虚無の試練
「────ぜぇッ……ぜぇッ…………ぉえッ…………ひッ、ぎぐ…………ぜ、ェ……ッ」
胃の中にあったモノは全て吐き尽くした……もう、胃液すらも残っていない。
身体に刻まれた【呪術】の黒い痣は、まるで身体を侵食するように……既に、全身の殆どを埋め尽くすまでに広がっていた。
意識が途切れる、一歩手前。
身体の感覚も、殆ど残っていない。
だが、それでも尚。
ほんの僅かにも残っている力を全力で振り絞り、鉛よりも重く感じる身体を起こそうとした。
すると。
即座に、『メイド服の少女』が私の身体を支えて、抱き起こしてくれる。
「──ニ、ニリアンさん……! これ以上は、もう……これ以上無理を続けたら、本当に身体を壊してしまいますよ……ッ!?」
「──ロアさんの言う通りです。ここで身体の限界点を越えれば最後……【呪術】の呪縛から永遠に戻ってこれなくなり、最悪、植物状態に陥ってしまうかも知れません」
この二人組は……あの路地にある喫茶店の従業員、マスターとロアだ。
外からは侵入出来ないと言われていた、『魔術の結界』の中へとアッサリ入ってきた時は、流石に驚愕してしまった。
しかし。
彼らが、『イブキのお願い』で来訪したこと……マスターが、【呪術】についての知識を僅かに持っていたこと……それらを考慮した上で、『協力』を願い出ることにしたのだ。
────私の身体を蝕む【呪術】から、解放する為に。
「……ッ…………だッ、からッ……そぅ、なる、前にッ……【呪術】のッ、せい、ぎょ、ほうほうを……身に、つけるッ……最初からッ、そう、言ってん、でしょ……ッ」
「──! そんな状態になってまで、なんという……っ」
「……残酷なようですが。ここまで無理を続けて、制御の兆しすら見えないことを考えると────それは、もはや不可能です」
「まだッ、でき、る……ッ」
掠れた声を滲み出しながら、私はもう一度、『【呪術】の解除』を試みようする。
そこへ、マスターが流石に呆れた様子で、残酷な事実を投げ掛けてきた。
「えぇ。『一回限り』、ですがね」
「──!」
「今、あなたは生死の境目に立っているのです。あと一回、それを試みれば────次は、確実に死にますよ」
【呪術】。
それを、私の個人的な見解で言い現すとすれば────『虚無』だ。
魔術ならば魔力、妖術ならば妖力、というように……【術】を発動する為には、それに作用する特異的な『力』が必要になる。
言ってしまえば、何が必要なのか『明確』なのである。
────しかし、【呪術】は違う。
それに作用する『力』が、存在しているのか、存在していないのか……何が原因で発動するのか、どんな原理が働いているのか……それらが何一つ、私自身、まったく認識することが出来ないのだ。
ただ一つ分かるのは、私の身体の中を『何か』が這いずり回っている、という不快感だけ。
それを認識しようとすればするほど、ど壺にはまる。
認識出来ない、実態のない、『何か』を掴もうとしては、虚無や錯覚を霞み取るばかりで掴むことは出来ない……そうした行為を繰り返すことによって、自分の感覚と認識がバグってしまい、頭と身体が極度のパニック状態を引き起こしてしまうのだ。
そして、今……私は、その不可解な現象に対する許容範囲を越えようとしている。
その結界、自分の身に何が起こるのか……想像することすら出来ない。
────だが。
それを理解した上で、私は、半ば反射的にこう呟いてみせた。
「…………つまりッ……あと一回でッ、成功すれば、いいわけね……ッ」
「……どうして、そこまで必死になるのですか?」
理解出来ない、と言いたげのマスターに、私は床をボンヤリと眺めながら答えた。
「……何も、出来なかったッ、からよ……」
「──!」
今でも、鮮明に思い出せる。
目の前で協会の仲間たちが、皆殺しにされていく残虐な光景を……。
昨日まで共に過ごしていた英雄が、宿敵のリダウト王に忠誠を誓った様を……。
不条理、理不尽……絶望、裏切り……孤独、怒り……堕落、後悔……私は、この国で、色々なモノに翻弄されてきた。
────しかし、『何も出来なかった』。
不条理に振り回され、無茶苦茶に暴れまわって、勝手に塞ぎ込んで…………そんなクソガキみたいな情けない自分のことが、嫌で嫌で仕方がなかったのだ。
「だか、らッ……これから先ッ……私が生きている、限りはッ……もう二度とッッ、あんな後悔はしないッ……例え、この身を犠牲にしてでもッ────ありとあらゆる不条理をッ、理不尽をッ、全ッ部ッッ、私の手でひっくり返してやる……ッッ!!」
これは、反逆なのだ。
この国への、あの代弁者への……そして、こんな情けない自分への……これまでの、全ての過去と現実に対する反逆。
不条理や理不尽に流されるだけじゃない……次こそは、『自分自身の力』で、全てを変えてやるのだ、と。
それを聞いたマスターは、少しの沈黙の後……『最期』に、何処か冷めた口振りでこう呟いた。
「凄まじいですね────そして、愚かなまでの執念だ」
「──言ってッ、なさいよ……ッ」
そして、挑む。
到達点どころか、道筋すら見えない、『虚無』の領域へ。
不条理や、理不尽を越えた、『不可能』を成し遂げる為に……生きるか、死ぬか……【呪術】に対する、最後の試練の時が────。
この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!
もしも、少しでもこの作品が「面白かった」「続きが気になる」と思われましたら、
ブックマークや、広告下の『☆☆☆☆☆』をタップもしくはクリックして頂けると嬉しいです!今後の執筆の励みになります!




