢せずに申告しろ。あるいは、休憩中に済ませろ』


 俺がそう明確な「ルール(指示)」を与えたことで、ようやく最悪の事態は回避された。

 今は『移動中は座って動かないこと』という指示を守り、人形のように静かに座ってくれている。おかげで足の踏み場もでき、窮屈さは多少解消されていた。


           


「……それにしても、奇妙ですね」


 揺れる車内で、ポショルがムルミの腕を触診しながら呟いた。

 俺たちはこの数日、暇さえあればこの「呪縛」の正体を探っていた。


「ここです。上腕の真ん中あたり」


 ポショルが子供たちの服の袖を捲り上げる。

 そこには、直径数センチほどの、複雑な幾何学模様の「紋様」が刻まれていた。

 刺青のようにも見えるが、インクの滲みがない。まるで綺麗な紫色の何かを埋め込まれているかのような質感だ。


「触ってみてください」

「……ああ」


 俺はそっと指先で紋様に触れた。


「……冷たい?」


 ひやりとした感触。

 子供たちの体温は温かいのに、この紋様の部分だけが、まるで氷か金属に触れているように冷たい。

 だが、金属が埋まっているような硬さはない。それでも皮膚よりは硬い。


(【見る力】でも、詳細は不明か……)


 俺は鑑定眼を凝らしたが、表示されるのは相変わらず【状態:呪縛】の文字だけ。

 この紋様が魔術的な受信機なのか、それとも毒を分泌する器官なのか、さっぱりわからない。


「私の医学知識にも、これに該当する症例はありません。クサレッタという女、とんでもないものを開発しましたね」


 ポショルがお手上げだとばかりに肩をすくめる。

 俺はムルミの袖をそっと戻した。


「……とにかく、『システム』のところへ連れて行くしかないな」


「システム?」


「ああ、いや……ポルム教国のことだ。あそこの総本山なら、解呪の専門家がいるはずだ」


 俺は誤魔化した。

 完全な味方でもないこの男に話して良い内容ではないだろう。


           


 国境を越え、最初の宿場町を過ぎたあたりから、街道の整備状況が良くなってきた。

 ガタガタと跳ねていた車輪の音が、スムーズな回転音に変わる。


「おい、スピディ。次の街はどこだ?」


 俺は小窓を開けて、御者台に声をかけた。


「へい。予定通りなら、夕方には『スタレン』の街に着きやすぜ。そこで一泊します」


「スタレン……か」


 俺は記憶の引き出しを探ったが、該当する街の名前はなかった。

 前世の『アーノル』として旅をしていた頃には、立ち寄ったことのない街だ。あるいは、この数十年で新しく発展した街なのかもしれない。


「どんな街だ?」

「牧畜が盛んな、のどかな場所らしいっすよ。治安も悪くないとか」


 それは朗報だ。

 今回の旅は、子供たちの体調を最優先にしている。

 野宿は極力避け、多少迂回してでも街の宿に泊まるルートを選んでいた。野営で冷えて体調を崩されたら、元も子もないからな。


「……ボス、見えてきやしたぜ」


 スピディの声に、俺は外の景色を眺めた。

 夕日が沈みかける橙色の空の下、なだらかな丘陵地帯が広がっている。

 そのあちこちに、木の柵で囲われた牧場が見えた。

 草を食む牛や羊の姿。


「ほう……」


 俺の目が、職業病のように牧場を捉えた。

 遠目だが、良い牧場に見える。

 今、馬車を引いている二頭(あの牧場で買った地味だが優秀な馬たち)も悪くはないが、長旅を見越して予備の馬や、交換用の馬を確保しておいても損はない。


「良さそうな牧場だな。……少し馬を見ていくか」


「へいへい。ボスの馬道楽が始まりましたよっと」

「人聞きが悪いな。リスク管理だ」


 軽口を叩き合いながら、俺たちの馬車は夕暮れのスタレンの街へと滑り込んでいった。

 未知の紋様への不安を抱えつつも、旅は今のところ順調に進んでいた。




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