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キングスレイヤー真  作者:


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101/138

101. 職人の仁義と、巡る黄金

 久々の和食もどきで心も体も満たされた俺は、店を出て大きく伸びをした。


 腹が満ちると、ようやく頭の片隅に追いやられていた用事を思い出す。


「……あ」


「どうしました、ボス?」

 爪楊枝をくわえたスピディが尋ねてくる。


「カイルへの支払いを忘れてた。材料代と、あの突貫工事の作業代だ」


 馬車の改造には相当な木材と鉄を使ったし、何よりマンダルと一緒に徹夜で作業場所を貸してくれたカイルへの礼を欠くわけにはいかない。


「スピディ、ポムキン。お前らも来てくれ。荷物持ちが必要になるかもしれない」


「了解っす! 腹ごなしに付き合いますよ」



 俺たちは連れ立って、カイルの工房へと向かった。


          ◇


 夕暮れ時の工房は、すでに火が落ちて静まり返っていた。


 だが、入り口の扉は少しだけ開いている。


「……邪魔するぞ」


 中に入ると、入り口近くの古びた椅子に、カイルが腕組みをして座っていた。

 まるで、俺たちが来るのを待っていたかのように。


「……やっと来たな」

 カイルは顔を上げ、ニヤリと笑った。


「ああ、すまなかったな。バタバタしてて、金を払うのを忘れてた」


 俺は苦笑しながら歩み寄った。

 本来なら仕事が終わった直後に払うべきだったが、マンダルのダウンやハインツ商会とのゴタゴタですっかり遅くなってしまった。


「いくらだ? 特急料金も含めて、言い値で払うぞ」


 俺が鞄を開こうとすると、カイルは無言で立ち上がり、工房の奥へと入っていった。

 そして戻ってきた彼の手には、小さな革袋が握られていた。


「……ほらよ」

 カイルはそれを俺の胸に押し付けた。


「ん? なんだこれ」


 ずしりとした重み。

 俺は訝しみながら袋の紐を解き、中を覗き込んだ。

 そこには、鈍い光を放つ硬貨が入っていた。


「……白金貨?」


 俺は目を丸くした。

 白金貨一枚。金貨100枚分だ。

 俺が払うならわかるが、なぜカイルが俺に渡す?


「なんでだ? 俺は金を払いに来たんだぞ」


「あんなすげぇもんを見せてもらったんだ。……これでも足りないくらいだ。持っていけ」


 カイルはぶっきらぼうに言った。


「あの馬車……あんな発想、この街のどの職人も思いつかねぇよ。あれを間近で見せられて、図面まで見せてもらったんだ。授業料だと思えば安いもんだ」


 職人としての純粋な敬意。

 細かい理屈ではない。あの馬車が放つ「異質感」と「完成度」に、職人魂が震えたのだ。


「いや、だが……これは俺が好きでやったことだ。金をもらう筋合いじゃ――」


「受け取れ」

 カイルは強い口調で遮った。そして、どこか遠くを見るような目をした。


「……昔、もらったことがあるんだよ」


「え?」


「俺がまだ若かった頃だ。修理屋をやってた俺のところに、とんでもない客が来てな……。俺の腕を見込んでか、ただの気まぐれか知らねぇが、地獄のような労働をさせられたんだ」


 カイルは懐かしむというよりは、苦々しく、しかし楽しそうに笑った。


「徹夜なんて生易しいもんじゃねぇ。設計図通りに部品が仕上がるまで、飯も食わせずに金槌を振るわされた。『出来なきゃ殺す』くらいの勢いでな。……だが、一番恐ろしかったのは、そいつ自身が俺よりも働いていたことだ」


 カイルの瞳に、当時の熱狂が蘇る。


「俺が倒れそうになっても、そいつは止まらなかった。鬼気迫る形相で、鉄を叩き、木を削り続けた。……で、死ぬ気でやり遂げた時、そいつは笑って白金貨を一枚投げて寄越しやがった」


「……ほう」


「『これでさらに働け』ってな」


「……さらに?」


「ああ。終わりじゃなかったんだ。その金でさらに良い材料を買わされて、そこからさらに作業させられた。俺もそいつも、信じられないくらい働いた。……そして、信じられない馬車が出来上がったんだ」


 カイルは俺を見た。


「お前を見てると、あの時のクソ野郎を思い出すんだよ。無茶苦茶で、強引で、でも作るもんには妥協しねぇ。……だから、これはお前にやる。こいつはそういう『呪いの金貨』だと思って持っていけ」


 俺は袋の中の白金貨を見つめ、口元を緩めた。


(……ああ、やっぱり覚えていたか)


 実を言えば、俺はこの街に「カイル」という名の凄腕の職人がいると聞いた時から、今回の改造はこいつに頼むと決めていたのだ。

 数十年前に俺が出会った、半泣きになりながらも俺の無茶ぶりに食らいついてきた、あの根性のある若造。

 彼が今もいると知って、こいつとなら、またあの時のように馬鹿げた物作りができると思ったからこそ、俺は迷わずこの工房の戸を叩いたのだ。


 自分が蒔いた種が、こんなに立派な職人になって、しかも「技術への対価」としてその実を返してくるとは。

 俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「……フッ、なるほどな。確かに『呪い』かもしれん」


 俺は革袋の紐を締め、しっかりと握りしめた。

 かつての俺が投げた白金貨。それが職人の腕と魂を育て、長い時を経て、今の俺の元に帰ってきた。


「ありがたく受け取っておく。この金は、次の『無茶』のために使わせてもらうよ」


「おう。また変なもん作りたくなったら来いよ。いつでも場所くらい貸してやるからな」


 俺たちは短く笑い合い、拳を軽く突き合わせた。

 ハインツ商会との泥沼の交渉とは違う、鉄と油と、男の根性が染み付いた清々しい取引だった。


「行くぞ、スピディ、ポムキン」

「へいへい」



 俺は軽くなった足取りで工房を出て、仲間たちと共に夜の街へと歩き出した。




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