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 「待たせたな」



 身体が……動かない……。


 だが……辛うじて、生きている……。


 情けない話だ……『地龍イヴェヌス』だかに、ただ『踏み潰された』だけで、この様だ……。


 力も、勢力も、図体も……何もかもが、桁違い。


 そんなヤツが、『地龍』だけでなく、『天龍』、『海龍』……計三体も、現れてしまった。


 たった一体の『歩行』を止めようとしただけで、この様なのに……今更、三体の伝説をどうにか出来るなんて……そんな無鉄砲で愚かなだけの思考は、流石に持ち合わせていない。



 ────本当に、情けない……役立たずにも、程がある……。



 そんなワレの息の根を確実に止める魂胆なのか……頭上に、再び何処からともなく大量の岩石が集まっていく。


 それらは、『拳』に形を変え、真っ直ぐにワレへと狙いを定めていた。


 もう、【妖力】を捻り出す気力も無い。


 次、あれに押し潰されたら……今度こそ……。


「…………ご、め……ん…………やっ……ぱ、り…………ダメ、だった、よ…………ごめ、んッ……ごめん、ねッ…………エル、マ……ッ」


 偉そうに「自分でやる」なんて宣言しておいて……結局、この様だ。


 自分の弱さと無力感ばかりが、ワレの胸を突き刺してきて……何も考えられなくなる。


 しかし、時は待ってくれない。



 宙に浮遊する地龍の拳は────容赦なく、落下してきた。



 下された勝負の判決に、ワレは、何もすることも出来ず……ただ、黙って……それを、受け入れて………………。



「────なんで、謝る必要があるんだ?」



 その時だった。


 そんな疑問が投げ掛けられると共に……突如、一つの人影が視界に割り込んだ。


「……………………ぇ……」


 この冷めた声色……この大きな後ろ姿……。


 そして。


 あの地龍の拳を────片手だけで、悠々と受け止める豪腕。


 あの時の言葉……「いつでも呼べ、直ぐに駆け付ける」と、言ってくれたように……。



 本当に、助けに来てくれた────我らの、『英雄』が。



 『彼』は、それを受け止めた手を強く握り締めると────地龍の拳を、木っ端微塵に粉砕してみせた。


「──もっと、自分を誇るべきだ。お前たちはちゃんと、乗り越えるべきモノを『乗り越えた』んだから」


 荒み掛けていたワレの心を、浄化するかのように……彼の諭すように投げ掛けてくれた言葉が、胸にジワリと浸透してくる。


 思わず夢中になって身体を起こそうとするのを、彼は優しく支え起こしてくれる。


「………………ほん、と……? もっと、誇っても、いいの……?」

「当たり前だ。むしろ、お前たちの頑張りのお蔭で、こうして『戻って来れた』。それを誇れなくてどうするんだ」


 無駄じゃなかったと、言ってくれるのか……。


 頑張ったと、認めてくれるのか……。


 安心感と、幸福感と、嬉しさと……色々な感情の奔流に、遂には耐え切れなくなって────ボロボロと、涙が溢れ出てきてしまった。


「…………あり、がと……ありがとぉ────エルマぁ……ッッ」


 湊本エルマは、ワレの瞳を見ながら、小さくもしっかりと頷く。


 そして、ワレの身体を軽々と抱き上げると、クレーターから身軽に飛び上がりながら、こんなことを教えてくれる。


「それに、助かったのは────『俺だけじゃない』からな」


 そこで、ワレらが目にしたのは……衝撃的な光景だった。







─※─※─※─※─※─※─※─※─







 ────何故この俺様が、かつての世界で『王』と呼ばれていたのか?


 知りたいか? 知りたいのか?


 ハッハッハッ! 良いだろうっ、この知りたがり屋めっ! そこまで言うなら教えてやろうではないかっ!


「──いや。別にどうでもいいし、研究の邪魔だから出てってくれない? ってか、知りたがり屋って何よ、はっ倒すわよ」


 かつての俺様は、まさに王の中の王だった。


 『唯一無二なる稀代の王』、『世界統一の覇者』として……他国の王族も、貴族も、そして民たちも、老若男女全ての者たちが、この俺様のことを称え、崇拝していたモノだ。


 ハッハッハッ!


 いやはや、我ながら見事なまでに『王』たる人生だったっ!

 

「あー、はいはい。要は、自分は偉大な王様だっていう自慢話でしょ? そんなの考えなくても想像つくわよ。だってあんたは『代闘者』、異世界の英雄様だものね」


 おいおい、何を言っているのだ。


 俺様は『王』の話をしているのであって、自分自身の自慢をしていたつもりはないぞ?


「……なに言ってんの、あんた?」


 『王』とは、『民』を統べ、導く存在。


 故に、『民』無くして、『王』は存在し得ない。


 『王』在るべくして『民』が在り、『民』在るべくして『王』が在るもの。


 即ち、両者を切り離して、その真意を問うことは出来ない。


 つまり。


 俺様が『王』として君臨し続けられたのは、我が『同士』の、我が『友』の、我が『民』の……全ては、彼らの功績なのだ。


 彼らがあってこそ────俺様が居た。


 その事実だけは、どうあっても曲げるつもりはないのだよ。


「…………ほんっと、相変わらず。杜撰なのか、聡明なのか、とことんまで分かり辛い『王様』ね、あんたって奴は」


 そんな理解不明な『王』に頼るのは怖いかぁ?


「私を、絶望の淵から助け出してくれたことには、まぁ、感謝はしている────だけど、何もかもをあんたに頼るつもりなんか無いから」


 ほう?


「あんたが凄い奴だってことは、もう理解している。頼ることは簡単よ、助けて貰うことも簡単よ……だけど、それじゃあ……あんたが居なくなった時は、どうするの? 何も出来ずに、部屋の隅で縮こまっているだけじゃ……今までと同じ。結局、何も変えられないわ」


 何も変えられない、か……。


 出会った頃のお前が、まさにそれだったかも知れんな?


「だから。私は私なりに、目の前の事態を解決出来るだけの強さと力を手に入れるわ。いつの日か────あんたなんて、『要らねぇ』って、蹴っ飛ばすことが出来るくらいにね」


 ……。


 …………。


 ………………くくっ。


 ────ハーーハッハッハッッ!


 いいぞ……それでこそ、俺様が見込み、選んだだけのことはある!


「はぁ? 『選んだ』って……なに、突然?」


 お前ならば、その身で証明してくれると確信しているのだよ。


 例え、『王』たる俺様に頼らずとも……お前は、お前の意志で、あらゆる困難に立ち向かっていける。


 それだけの胆力を、それだけの明哲さを、それだけの気高い美しさを────既に、お前は持っているのだからな。


「…………美しさ、って関係なくない?」


 ゴホンッ、実を言うとな。


 前世の人生に悔いがある訳ではないのだが、一つだけ心残りがあるのだ。


「心残り?」


 『王』たる責務に夢中になる余り、跡継ぎを作ることをすっかり忘れていてなぁ。


 次代の王は、信頼する者に託したから心配はないものの……俺様の偉大な血筋が、俺様の代で綺麗さっぱり途絶えることになったのだよ!


 それを聞いた時の家臣のドン引きした顔が、今も目に浮かぶわ!


 ハッハッハッハッ、アーーハッハッハッハッ!


 はー、ウケる。


「ウケてんじゃないわよ、あんた馬ッ鹿じゃないのマジで」


 そこでだ、ニリアン。


 お前に一つ提案、ではなくてだ……折り入って、お願いがある。


「この流れでお願いって、何よ?」


 言ったであろう────『選んだ』、と。


 こんなにも強く気高く生きるお前のことが、俺様は心の底から気に入った。


 

 ────俺の子を産め、ニリアン。



 あの時に出来なかったことを、お前と成し遂げてみたくなったのでな。


「遠回しに言って────死ねッッ」


 オイオイ、心の底から嫌そうな顔をするではないか。


 くくっ……尚のこと、気に入ったぞ?







─※─※─※─※─※─※─※─※─







「────前線を引き、陰で見守っていた甲斐があったものですね」

「ぁ……?」


 ポンッと、私の肩に手を置いてから前に出てきたのは……何処かで見覚えがある、年老いた年配男性。


 三体の『大いなる意志』が一堂に会した絶望的な光景を前にして、その老人は一切狼狽えもせずに、私たちの前でそれを見上げながら語り始めた。


「絶望にも挫けず、ひたすらに希望を貫き通し……そして、遂には自らの力で諸悪の根元を打ち倒した。その奮闘ぶりはまさに、あの時、お前が宣言した通りの姿だったな」


 不思議と、その萎れた声色は……言葉を続ける度に若々しくなっていく。


 更に、老人らしく曲がった腰が、ゆっくりと真っ直ぐに正していったと思ったら……その外見が、みるみる内に『若返っていった』。


 これまで、ずっと、『宿敵』として対峙していた────『彼』の姿へと。


「………………ぅ……そ……」


 思わず、唇を震わせながら、そんな呟きを漏らしていた。


 そして。


 『彼』は、自らの存在を主張するように、大きく両腕を横へ広げて、こう宣言したのだ。


「これで、確信した。この世界と、そこで生きるお前たちは────俺様が、『人族の代闘者』として闘い、守るだけの価値があると」

 

 すると、『彼』はこちらへ振り返り、軽く手を振りながら、『相変わらず』の傲慢な口調で声を掛けてきたのだ。


「────待たせたな、ニリアン。随分と長い間留守にしてしまったが、俺様が居なくて寂しくなかったか?」


 間違いない────『本物』だ。


 イミュテリエルの被った『偽物』ではない……まさしく、『本物』の『人族の代闘者』……。



 ────オーム、その人だった。



 久方ぶりに、彼を見た途端……。


 私は、胸の奥底から沸き上がってきた熱い感情に促されるままに、大声を張り上げていた。


「────誰が寂しがるかッッ!!」

「うむうむっ。それだけ元気ならば、大丈夫そうだ────心配かけたな」

「──ッ! 心配なんか、していないわよ……するわけないじゃない、馬鹿……ッ」


 そう言って、彼は私の元に寄り添ってくると、優しく頭を撫でてくる。


 この異常なまでの距離感の近さ、軽い口調からの優しい言葉への落差……。


 あぁ、もう……相変わらず、キモい……。


 本当に、久し振りだ……この温かい感じは……。


「──横からすまん。積もる話もあるだろうが、今は目の前の問題に集中しないか?」


 そう言って声を掛けてきたのは、イブキを抱いてやって来た湊本エルマだった。


 彼はイブキを私の隣に下ろしながら、オームの隣に立つ。


 『代闘者』と『代闘者』が……同じ方向を向いて、そこに立ったのだ。


「まさかとは思うが、『物の怪』のくせしてビビっているなんて言わんよなぁ、エルマちゃん?」

「ビビっているというか、圧倒されてはいるな。そっちこそずっと老人の姿になってて、『王』としての覇気が薄れているんじゃないのか?」

「『王』たるもの、若かろうが老いてようが、象徴で在り続けなければならない────即ち、俺様は常に最高潮なのだよっ!」

「【具念】取られて裏に引っ込んでいたくせに……」

「ハッハッハッ! ジジィ生活も悪いものではなかったぞぉっ?」


 これが……代闘者同士の会話……?


 二人肩を並べて、絶体絶命のピンチに陥っているとは思えないくらいに、気軽な会話を交わしている。


 そんな空気を読めない態度に苛立ちを覚えたのか……。


「────シュゥゥゥ……ッ!!」

「────キュォォオォォ……ッ!!」

「────ゴルルルォォォォッッ!!」


 圧倒的な存在感を放つ三体の龍が、二人に向かって威嚇のような咆哮を放った。


 その勢いは、大地を揺るがし、獰猛な突風を巻き起こす。


 人々はそれだけで恐れおののき、顔を真っ青にして怯え始めてしまう。


 しかし。


 先頭に立つ、二人の代闘者だけは違った。



「「────うるさいぞ、トカゲ共が」」



 意に介することも無い。


 ただ、それを騒音と捉え、鬱陶しそうにそう呟くと……。


 振り向きざまに、エルマはその手に顕現させた『刀』を振るい、オームはその手から『何か』を投擲。


 次の瞬間。


 半壊したリダウト城の背後に居た『地龍』が……。



 ────首を斬り飛ばされ、その顔面が、木っ端微塵に粉砕してしまった。



 そう。


 私たちをあっさり壊滅状態に陥れた『地龍』を────ほんの一息で、沈めてしまったのだ。


「──まずは一体、っと」

「──図体のデカイ奴が、実は柔いってのは常套よなぁ?」

「ぇ……」

「「「────えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!?」」」


 あぁ……そうか……『こういうこと』なのか。


 これこそが……『本物』なのか。


 彼らの、何気無い一挙一動が……圧倒的な絶望に、圧倒的な力で奮闘する背中姿が……私たちを奮い立たせ、絶望に瀕した心を救い上げてくれる……。



 ────まさに、『英雄』たる姿だった。



「…………これが…………『英雄』……」

「──すご、ぃ……やっぱり、すご過ぎる……っ」


 人々が目の前で起きた『有り得ない』事態に、驚嘆の声を上げる中で……その事実に気付いた私とイブキは思わず感極まってしまい、溢れ出る感情を堪え切れず……。



 ────人知れず、静かに、涙を溢していた。



 ありがとう、と……。


 助けに来てくれて、ありがとう、と……。


「しかしまったく、実に度し難いことよ……この王たる俺様を見下しつつ、しかも俺様の女に手を出すとは────その愚行、万死に値するぞ?」

「誰が俺様の女よ……」

「『伝説』だか『大いなる意志』だか何だか知らないが……この世界には、今を必死に生きている奴らが沢山居るんだ────過去の亡霊は、とっととご退場願おうか?」

「エルマ……っ」


 妖族の代闘者と人族の代闘者……。


 『物の怪』と『王』……。


 本来ならば決して相容れる筈が無い、異世界最強の『英雄』である二人が……。



 今、レクサトルスにおける────伝説の『三神』に挑もうとしていたのだった。



 決着の時は、近い────。









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