遺恨から解放される時
次の瞬間。
オームが手中に【真器】の剣を顕現させ、エルマの【妖刀】とぶつかり合わせると……。
────その衝撃で、嵐のような爆風が巻き起こった。
「──きゃぁぁぁぁぁっ!?」
同時に、オームの剣が木っ端微塵に粉砕し、その破片が辺りに飛び散ってしまうが……彼は透かさず、正面へと剣の大群を射出。
しかし。
エルマは後ろに翔び跳ねながら、【妖刀】を一撃薙ぎっただけでそれを一掃する。
「──ほぉっ、流石にやってくれるっ」
「ぐ……ッ!? な、なんでッ……どうして……ッ!?」
「まさか、まだ俺たちのことを────『味方』だとでも思っているのか? 『妖族』の俺たちを?」
「──ッ!!」
すると。
遥か上空から彼の真後ろに────黒い翼を広げて一つの人影が降り立った。
更に、『天狗』の面を被ったその人物の肩から、一匹の猫らしきモノが飛び降りると────みるみる内に、巨大化。
まさに、『化け猫』と呼ぶべき怪物が、恐ろしい形相でこちらを睨み付けてきた。
先程まで共闘していた筈の『妖族』が、明確な敵意を剥き出しにして……。
「邪魔者は消し去った。後は、お前たちさえ倒せば────リダウト王国は、『妖族』の元に陥落することになる」
「な……ッ!?」
その場にいる全ての民衆へ聞こえるように発した────妖族の代闘者による、恐怖の『征服宣言』。
まさか……最初から、そのつもりで『共闘』をするフリをしていた、とでもいうのか……!?
ここには、今、リダウト王国に住まう全ての人々の目がある。つまり、彼らにとっては、絶好の証明の場になる訳だ。国民の前で、その圧倒的な力を見せ付ければ……彼らは、『妖族』とその代闘者に屈服せざるを得なくなる。
それを実現するだけの異次元な強さを────あの男は、間違いなく持っている。
「えっと……リダウト王国の弱き民衆たちよ、しかとその身に刻み込むがいい。大衆に紛れ、現実から目を逸らし続ける限り────お前たちには、永遠に平穏など訪れないことを」
「──やッ、めろ……ッ!!」
エルマが、手にした【妖刀】を横に振り絞った。
あれが水平に振るわれる先には、多くの民衆が立っている……。
あの一撃が放たれるだけで、とてつもない数の犠牲者が出てしまう……。
そこへ飛び込んでいったら、自らの命も危ない……。
しかし。
気付けば身体の怠惰感を無視して、駆け出していた。
圧倒的な強者の愚行を止める為に、無謀としか思えない行為に、自身の身を投げ出した。
その時。
視界の端に、もう一人────私よりも、ほんの少し早く動いた、『小さな人影』が映る。
「──ふっ」
まるで、全てを見越していたかのように、オームが腕を組みながら口角を上げた。
直後。
容赦のない『死』を撒き散らそうとしたエルマの懐に、何の躊躇もなく小さな人影が入り込み────その腹へ、小さな小さな拳を叩き込んだ。
「────!」
まったく、効いている様子はない。
だが、その瞬間、エルマは【妖刀】を振るう手をピタリと止め……目の前に立ち塞がった、小さな『幼女』をギロリと見下ろす。
彼女は……異端協会や、王族でもない。
薄汚れたみすぼらしい格好をした、町の裏路地で貧しい暮らしをしている、まったくの『無名』の人物。リダウト王国において、底辺の中の底辺に位置する少女が────ただ一人、代闘者へ向けて、国民の意志を代弁してみせたのである。
「────このくにから、でていけ」
エルマは、何も答えない。
その代わりに、一度少女と目を合わせてから……静かに目を閉じて、ゆっくりと反転。
「──ここまでで、御座いますか?」
「あぁ、退散するか」
「承知致しました」
それを見た天狗が、彼と化け猫を、その大きな黒い翼で包み込むと……。
────一際強い突風を巻き起こしながら、その場から消え去ってしまうのだった。
「──はぁ~、なるほどねぇ。『そういうこと』かぁ。英雄さんは本当に人が悪いなぁ」
「イブキ……?」
「最後、一緒に戦えて嬉しかったよぉ、ニリアン。また、きっと何処かで会おうねぇ────ばいばぁい」
そう言って、ヒラヒラと手を振るイブキも、満足げな笑みを浮かべながら……自身の周囲に漂わせる、薄紅色の霧の中へと姿を消していくのだった。
おかしい……。
明らかに、引き様がアッサリとし過ぎている……。
そんな疑問が沸き上がる中、ペタンッと尻餅をついた幼女の頭を撫でるオームが、セオドーラに目配せをした。
すると、彼女は驚いたように目を見開いてから、民衆に向かって声を張り上げた。
「────今っ! この地に根付く脅威は全て消え去りました!」
「──っ!」
「しかし、これは終わりではありません。世界は、依然として困難と危機に満ち溢れている……わたくしたちは、この世界で生き続ける限り、それらに翻弄されることになるでしょう」
民衆は皆、無言になってセオドーラの演説に聞き入っていた。
これまでのことを考えると、リダウト王家の彼女へと罵詈雑言を投げ掛けてもおかしくない。
しかし、それでも……まるで魔法に掛かったかのように、静かに彼女の演説に耳を傾けているのは────きっと、彼らの意識の変化によるモノだろう。
「この激動の時代を生き抜く為には、個々が前に踏み出すしかありません。そう、今こそわたくしたちは、己が足で立つことを思い出すべきです────その幼き身一つで代闘者に立ち向かった、小さくも果敢な勇者のようにっ!!」
「……!」
歓声も無ければ、拍手が巻き起こることもない。
ただ……空気が、変わった。
セオドーラの演説を聞いた民衆の誰もが……今までとは異なり、何かを決意するような強い表情を浮かべ始めていたのだ。
なる、ほど────『ここ』が、本当の『終わり』、か。
それを目の当たりにした瞬間。
途端に全身の力が抜けていって……私は、その場でペタンと腰を落としてしまう。
「……………は、ぁっ……なんか、一気に肩の荷が下りた気がする…………疲れた……」
腕は真っ黒に染まって悲惨なことになっているが……幸いにも、まだ動く。
この程度の損傷なら、きっと直ぐに治せるだろう。
そこへ、私の隣にオームが立ち、演説中のセオドーラを眺めながら声を掛けてきた。
「──お手柄だったな、ニリアン」
「それ、嫌味? 事態を抑えたのは、あんたら代闘者と、あのちっさい勇者でしょ? セオも、本当は誰より辛い筈なのに、あんな迫力のある演説をして、皆の顔つきを変えちゃった。それなのに私は、ただ……最後まで、あの『代弁者』に翻弄されていただけ……はぁ、なっさけなぁ……」
自分の無力感に苛まれるように、思わず、深いため息を一つ。
すると、隣のオームが何の脈絡もなく、私の頭にとんがり帽子を被せながらこう切り出した。
「──情けなくなどあるものか」
「わぷ……っ! な、なにすんのよ急に……」
「お前の持つ『反逆心』が無ければ、とうの昔に、リダウト王国は陥落していただろう。最初から、最後まで、この王国の命を瀬戸際で繋ぎ止めていたのは────紛れもなく、お前の存在があったからだ」
「──!」
その時、私は……確かに見た。
私たちの周りに、見覚えのある顔ぶれが並び、私のことを見下ろしている。
彼らは優しい笑顔を浮かべながら、私に寄り添い、私を抱き寄せて、私の頭を撫でて……まるで、私のことを称えるように、慰めるように、懐かしい温もりを与えてくれていたのだ。
それを実感した瞬間────不意に、目尻が熱くなってきた。
「『彼ら』の意志を、俺様が代弁しよう────『この国を守ってくれてありがとう、ニリアン』」
あぁ……そう、か……。
こんな……こんな私でも……彼らの、『異端協会』の遺志を、汲むことが出来たのだろうか……。
そう、だとしたら……。
「……………………ぅ゛ん……っ」
────頑張って、良かった。
私は、今は亡き家族の温もりに包まれながら……。
彼らが遺した帽子を、両手でぎゅっと握り締めて……。
全ての遺恨から解放されるように────ボロボロと、止めどなく涙を流し続けるのだった。
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