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 独房のあたたかい密会



 セオドーラ、ギークも捕まってしまい……ルコシャルは裏切ってしまい……ニリアンも戦闘不能に陥ってしまい……エルマでさえも居なくなってしまった。


 この状況下で、代闘者の力を二つも得たイミュテリエルに、どう逆転すればいい?


「………………最低、だ…………なに、やってんだよ、ワレは……ッ………………」



 ────『もう、どうしようもないかも知れない』。



 不意に、そう考え始めてしまったら……止めどなく、絶望や悲哀など、負の感情が心を汚染していく。また、あの時……ナビードの捕虜だった時の、全てを諦めていた頃に逆戻りしてしまう。


 そう。


 敗北は……既に、決していたのかも知れない、と。

 

「…………ごめん、みんな……ごめん、エルマ…………ワレの、ワレのせいで……ッ」


 項垂れたまま、自身の情けなさを呪うように、何度も謝罪を口にしていた。


 ワレが勝手に首を突っ込まなければ……ワレが人域を尋ねたいなんて言わなければ……ワレが……ワレが……ワレのせいで……。



 ────イ…………キ…………。



 遂には、幻聴まで聴こえてきた。


 この声は……もしかして、ワレのことを恨んで、もう化けて出てきたとでもいうのだろうか。


 当然と言えば当然だろうけれど……少し、気が早過ぎるよ、『エルマ』……。


「……………………え……っ?」


 いいや……気のせいではない。


 反射的にハッと顔を上げて、よーく目を凝らして見ると……。



 ────そこに、『居た』。



 何故か宙を漂い、何故か透けた身体をした、『彼』の姿が……。


「────イブキ、聞こえるか?」

「────ぁ…………あぁぁぁぁ……ッ……エ、エルマ……っ!!」







─※─※─※─※─※─※─※─※─







 一先ず、ルコシャルとの一件から現在に至るまで……イブキたちがお城に連れ込まれたと聞いてから、壁をすり抜けてやって来たことを説明する。


 案外、『幽霊』の姿は便利な点もあるが……相変わらず物体には触れない為、イブキの鎖を解くことは出来ない。本当ならば、今すぐに解いてやりたいのだが……。


 そして、新たに分かったことが一つ。


 どうやら、『妖力』を持つ者ならば、この状態の姿を目視することが出来るし、声を聞くことも出来るようだ。


「すまん、来るの遅れた」

「……ッ……生きててっ…………心配掛けさせないでよぉ……あなたまで死んだら、ワレはもう……っ」

「それはお互い様だろ。俺も前に騙された記憶があるぞ」

「そう、だったっけ……? えへへぇ、何でもいいやぁ……生きているのが分かっただけで、それで十分だよぉ」

「物には触れないし、普通の人には見えないし、殆ど死んでいるみたいな状態だけどな」

「そう、なんだ……」


 どうして、そんな複雑そうな表情でうつむいてしまうのだろうか。目の前でこんな顔をされたら、流石の俺でも、逆に申し訳なくなってしまう。


 一体どんな言葉を掛ければいいのかと思い悩んでいると、先にイブキの方が口を開いた。 


「…………ねぇ、エルマぁ」

「うん?」

「ちょっと、さぁ……こう、ぎゅ~ってしてくれないかなぁ?」

「…………いや、何故に?」

「野暮なこと聞かないで下さぁい」


 そもそも触れないのだが……いや、妖族相手だと違うのだろうか。


 それ以前に、女の子をぎゅ~って、そんな、抱き締めるような行為はあまりやったこともないし……何だか、絶妙にやり辛い。


 しかし……実際のところ、断る理由もない。


 意を決してイブキに近寄り、その小さな身体を包み込むように腕を回す。


「……えっと、触れているか?」

「ん~……よく、分かんない。だけど……なんか、スッゴくあったかい……ふふっ、英雄さんのエネルギー補充だぁ……」

「そんな特殊効果はありません」

「そうなのぉ? ふふっ。でも……めっちゃ元気出てきたよぉ?」

「それは……不思議な話だな」

「だねぇ」


 こんな状況なのに、相変わらず呑気というかなんというか……。


 しかし、本当に不思議な感覚だ。


 あまり触っている感じはしないのに、イブキの温もりがちゃんと伝わってくる。


 妖力と妖力の触れ合いが、そう感じさせてくれるのだろうか……まぁ、少なくとも、イブキも落ち着きを取り戻すことが出来たようだ。


 今は、それで良しとしよう。


「さて、と。もう少し辛抱しててくれ。認識して貰えるなら、鎖を外す方法はあるかも知れない」

「──待って、英雄さん。まだ逃げるわけにはいかないの」

「ん?」

「ここには、ワレ以外にも閉じ込められている人たちが居る。その人たちを助けたいんだよ。それに、セオドーラとギークの処刑も、何としてでも止めなきゃ」

「不甲斐ない話ではあるが……今、イミュテリエルは俺とオームの【具念】を持っている。マトモにやり合っても勝ち目は薄いぞ」


 俺がヘマを打たなければ良かっただけの話なんだけれど……後悔先に立たず、と割り切らなくてならないだろう。


 今、イミュテリエルの持つ武力は、『最強』に等しい。


 そんなモノに挑もうとしているイブキは、何かを思い出すように語り始めた。


「英雄さんが来てくれてのは、すっごく安心した……それを、否定する訳じゃないよ。だけど、そうやって……何でもかんでも英雄さんに頼りっきりじゃ、きっと駄目なんだ」

「──!」

「この世界の問題は、自分たちで解決する。それくらいの覚悟を持っていないと……結局のところ何も変えられないって、そう思っているから」

「……そうして解決しようしているのは、敵対種族の、しかも赤の他人の問題だぞ?」

「──敵だからって、赤の他人だからって、手を貸さない理由にはならないよ」


 この鬼は……本当に、どうしようもない程のお人好しだ。


 自分等の種族だけじゃなく、敵対種族にまで救いの手を伸ばすなんて……良くも悪くも、流石は『餓鬼衆』頭目の娘といったところか。


 だが、そんな器の広い彼女だからこそ────俺も、助けてやりたいと思ってしまう。


 これでも……今の俺があるのは、彼女のお蔭なのだから。


 だから。


 俺は、もう一度彼女の頬に手を当ててから、念を押すようにこう言った。


「え、エルマ……?」

「もし危なくなったら呼べ────いつでも、必ず駆け付ける」

「……ぁ……………………うんっ」


 イブキも、柔らかい笑みを浮かべながら、小さくもしっかり頷いてくれた。


 現状が何か改善した訳ではないが……こうして、互いの意志を確認し合えただけで充分だろう。


 しかし、これからどうすべきか……。


 流石に彼女をこのままにしておく訳にはいかないし……そう考えた時だった。


「──おいっ、大丈夫か……!?」

「──! あれっ、あなたは……」


 突如、牢屋の扉が勢いよく開け放たれ、中に一人の男が入ってきた。


 彼は、確か……少し前に、とある『冒険家』と共に妖域を訪れた、『ナビード』の一員の……ザカラ、とかいう名前だったか……?。


「はっ? お前、妖族の鬼じゃねぇか……!? 何で捕まって…………ま、まぁ、今はいい……どうせロクな理由で捕まった訳じゃねぇんだろうからな、お前もさっさと逃げろ……!」


 そう言うと、何をしでかすかと思ったら……。


 手にしていた鍵を使って、イブキを鎖から解放してくれたのだ。


 すると、彼はそれ以上何も言わずに牢屋から出ていくので、俺もイブキも慌ててその後を追い掛ける。


「あの、何やっているの? あなたも、イミュテリエルと同じ『ナビード』なんじゃないの?」

「そうだよッ! だがな、前々から『過激派』のやり方は気に食わなかったんだ……! 沢山の人々を犠牲にして代闘者に勝つなんてよッ……そんなの絶対にオカシイだろ……ッ!!」

「──! ねぇ、英雄さん。この人……」

「ナビード内部にも、色々な考えの持ち主がいるもんなんだな」

「うん、そうだね」

「……ん? 誰と喋ってんだ、あんた……?」

「全面的に信頼に足るとは思えないが、どうする?」

「だけど、信じてみる価値はあると思う」

「いや、だから……誰と何の話をしてんの……?」

「あっ、ごめんごめん。ちょっと、『幽霊』さんに相談してた」


 イブキがそう言うと、ザカラは途端に顔をひきつらせて、震えた声を漏らし始めた。


「………………ゆ、ゆゆゆ、『幽霊』……? いや、まさか、そんな…………マ、マジで言ってる……?」

「ねぇ、ザカラさん────少し、ワレと手を組まない?」

「それって、まさか────幽霊と同じ目に遭わせてやるってことかッ!?」

「いや何のことぉ?」


 そういえば、初めて出会った時から結構怖がりな一面があったっけ……。


 あの時は、『糞まみれ』……今回は、『幽霊』……意図していないとはいえ、何かと彼を怖がらせる対象になってしまっているのは、どうにも複雑な気分である。


 色々な意味で収拾がつかない事態に陥りかけている中……。


 忽然と、その場にいる者たちに投げ掛けられた────『ある人物』の冷たい声に、空気が凍りついた。



「────心配すンな」



 そう言って姿を現したのは……。


 その手に古びた槍を握って既に戦闘態勢を取る────ルコシャルだった。


 彼女を姿を目の当たりにした瞬間、イブキもザカラも、驚愕した様子で狼狽える。


「──げ……ッ!? 嘘だろッ、もうバレのか……ッ!?」

「──ルコシャル……っ!」

「裏切り者にも、脱走者にも────等しく、死有るのみだ」


 槍を振り回しながら近付いてくるルコシャルが、瞬間、床を蹴り上げて飛び出してきた。


 そこへ……。



「────させるか」



 俺はルコシャルの進行方向へ脚を出し、彼女の脚を思いっきり『引っかけた』。


「──ぉわッ!?」


 どうやら、先程の感覚は気のせいではなかったらしい。


 『妖力』だけの存在であったとしても────『妖力』を有する妖族ならば『触れる』ことが出来る。


 脚を引っ掛けられたルコシャルは、その場で激しく転倒。


 再び態勢を整えられる前に、彼女の足を『鷲掴み』にして、イブキたちから遠ざけるように引きずりながら飛んでいく。


「──イブキ。こいつは俺に任せて、先に行け」

「英雄さん……っ!」

「なっ、ちょっ、おまッ……おぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!?」


 そうして、ルコシャルが暗闇に引きずり込まれる光景が、ホラー映画さながらの恐怖映像に見えたのかもしれない。


 やがて、薄暗い空間の向こう側へ、イブキたちの姿が見えなくなると……最後に、後ろの方からこんなたわ言が聞こえてきた。


「あの……」

「──次は俺の番ってかッ!? あいつみたいに闇の中に引きずり込んでやるってかぁぁッ!? それが妖族のやり方かぁぁぁぁぁぁッ!!?」

「もぉぉっ! 英雄さんっ、本当に妖怪みたいなことしないでよぉぁぉぉっ!!」


 いや、『妖族』のお前が『物の怪』の俺にそれ言っちゃう?


 二人の理不尽な喚き声を背中に受け止めながら、地下牢の通路をルコシャルを引きずり回しながら飛翔。やがて、広間に出ると、彼女をそこへ放り投げる。


 彼女は軽やかな動作で素早く立ち上がると、ウンザリした表情で俺を見上げてきた。


「………………あン時……」

「ん?」

「どうも、妙な感じがするとは思っていたンだ……英雄、お前────『手加減』してやがったな……?」

「……」

「馬鹿にしやがってッ……あの【具念】を取られても、例え死んだとしても、あたしなんぞに負けることはねぇってか────ふッ、ふふふッ、ふーッ……久々だぜ、こんなにコケにされたのはよぉッッ」


 なんだ────『バレていた』のか。


 どうやら、既に相当怒らせてしまったらしい。


 凶悪的な笑みを浮かべながらも、その言葉の節々から怒りの感情が痛いほどに伝わってくる。


 ルコシャルからすれば、あくまで真剣に、本気で殺したつもりだった相手が、こうしてのうのうと生きていた上に、真剣勝負で手を抜かれたのだ。それならば、『馬鹿にされている』と考えてしまうのも無理はない。


 彼女のようにプライドの高い人物からすれば、当然の反応だろう。


 そんな彼女に、俺はこう言葉を投げ掛けた。


「──そんなことは『どうでもいい』が、早いところ【具念】を返して貰えないか? この状態だと、何かと不便なことが多いもんで」

「『どうでもいい』だと…………てめぇ……」

「そもそも、手加減だの、馬鹿にするだの、そんなのやりようがない。こっちは最初から────お前と戦うつもりなんてなかった。それは、今も同じだ」

「…………は……? そんな目に遭わされておいて、なにを……ッ」

「言っている意味が分からなかったか? なら、もっと分かりやすく言ってやる────これ以上、子供のたわ言に付き合っている暇はない、そう言っているんだよ」


 自分でもドン引きする程の煽り文句だったと思う。


 完全に格下宣言されたルコシャルは、一度、眼角を引き裂かんばかりに目を大きく見開いたと思ったら……スッと視線を落とし、呟くようにこう返答した。


「…………あぁ、じゃあ返してやンよ。ただし……そんな返して欲しけりゃ、てめぇの手で取っていきやがれ────その手で、このあたしをぶっ殺してな」

「……そう来たか」

「──選択肢は二つだ。一生その姿でくすぶっているか、あたしを殺すか……簡単なこったろ?」

「……」

「さぁ、どうする? 方法は幾らでもあンだろ? この状況下で、まだあたしを無視出来るってンなら────やってみろよッ、『英雄』様よォォ……ッッ!!」


 






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