鬼・魔女 ✕ 偽物
「──あ、あれ……今、何が……? いきなり姿が消えて……?」
(セオドーラ……? もしかして、『氷』が見えなかったの……?)
こちらの目には、視界一杯に煌めく氷の破片が飛び散って見えていて……こんな状況なのに、そのあまりの美しさに思わず見とれてしまった位だ。
しかし、冷静に考えれば────かなりえげつない一撃だった。
自分の目の前で【魔術】を生成するのではなく……恐らくは、一度、対象の『体内』に自身の『魔力』を流し込んでいたのだ。そうして、遠隔で【魔術】を発動させ、対象の『身体の内側』に、『氷』の塊を大量に顕現させる。体内で膨張、増幅し続ける氷の圧力に耐えきれず……。
最期には内側から────バーーンッと、木っ端微塵に弾け飛ぶ訳だ。
恐ろし過ぎる……。
鬼ですら真っ青にならざるを得ない所業である。
『なんだッ、何が起きた……ッ? 【魔術】……? いや、「魔力」の気配なんて、何処にも感じなかったぞ……ッ?』
「いいや、今のは【魔術】よ。ただ、少しだけ改良を加えてある……あんたから喰らった【呪術】を応用してね」
肝となるのは、『対象の体内に自身の魔力を流し入れ』、『遠隔で魔術を発動させ』、しかも『その事実を対象者が認識出来ない』……という三点だ。
常識的にこの三点は、『実現不可能』な現象だと考えていい。
どうやって、対象の体内に自身の魔力を流し入れ……どうやって、その事実を対象に認識させずに……どうやって、自身の手から離れた魔力で魔術を発動出来るのか……。
理屈的に説明は出来るものの、そこに如何なる『原理』が働いているのかは……想像すら付かない。
だって、そんな『反則技』をされたら……。
────もはや、どれだけ頑張っても、防ぎようがなくなってしまうではないか。
少なくとも。
今ニリアンが、どれだけ『スゴイこと』をしているのかは、イミュテリエルのあからさまな動揺ぶりを見れば、直ぐに理解出来た。
『────「天才」だったかッ……まさかこんな短期間で、誰の助力も借りず、【呪術】の真理に触れるとはな……ッ』
「『天才』? そんな都合のいい言葉で物事を判断するから、凡人ってのはいつまで経っても凡人のままなのよ。つまり────あんたも、所詮はその内の一人に過ぎない」
『──ッ!!』
ニリアンは一度周囲を見渡してから、緩やかに両手を横に広げた。
ワレらの周囲では、イミュテリエルの偽物と実験体の皆が乱戦を繰り広げている。そのあまりの大人数と混戦ぶりから、誰が何処にいるのかはまったく分からない。
しかし。
「──もう、とっくに『把握』しているわよ? 目を瞑っていても、よーく分かる……この広場に、あんたの【呪術】が産み出した『偽物』が、何人居て、何処で戦っているのか、一人残らず『全て』ね。そして……」
「……なん、だと……?」
「イミュテリエル。あんたって存在が────数多くの『秀才』の影に、ただ身を潜めているだけの臆病者だってことも」
『──おッ、前……ッ!』
途端に、イミュテリエルの顔が一気に強張る。
どうやら、ここに来て────『逆転の兆し』、見えてきたようだ。
「私を生かしておいたのは誤算だったわね────完全に捉えたわよ、イミュテリエル」
『……させ、るか────させてッ、なるものかかァッ!!』
勝利を確信した様子のニリアンが両腕を横に上げながら目を閉じると、即座に、イミュテリエルが飛び出してきた。
同時に。
ワレは自身の手のひらに『トゲ付きの鉄球』を出現させ────それを、『妖力』で投げ飛ばす。
「────それはッ、こちらの台詞なんだよなぁ……ッ!!」
『ぐぼホォッ!?』
鉄球は、風を切る勢いで飛翔し────イミュテリエルの顔面に直撃。
その凄まじい衝撃で、イミュテリエルの首は深く折れ曲がり、派手に吹き飛んでいった。
────『地崩し』。
これは、今は亡き母上が好んで使っていた『金棒』だ。
それを手のひらサイズの『球体』に変形させ、妖力で操っている。
何故、わざわざそんなことをするのか……それは、ワレの腕力では、振り回すどころか投擲することすら出来ない程に『重い武器』だからだ。
しかし、その分威力は絶大。
加えて、『妖力』を込めれば込める程、その強度と重量は格段に上がっていく。
マトモに直撃さえすれば……。
────文字通り、地面を断割させることも可能。
これならば恐らく……あのエルマですら、思わず顔を歪めてしまう程の威力を発揮出来る筈だ。
思っていた以上の『ハマり具合』に、自分でも驚きを隠せずにいると……横から、ニリアンの警告が飛んでくる。
「──そっちに『一人』行っているわよッ!」
「えっ────」
そこへ……。
突如、一人の人影が視界に割って入ってきた。
『────お前にはッ、「こいつ」の方がお似合いだろうなァッ!!』
「まじ、かぁ……っ」
妖族の代闘者、湊本エルマ。
慌てて意識を彼へと向け、拳で殴り掛かるが……いとも簡単に弾き返され────首を思いっ切り鷲掴みにされてしまう。
ワレの首を、へし折らんばかりの剛力で……。
「うぁ……ッ!? 英雄、さ……ッ……」
「イブキ……ッ!」
『──おいおいッ、よそ見をしている場合かァッ!?』
ニリアンの方には、『首が異様に曲がった』人族の代闘者が襲い掛かっていった。
彼が振り下ろした剣の襲撃を、ニリアンは突き出した手のひらの先に氷の盾を生成して、何とか防ぐ。
「ぐッ、ぅ……ッ!? はぁッ、はぁッ……」
しかし、既にかなり消耗しているようだ。
代闘者の方は、首をグキッと無理矢理元に戻しながら、狂喜的な笑みを浮かべてニリアンを押していく。
『お前がどれだけ優秀だとしても、こちらには「代闘者」が居るんだっ!』
「く……ッ」
『この圧倒的な力を持ってして────お前たちなんぞッッ、一瞬で捻り潰してやるぞァッ!!』
「ぅッ、ぁ……ぁぁぁ……ッ!」
悪夢、のようだ……。
ほんの数時間前に、あれだけ優しい言葉を掛けてくれたエルマと同じ姿をした人物に……今まさに、殺され掛けているだなんて……。
ワレは、首を握り締めるエルマの手を何とか引き剥がそうとするが……。
その最中、不意にニリアンがこう呟いた。
「あんた、さッ────もうッ、『自分が何者かも分かっていない』んじゃないの……ッ?」
『…………なんだと……ッ?』
「『代闘者』がどれだけ強くてもッ、あんたのそれはッ、ただの『借り物』……ッ」
『…………違、う……ッ』
「いいえ、違わないわッ……どんだけ綿密な工夫を凝らしてもッ、借り物では『英雄』にはなれないッ……それすら認識出来ていないのがッ、あんたが自分を見失っている証拠よ……ッ」
『──黙れッッ!! 今の俺は紛れもない代闘者だッ!! 誰にも決して負けやしないッ、この世界において最強の存在なんだよォッ!!』
「──ッ!」
『俺が、代闘者』……?
『この世界で、最強』……?
『誰』が……?
イミュテリエルが吐き捨てた言葉を耳にした、その瞬間……。
────突如、頭の中で『ブチィッ』と何かが切れる音が鳴り響く。
燃えるような感情と共に、身体の奥底から力が沸々と沸き上がってきた。
ワレはカッと目を見開くと、首を鷲掴みにするエルマの手を両手で掴み……。
────渾身の力で、それを引き剥がしていく。
腕力では決して敵わない筈だった、あの湊本エルマの力を、ワレ自身の腕力で……。
「──ぐッ、ぅッ、ォッッ、ォォォおぁぁぁぁぁ……ッ! 離ッッせぇぇ……ッッ!!」
『──ッ!?』
代闘者の腕力に、ただの妖族が、腕力で勝る。
その光景には、流石のイミュテリエルも驚きを禁じ得なかったようだ。
『なんッ、だ……ッ!? なんで代闘者がッ……あんな妖族風情に力負けしているんだ……ッ!?』
「力や姿を奪うことは出来てもッ……それを操っているのはあくまでも、あんたよッ……つまり、あんた自身の『許容量』を越える力を発揮することは出来ないってこと……ッ」
『なんッ、だと……ッ』
「そんな状況下で、同時に沢山の者を使っていたとしたらッ────その分だけ『力』は分散する……ッ」
「……馬鹿、な……ッ」
「そうなれば当然ッ、一人一人の発揮出来る力はッ、更に弱体化されるッ……例えばッ、私らみたいな『格下』でも、十分に対応出来るぐらいまでにね……ッ!」
「ふざ、けるな…………認められるかッ……そんなッ、馬鹿なことが……ッッ!!」
その時、一瞬だけニリアンと目が合う。
天狗の【伝心】のように心が通じ合える訳ではなかったが……彼女の意志は、ハッキリと伝わってきた。
────『今だ、ヤれ』、と。
ワレは頷くことはせず、顔を強張らせてそれに快く応答すると……エルマの手を引き剥がしながら、空高く手を掲げる。
手中に顕現させたのは、『地崩し』。
ワレの腕力では満足に振り回すことは出来ないが────目の前に居る相手の脳天に、叩き落とすことぐらいは出来る。
「────エルマは、こんなに弱くない……」
ここにきて、【呪術】による分散と、【百鬼夜行】による力の増幅が、効果を成してきたようだ。
一方のニリアンも、『氷の盾』で防いでいたイミュテリエルの剣を、徐々に力ずくで押し返していく。
そして、後ろに引いた逆の腕に、『氷の刃』を生成させた。
「────オームの姿をした、『偽物』の分際で……」
そう……。
何よりも……。
誰よりも『代闘者』を信じているワレらが、その存在に胡座をかいた『偽物』ごときに────負けるわけにはいかないのだ。
何があったとしても……絶対に……ッ!!
「「────ワレ(私)の、『英雄』の名前を騙るなァッッ!!」」
ワレの振り下ろした金棒が、エルマの脳天に直撃し──。
剣を力ずくで弾き飛ばしたニリアンは、無防備になったオームの横腹に氷の刃を突き刺し──。
「「────ァ゛……ッッ」」
エルマは頭の上から、オームは身体の内側から────肉片と鮮血を撒き散らしながら、無惨にも、木っ端微塵に粉砕。
そして、透かさず。
「────終わりよ、イミュテリエル」
即座に周囲の戦場へ目を向けたニリアンが────一発、バチンッ、と指を打ち鳴らす。
次の瞬間。
その場に居るイミュテリエルの扮した『偽物』が、一斉に、氷の塊に身体を突き破られて……。
────戦場に、無数の氷の花弁が咲き乱れた。
そして、偽物たちは一人残らず─────氷の塵となって消失するのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
天域、『クレスボアの目』にて。
リダウト王国で勃発した事変の一部始終を閲覧していた、ラゥ・コードとロノウェルスは、あくまで傍観者の視点で淡々と状況を見定めていた。
「────見事なものだ。弱体化した『偽物』とはいえ、その弱点を的確に突き、代闘者を屠るとはな」
「……妖族の『古地伊吹鬼』……人族の『ニリアン・サルナーヴ』……彼女らには、今後も注意する必要がありそうですね」
「ふむ…………しかし、『奇妙』な話だな」
「『奇妙』……と、言いますと?」
「いや、こちらの話だ」
何やら考える素振りを見せるラゥ・コードだったが……結論は出ないと踏んだか、直ぐに首を横に振って話題を切り捨てる。
どちらにせよ。
リダウト王国を混乱に陥れたナビードの一派は、彼女らの活躍により沈黙した。
これから先、王国がどのように転じて行くのかまでは────今はまだ、天族が関与するつもりはない。
「何にしても、どうやら我々が手を出すまでも無か……………………こ、これは……?」
「む? どうした?」
その時、ロノウェルスが何かを察して、ギョッと目を見開く。
いつもは冷静沈着な彼女が、あからさまに動揺した姿を見るに……ただならぬ事態が起こったということは、考えるまでもなかった。
「……まさか……こんなことが…………リダウト王国に────『有り得ない存在』が、近付いています……ッ!!」
そう……。
リダウト王国を取り巻く悪夢は────まだ、晴れ切っていなかったのだ。
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