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キングスレイヤー真  作者:


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105/140

105.留守を預かる家族と、育ちゆく芽

 アルヴィンが旅立ってから、一ヶ月ほどが経過していた。

 主の不在を嘆く暇などないほどに、アケニースの領地とコジインは活気に満ち溢れていた。むしろ、「あいつが帰ってくるまでに、もっと凄い場所にして驚かせてやる」という共通の意志が、彼らを強く、たくましく育てていた。


 領主館の執務室。深夜になっても、ランプの灯りは消えていなかった。机に向かっているのは、アケニース家当主でありアルヴィンの父、マーランだ。


「……石鹸の売上は順調だが、輸送コストの変動が気になる。コバンの報告だと、来月は資材の相場が上がる可能性があるか……」


 マーランは脳内で高速で計算を行い、膨大な書類と格闘していた。かつては王都での出稼ぎで家計を支えていた彼だが、今はアルヴィンが残した事業の総責任者として、経済運営を一手に引き受けている。几帳面で真面目な彼は、息子の作った地盤を盤石にするため、寝る間も惜しんで働いていた。その瞳には領主としての責任感が宿っていた。


「……マーラン、また根を詰めすぎよ」


 ふわりと優しい声がした。顔を上げると、お盆を持った妻、ディーファが立っていた。彼女は心配そうに眉を下げ、湯気の立つカップをそっと書類の脇に置いた。


「ディーファ……。すまない、もう少しで終わるんだ」

「昨日もそう言ってたわ。アルヴィンちゃんが帰ってきた時、パパが倒れてたらあの子に怒られちゃうわよ?」


 ディーファはマーランの肩に手を置き、凝り固まった筋肉を優しく揉みほぐした。生まれつき強い力を持つ彼女の手は温かく、そして力強い安心感がある。


「……そうだな。あの子に『父上、任せたはずですよ』と呆れられたくはないな」

「ええ。あなたは十分頑張ってるわ。……はい、ハーブティー。少し休んで」


 マーランは苦笑しながらカップを手に取った。神経質な父と、それを大らかに包み込む母。二人は互いに支え合いながら、息子が安心して帰れる「家」を守り続けていた。


 一方、コジインの裏にある広場では、凄まじい熱気が渦巻いていた。土埃の中、四つの小さな影が一人の巨漢に挑みかかっている。


「遅いッ!!」


 怒号と共に振るわれたのは、丸太のような長槍の練習用木製武器だ。それを操るのは、アケニース家の最強の武――祖父のダイファーだ。元国王にしてAランクの槍使いである彼が、今は子供たちの指導役を買って出ていた。その肉体は衰えるどころか、孫世代への指導熱でさらに研ぎ澄まされているようだった。


「くそっ、じいちゃん強すぎだろ!」


 真正面から吹き飛ばされたのは、ギルだ。同年代なら無敵の怪力を誇る彼だが、ダイファーの剛腕の前では木の葉のように軽かった。だが、その体つきはこの一ヶ月で見違えるほど逞しくなっている。



 隙をついて動き出したのは、セインだ。彼は幼いながらも素早い足運びでダイファーの側面へ回り込み、鋭い一撃を放つ。その剣筋には、ただの子供にはない「理」が見え隠れしていた。


「良い筋だ、セイン。だが――」


 ダイファーは槍の石突でセインの剣を軽く弾く。


「いただきっ!」


 その隙を突いて頭上から降ってきたのは、ロリーナだ。彼女が持つのは木の棒だが、ダイファーと同じ槍の才を持つ彼女の突きは、子供とは思えないほど鋭く、的確に急所を狙っていた。無邪気な表情とは裏腹に、その一撃はなかなかの威力を秘めている。


「ほう!」


 ダイファーがニヤリと笑い、槍を回転させて受け止める。ガァン!! という重い音が響く。


「まだまだぁ!!」


 そして最後に、倒されたはずの場所から泥だらけで突っ込んできたのは、マルディだ。何度倒されても心が折れない。アルヴィンへの献身的な想いが、彼を無限に立ち上がらせる。技術や才能では他の三人に劣るかもしれないが、その執念だけは誰にも負けていない。


「……ふん、悪くない気迫だ!」


 ダイファーは四人をまとめて薙ぎ払ったが、その表情は満足げだった。地面に転がる四人の原石たち。アルヴィンが集めた子供たちのポテンシャルは、かつて英雄と呼ばれたダイファーをも驚かせていた。


「立て、若造ども! アルヴィンが戻るまでに、わしに一撃くらい入れられるようになっておけよ!」

「「「はいッ!!」」」

「あーい!」


 四人は痛みをこらえ、目を輝かせて立ち上がった。泥だらけの顔には、確かな自信と成長の証が刻まれていた。


 激しい稽古の後は、戦士の休息――つまり飯の時間だ。泥だらけの四人が食堂になだれ込むと、そこには暴力的なまでに食欲をそそる香りが充満していた。


「……チッ。どいつもこいつも泥だらけで入ってきやがって。床が汚れるだろうが」


 不機嫌そうに鍋を振っていたのは、コックのサハジだ。職人気質で偏屈な彼は、口を開けば文句ばかりだが、その腕は確かだった。厨房は彼の城であり、そこから生み出される料理は芸術品の域に達している。


「今日の飯は?」

「『特製・肉増しスタミナ丼』だ。……ほらよ、さっさと食え」


 ドンッ、と置かれた大皿には、甘辛いタレで炒められた肉と野菜が山のように盛られている。湯気とともに漂うニンニクと醤油の香ばしい匂いが、空腹の胃袋を鷲掴みにする。ロリーナの目が輝いた。


「わあぁぁ! 肉だー! お肉ー!!」

「うおお! いただきます!」


 ロリーナとギルは、競い合うように皿に顔を突っ込んだ。二人の食欲は底なしだ。恐ろしい勢いで飯を吸い込んでいく。ロリーナに至っては、その小さな体のどこにこれだけの量が入るのか不思議なほどだ。


「はぐはぐ! ……んー! サハジのお料理おいしー!」

「おかわり! サハジさん、おかわり!」


「うるせえな! 味わって食え、味オンチどもが!」


 サハジは憎まれ口を叩きながらも、すぐに追加の肉をフライパンに放り込んだ。彼の料理はただ美味いだけではない。食べる者の体調や疲労を考慮し、最適な栄養バランスで構成されている。


「……ケッ。あいつとの約束だからな。面倒くせえが」


 サハジは小さく呟いた。アルヴィンに雇われた時の契約。そして、「子供たちを頼む」と言われた時の主の目。口では悪態をつきつつも、彼は約束を律儀に守っていた。最高のコンディションを維持させてやるのが、彼の隠れた優しさでありプライドだった。


「あいつが帰ってきた時に、ヒョロヒョロのままじゃ俺の料理が疑われるからな。食ったらさっさと皿を洗えよ」


 そんな賑やかな食堂の様子を、少し離れた場所から見守る二人の少年の姿があった。年長組のリーダーであるドランと、サブリーダーのザックだ。


「……あいつら、また強くなってやがるな。特にロリーナとギルの食いっぷりは化け物だ」


 ドランが苦笑する。年長者として皆をまとめる彼は、弟分たちの成長を誰よりも喜んでいた。


「ああ。ロリーナやセインの才能は特別だ。放っておいても強くなる」


 ザックが静かに頷く。剣の腕も立つ彼は、自分より才能のある年下たちがいても腐ることなく、彼らが道を外れないように見守る兄としての役割に徹していた。


「俺たちの役目は、あいつらが安心して暴れられる場所を守ることだな」

「違いない。あいつが作ったこの場所を、俺たちが支えるんだ」


 二人は突出した才能ではロリーナたちに及ばないかもしれない。だが、このコジインという組織を回し、小さな子供たちの面倒を見ているのは間違いなく彼らだ。喧嘩の仲裁、下の子の世話、掃除の割り振りから施設の修繕まで、彼らが裏で動いているからこそ、天才たちはその才能を伸ばすことだけに集中できる。


「よし、食ったら風呂の準備だ。小さい連中を洗ってやらなきゃな」

「ああ、行こう」


 二人は背中を叩き合い、それぞれの仕事へと戻っていった。突出した才能を持つ者と、それを支える地道な者。アルヴィンがいない間も、彼らは互いに補い合い、たくましく根を張り続けていた。


 遠く離れた空の下にいる主が、いつ帰ってきても胸を張って迎えられるように。アケニースの地は、今日も熱く、力強く鼓動していた。




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