【呪術】の末路
「ぜぇッ、ぜぇッ……『ふざ』ッ、ケンな……代闘者『どもめ』……ッ! なンダッ、『あの滅茶』苦茶な強さはッ……くソッ……く、そ……『ッ』!」
真っ二つに切り裂かれた天龍が墜落した、そこは、『守護国』の領域に限りなく近い林道。
その狭い道の真ん中を、もはや原型を留めていないドロドロとした黒い物体が、這いずるように進んでいた。
すると……突如、その物体の前に翼を持った二人の人物、ラゥ・コードとロノウェルスが降り立つ。
「────それが【呪術】の代償というわけか、『イミュテリエル』」
「オ前ッ、『は』……ッ! 天族の『代闘者』ッ……ラゥ・コードか……ッ!?」
イミュテリエル。
彼の変わり果てた姿を見下ろすロノウェルスは、あくまで冷めた目付きで、冷静な分析を始める。
「──『他者の力と姿を奪う能力』。【具念】と同等程度の巨大な力ではありますが……その代償として、こいつは自らの本当の姿を捨てた。あの魔女の言う通り、こいつは既に、こいつ自身のことが分からなくなっているようですね」
「──『俺』が、ワタシ自『身の』ことをッ、『分』からなく『なって』いるだと……? 馬鹿なッ、ことを言うな……ッ! 見ろッ! これが『俺』だッ! これが私だッ! これがわたくしだッ! これがッ、これがッ、これがッ、これがぁぁぁぁァァァァァァッッ!!」
グチャグチャと気味悪い音を立てながら、人なのか、動物なのか、よく分からない形に、一切安定することなく変化し続ける。
そこにはもはや、理性という人の力は残されていなかった。
「──完全に、壊れている。お姉様、こいつはもう……」
「どうして人は、『あの力』にこんなにも惹かれる……?」
「お姉様?」
「独り言だ、気にするな。この男は天族に連れ帰るぞ。経過観察を続ければ、【呪術】の正体が分かるかも知れない」
「……はい。分かりました」
ロノウェルスが小さく頷いて、イミュテリエルに手を伸ばした……その時だった。
「────即ち。弱者には扱い切れない、【禁忌の術】という訳デスな」
そんな曇った声が辺りに響いたと思ったら、突如、空から一筋の光が降り注ぎ……。
地面で蠢いていたイミュテリエルの身体を────一本の剣が貫いた。
「──ッ!?」
「ぎッ、ギ『ぎ』ぎぃ……ッ!?」
続けて、イミュテリエルを挟んで反対側に、一人の人物が何処からともなく降り立った。
丁重に着こなされた燕尾服に、顔面を刺々しいフルフェイスの鎧兜で覆い隠した、謎の人物は……丁寧な言葉遣いで毒を吐き始める。
「『リダウト王国』と戦争するきっかけを作ってくれるかと期待していたのデスが……『天族』も、存外大したことはありませんデスねぇ」
「なッ……な、なな………な……ン……『で』………………ッ?」
「────『役立たずは用済み』。これは、我らが『盟主』の御言葉デスぞ」
「…………ぐ……ッゾ……ォッッ……ざッ、けんなッ……ァァァァァぁああああ……ッッ!!」
今の一撃は、致命傷にならなかったか……。
イミュテリエルは、とてつもない憤怒の感情を剥き出しにして、剣が刺さったまま、無理矢理立ち上がろうとした。
────次の瞬間。
「────キヒッ」
上空から別の人影が、容赦なく彼の身体の上に飛び降り……そのあまりの衝撃に、彼は悲痛な叫びを上げる。
「──ぎゃぁぁぁッッ!?」
「キヒッ、ハヒッ……『メシ』? ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒヒヒッ────『イタダキマァス』ッ」
頭から足先まで、ほつれた包帯でぐるぐる巻きになった謎の人物。その登頂部には『角』らしきモノが生えており、腰が大きく曲がっていて、まるで獣のような体勢をしている。
足元で呻くイミュテリエルを、その鈍くも鋭い眼光で見定めた瞬間。
グパァッと、包帯を裂きながら大口を開け、人よりも発達した八重歯を見せつけると……。
「まッ、て……や……メロッ……やめろぉぉぉォォォォォぉぉああああアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
なんの躊躇もなく────その首筋に、かぶりつく。
目の前で痛々しい悲鳴をあげているにも関わらず、角を持つ人物は一切気にする様子もなく……。
血飛沫と肉片を撒き散らしながら……。
────イミュテリエルの首を食い千切ってしまった。
あまりにも猟奇的な行為を前に、流石のロノウェルスも唖然としていたが、直ぐに正気に返ってそれを止めようとする。
「なに、やって……ッ? オイッ、辞めろッ!!」
「──待て」
しかし、ラゥ・コードが手を出して、彼女を制止させた。
「ですが御姉様っ!」
「────この二人、ただ者ではない。安易に突っ込むな」
「これはこれは。天下の代闘者様にそう言って頂けるなんて、身に余る光栄デスねぇ」
互いに牽制をし合い、助けに入ることが出来ない。
角の人物に喰らい尽くされ、全身がグチャグチャになったイミュテリエルは……そのまま、地面に溶けるように……。
あまりにも呆気なく────形も残さずに、消滅してしまうのだった。
そして、そこに残留した『黒いモヤ』のようなモノが、燕尾服の男の手中に収まっていくと、彼は満足げに頷いた。
「ふむふむぅ。これにて、目的は果たしましたデスねぇ」
「まさかお前たちも、イミュテリエルと同じ……『ナビード』の『序列持ち』か?」
「──左様。ワタシは、バカでうつけなフール男爵。ナビードにおいては『二十一番目』、こちらの角のご令嬢は『八番目』と呼ばれておりマス。どうぞ、お見知りおきを」
「『二十一番目』と、『八番目』……?」
「皆様が理解する必要はないかと思われマスよ。それでは、ワタシたちはこれにて……」
早々にその場から立ち去ろうとしたフール男爵とやらよ背中へ、ロノウェルスが、敵対心を剥き出しにして強い言葉を投げ掛ける。
「待て、ナビード。目の前で『同族』を、こんな無惨に殺されて────みすみす逃がすと思っているのか?」
「オォ、怖い怖い。まぁ、させてくれないのでしょうねぇ。デスが……」
イミュテリエルを食い散らかした『八番目』が、血と涎が混じりあった液体を口から垂れ流しながら、ラゥとロノウェルスの前に立ち塞がった。
その姿は、まさに獰猛な獣……。
いいや、得体の知れない『何か』だ。
「──代ッ、闘者ッ……代闘者ッ……ヒヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒ……ッ!!」
「──!」
「こいつ……ッ」
「ふむぅ。どうやら麗しき代闘者様を前にして、感情が抑え切れないご様子。いやはや、困りました。『彼女』が一度興奮し出すと、わたしの言葉になど一切耳を貸してくれないのデスよ」
白々しい発言だ、最初から止めるつもりなど無いくせに……。
果たして人としての理性が働いているのか、それは不明だが……ラゥ・コードを相手に、怖じけもせずに、正面切って襲い掛かろうとしている胆力は、もはや異常の域だ。
その佇まいも、その自信も……明らかに、普通ではない。
異様な空気感を察したロノウェルスは、固唾を飲んで、次に起こる動きを見定めていた。
そこへ……。
「────どうやら、狂気的にまでに血気盛んなお方がいるみたいですねぇ?」
────更なる『狂気』が乱入した。
ナビードを挟んで反対側の道から、ゆっくりと歩いてきた『二人組』に、天族側も驚いた様子で目を見張る。
「オーっ……これはこれは……」
「──『魔族の代闘者』と、『魔王ガウス』……ッ!?」
「誰かと思えば、『天族の堕天使』か……ふん、『天上戦争』以来よな、忌々しい」
『天族』と『魔族』。
ただならぬ因縁を感じさせる両者のにらみ合いの最中……現時点で、最も爆発的な存在感を放つ『二人』が、静かに、静かに、言葉を交わし始めた。
「──何用だ、ミオ」
「──水臭いじゃないですか、ラゥさま」
「何のことだ」
「こんなに面白そうなことを、たった一人で楽しもうとするだなんて」
「この状況下で、楽しむ、なんて感情を持ったつもりはない」
「ふふっ。私も混ぜて下さいよ。ラゥさまも、一緒に────骨の髄まで楽しませてあげますから」
「今は辞めておけ、ミオ────お前もついでに消し飛ばすぞ」
次の瞬間。
ラゥ・コードが、カッと目を見開き……。
ミオが、ニヤリと悪魔染みた深い笑みを浮かべ……。
両者の発する、並外れた気迫が────激しく拮抗する。
その睨み合いだけで、木々は怯えた様子で揺れ始め……風は逃げ出すように吹き荒れ……まるで、暴風雨のような異常気象が起こり始めた。
「──ッ!?」
「ぐ……ッ!?」
あまりにも突然の出来事により、ロノウェルスにもガウスにも動揺が走る。
一方。
両者に挟まれ、その気迫を正面から受けていたナビードの二人も、かなり気圧された様子で身構えていたが……。
「──いやはや、これは……本当に、怖い方々デスねぇ」
「キヒ……ッ!」
「まぁ……流石に、代闘者様が二人も相手では少々こちらの分が悪い。さっさと退散させてもらいまショウか」
「──逃がすかッ!!」
ナビードの逃亡を察知したロノウェルスが、大きく翼を広げ、飛翔するように一気に距離を詰め寄る。
しかし。
「──全ては、我らが『盟主』の意のままに」
「──! 『盟主』……?」
「『六種族の皆様』、そして『代闘者様』。いずれまた必ず、我らは、何処かで相まみえることでショウ────その時まで、ご機嫌よう」
ナビードの二人組は最後まで、慌てず、騒がす……。
まるで風景に溶けるように、その場から、完全に姿を消してしまうのだった。
「チッ、逃がした……っ」
「あらら、残念ですね。折角、面白いことになりそうでしたのに」
「あまり余計な茶々を入れてくれるな、ミオ」
「余計だなんて。わたしにとっては、自分の命よりも大切なことなんですよ────ラゥさまと、本気で殺り合うことは」
「まるで獰猛な獣だな、お前は」
「ふふっ。わたしは、そんなに気高い存在ではありませんよ。もっと、卑しくて、汚れていて……どうしようもない存在なのですから……ふふっ、ふふふふっ」
そう言って笑いながら、ミオはガウスと共に背を向けて立ち去っていった。
その不気味な後ろ姿を眺めていたラゥは、何処か複雑そうな面持ちを浮かべて、一つ、深い溜め息を漏らすのだった。
「……どいつもこいつも、厄介者どもめ……」
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