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キングスレイヤー真  作者:


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104/140

104. 決意の分岐点と、賢すぎた暴れ馬

 レーマネの朝は早い。

 だが、今の俺にとってはその早さすらもどかしかった。


「……急ぐぞ。スピディ準備しろ」


 宿の一室。俺はベッドに横たわる三人の子供たち――ムルミ、ホスマル、デリスを見下ろしながら、焦りを隠せずにいた。


 彼らは昨夜からピクリとも動かない。呼吸はしているが、その瞳はガラス玉のように虚ろだ。クサレッタの呪縛がどれほど深く根を下ろしているのか、今の俺には判断がつかない。


一刻も早く、解呪の手がかりがあるかもしれないポルム教国へ、システムの元へ向かわなければならない。


「スピディ、馬車の点検はどうだ!」

「やってやすが、荷物の積み込みがまだでさぁ! 人手が足りねえ!」


 俺は食堂にいる仲間たちに声を張り上げた。


「ジョバーブン、メイガン、ダガン! 準備を手伝ってくれ! 食料と水の積み込みだ。最小限でいい、とにかく急ぎたいんだ!」


 俺の呼びかけに、三人が顔を見合わせた。

 重苦しい沈黙が流れる。

 最初に口を開いたのは、女剣士のメイガンだった。



「アルヴィン、俺はここに残る」


 メイガンは腰の剣を強く握りしめた。その目には、いつもの勝気な光ではなく、苦い悔恨と、燃えるような決意が宿っていた。


「一昨日、あの『トルガ』の男に手も足も出ずに負けた。……強くなるまで、ここを動かない。」


「……そうか」


 俺が頷くと、続いてジョバーブンが手を挙げた。


「俺もだ」


「ジョバーブン、お前もか?」


「ああ。メイガンの言う通りだ。俺もあの男に手玉に取られた。俺もここで剣の腕を磨く。次に会う時までには、もっと使える男になっておくさ」


 彼らもまた、己の未熟さを痛感し、成長を選んだのだ。

 俺は寂しさを飲み込み、納得した。彼らの人生は彼らのものだ。


「わかった。……二人とも、死ぬなよ」


 俺は最後に、巨漢の戦士を見た。


「ダガン、お前はどうする? お前も残って修行か?」


 ダガンは腕を組み、少し考え込んでから首を横に振った。


「いや……俺は行く」


「来てくれるのか!」


「だが、『アインクラ』までだ」


 アインクラ。職人の街であり、以前俺たちが装備を整えた場所だ。


「親父が気になる」


「……助かるよ、ダガン」


 最強の盾がいてくれるだけで心強い。

 そして、最後の一人。優雅に紅茶を啜っている変態紳士に視線を向けた。


「ポショルさん。あんたは同行するってことでいいのか? 準備、手伝ってくれ?」


 ポショルはカップを置き、にこりと微笑んだ。


「もちろん同行しますよ。その子供たちの『呪縛』、医学的見地から非常に興味深い。それにダガン君の筋肉の変化も記録しなければなりませんからね」


「じゃあ、荷運びを……」


「お断りします」


 即答だった。


「私は今、ダガン君の上腕二頭筋が荷物を持つ際の収縮率を観察するのに忙しいのです。労働は君たちの仕事、観察は私の仕事。役割分担ですよ」


 ……まあ、こいつは放っておこう。

 医者がいてくれるだけマシだ。

 マンダルは寝ている、あとで荷物と一緒に積み込めば良い。

 結局、俺とマンダル、スピディ、ポムキン、そしてダガンか。


「よし、やるぞ! 最速で出す!」


 俺たちは慌ただしく荷物をまとめ、表へ飛び出した。

 馬車は裏手に回してある。

 だが――。


 ヒヒィィィィンッ!!

 ガガンッ!!


 凄まじい音と共に、馬車が激しく揺れていた。


「うわあああ! ボ、ボスぅぅ! 助けてくだせぇ! こいつら、全く言うこと聞きません!」


 スピディの悲鳴。

 駆けつけると、馬車に繋ごうとしていた二頭の馬が、完全に制御不能になって暴れていた。

 一頭はテコでも動かない岩のように座り込み、もう一頭は近づくスピディに歯を剥いて噛み付こうとしている。


「どうした! 牧場を出る時は素直だっただろ!」


 俺が駆け寄り、なだめようと手を伸ばす。

 だが、馬たちは俺を一瞥し、鼻を鳴らしただけだった。


(……まさか)


 俺は悟った。

 こいつら、あの時は「処分場から出るため」だけに、猫を被っていたのか。

 自由になった今、人間に従う義理はないとばかりに本性を現しやがった。賢すぎる。


「くそっ……! 普段ならじっくり調教してやるが、今は時間がねえんだよ!」


 今日明日でどうにかなるレベルの気性難ではない。

 このまま連れて行けば、途中でロクなことにならないのは間違いない。


「ポムキン! 無理やり引っ張れ! 牧場へ戻るぞ!」


 ポムキンが無言で頷き、暴れる二頭の手綱を怪力で強引にねじ伏せた。ズルズルと引きずられる馬たち。

 俺たちは時間をロスしながらも、再び牧場へと走った。


          


「ああ、お客さん……やっぱりダメでしたか」


 牧場主の親父さんは、俺たちの姿を見るなり「だから言ったのに」という顔をした。


「代わりの馬が必要なんだ! ……前に俺たちが乗ってきた馬を買い戻したい! あれなら慣れている!」


 俺たちがアケニースから乗ってきたCランクの馬たち。あれなら慣れているし即戦力だ。

 だが、親父さんは困ったように頭をかいた。


「いやぁ、あの馬たちはお客さんが帰った後、すぐに売れてしまいましてね」


「なっ……!?」


 なんてことだ。

 急ぐ時に限って、歯車が噛み合わない。

 まさか、これもクサレッタの呪いか? 俺の運勢が下がっているのか?


 俺は慌てて自分に【見る力】を使った。


【状態:健康】

【幸運:C】


 ……呪われてはいない。ただの不運、あるいは準備不足だ。

 落ち着け。焦るな。

 ここでパニックになれば、余計に時間を食う。


「……わかった。じゃあ、今ここにいる馬の中で一番いいのをくれ。とにかくタフで、言うことを聞くやつだ」


 俺は血走った目で牧場の柵内をスキャンした。

 数百頭の馬。一頭ずつ鑑定していく。D、D、E、C(気性難)、D……。


 そして、見つけた。


【種別:馬(栗毛)】

【速さ:C】

【頑丈:D】

【体力:C】

【気性:忠実】

【能力:運搬】


【種別:馬(芦毛)】

【速さ:C】

【頑丈:C】

【体力:D】

【気性:従順】

【能力:頑丈】


 ステータスは平凡だ。だが、気性が『忠実』と『従順』。さらに能力に『運搬』と『頑丈』がついている。

 これだ。今の俺たちに必要なのは、じゃじゃ馬の爆発力じゃない。確実に目的地へ届ける安定感だ。


「親父さん、こいつらだ! この二頭を買う!」


 俺は即決し、金貨を握らせた。

 そして、引きずってきた二頭の暴れ馬を指差した。


「それと、この二頭は預かってくれ」


「え? 預かる?」


「ああ。1年だ。1年経っても俺か、俺の使いが来なければ処分していい」


 俺はさらに金貨を追加で積んだ。


「これが手間賃と餌代だ。……あと、交配も頼む」


「こ、交配?」


「ああ。こいつらのポテンシャルはある。もし子供ができれば……化けるかもしれない」


 今は使えなくても、未来への投資だ。

 牧場主は金貨の重みにゴクリと喉を鳴らした。


「よ、喜んで預かりますが……交配はお約束できませんよ? 何せこの気性ですから」


「ああ、その辺は理解している。頼む」


 俺は新しい馬の手綱を受け取り、最後に貴族としての顔を作った。


「俺は、アケニース伯爵家三男、アルヴィンだ。何かあればアケニース家へ連絡を頼む」


「はっ、はい! 貴族様でしたか! ご無礼をお許しください!」


 牧場主を恐縮させ、馬の管理を確約させる。

 これで憂いは断ち切った。


「行くぞ! 今度こそ出発だ!」


 新しい馬たちは、俺の指示に従って大人しく馬車に繋がれた。

 御者台にスピディとダガン、荷台にはポショルと子供たち、俺とポムキン。

 あと荷物と化したマンダルだ。

 メイガンとジョバーブンに見送られ、俺たちは砂煙を上げてレーマネを飛び出した。


 目指すはアインクラ、そしてその先にあるポルム教国。

 俺たちの新たな旅が始まった。



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